第15話
勉強会終わりに京葉と2人でやってきたのはカフェチェーン店。
コーヒーと軽食を置くのでやっとな小さい2人用のテーブルに見たこともないカードを広げて京葉は「うーん……」と唸っている。
「これは何の占いなんだ?」
「や、ただの相性占いです。何度やっても相性は最高と出るんですよね」
「俺と京葉が?」
「ん。そうです。しかし……何故にこんなに遠いのでしょうか」
「今はめっちゃ近いけどな……ここ、狭いし。膝も当たるし」
壁沿いで向かい合う形で座っているが、テーブルの下ではお互いの膝がずっとくっついている。
「ま、胸は当たりませんがね。膝では興奮しないでしょう?」
「膝で興奮する変態ではないな。この位置で胸が当たるってどういうロケット乳だよ……」
「私が寄るんじゃなくて乳が寄るんですか!?」
京葉の乳がびよんと伸びる様がお互いの頭にイメージできてしまったらしく、2人で笑う。
「こんな風に楽しく話せるのに何が足りないのでしょうか……」
「足りないのか?」
「私には何もありませんから。璃初奈さんのような愛くるしさも、瑞帆さんのような自信も財力も、もみじさんのような頭脳もお尻も。全部私にはありません」
京葉は何やら自信をなくしている様子。他の三人がやけに成績優秀で勉強を教えてもらってばかりだったので落ち込んでいるんだろうか。
「そんなに卑下しなくていいと思うけどなぁ……京葉だって可愛いし成績だって平均以上なんだから十分だろ。尻と財力はどうしようもないけど自信は気の持ちよう――って尻がデカいのはいいところなのか?」
「や、これ以上、お尻に関する深掘りはやめておきましょう」
「そうだな。掘るのは危ないからな。尻だけに」
「大光さん、代行をお願いしたいです」
「おい、スルーすんなよ」
「テスト最終日は大安です。一緒に縁結びの神社に行ってくれませんか?」
京葉は俺の渾身のジョークを完全にスルーして本題に入った。
「縁結び?」
「はい。良き人と結ばれますように、というやつです。良き人がいないので代行をお願いします」
「それ……良き人の代行を俺がしたら俺と縁が結ばれちゃうんじゃないのか?」
「や、そうなったらそうなったです。そもそも神頼みなんてただの気休めですから」
「占いと同じくらい神様も信じてないんだな……」
京葉は胸を張り「信じられるのは己だけです」と言い放った。
◆
1学期末テストが終了。夏休みが目前に見えてきた教室はにわかに盛り上がりを見せていた。
そんな各所の盛り上がりのどこにも顔を出すことなく、瑞帆が俺の席にやってくる。
「お疲れ様、大光。テストの打ち上げをしましょ? 皆を誘うのは明日で、今日は2人で。どうかしら?」
「あー……今日は代行の予定があってさ」
「ふぅん……ならその後でもいいわ。遅くても構わないから」
瑞帆はそう言うと鞄を持って教室から出ていってしまった。2人で打ち上げ……何をするのか全く分からないまま俺は京葉との約束のために彼女の待つ教室へと向かった。
◆
やってきたのは山の麓にある神社。バス路線を乗り継いでやってきたのだが、塗り直したてのような真っ赤な鳥居がかなりの存在感を放っている。
「ここ、有名な縁結びの神社なのか?」
「はい。全国でも指折りのパワースポットらしいです。ちなみに縁結びの神様はあちらにおわすそうですよ」
京葉の指さした方向には小さな社がいくつも立ち並んでいる。どれも新しい社になっているので最近建て替えたんだろう。ところどころ苔が生えているのでそのコントラストが趣を感じさせる。
「へぇ……歴史を感じるな……」
「や、そうでもないですよ」
相変わらず京葉はドライな感じ。多分パワースポットとか信じてないよな、こいつ。
「ならさっさと目的を済ませるか」
「えぇ、そうしましょう」
京葉の案内で縁結びの神様の社に向かう。
「ここです。ではお祈りをしましょう」
京葉に合わせて賽銭箱に小銭を入れ、柏手を打って手を合わせる。
良縁……誰と結ばれたいのだろう、なんて考えていると、不意に京葉、瑞帆、もみじ、璃初奈の顔が浮かんだ。単に絡みが多いだけだろう、と深く考えずにお祈りをして目を開ける。
京葉も気が済んだのか、長い事手を合わせていたが目を開けて俺の方を向いた。
「さて……帰りま――きゃっ!」
京葉が一歩を踏み出した瞬間、何かに躓いて俺に抱きかかえられる形で事なきを得る。
かなり密着する形になり、妙にドキドキしてしまう。
「こっ、これは早速縁結びの――ぬわっ!?」
京葉が興奮した様子で喋っていたが、急に俺から離れていった。
抱きかかえるのに必死で気づかなかったが、両手がガッツリと京葉の胸を掴んでしまっていたらしい。
「ごっ、ごめん……」
「いっ、いえ! むしろありがとうございます。コケたら顔面からいってましたから」
穏やかに微笑みながらそう言う京葉の側に今度は蜂が飛んでくる。
京葉は「ひいい!」と悲鳴を上げながらまた俺に抱きついてきた。胸が当たっているけれど、そんなことはお構いなしだ。
「大丈夫大丈夫。蜂に攻撃せずにゆっくり下がれば良いよ」
京葉に言い聞かせながらその場で一歩後ずさる。
すると、地面に埋め込まれた石の通路に足を引っ掛けてしまった。
俺に抱き着いている京葉諸共コケる。何がどうなったのか、俺の上に京葉が馬乗りで寝転んでいた。これではまるで騎乗位。
ラッキースケベイベントの嵐に、縁結びの神の介入を感じずにはいられない。
「けっ、京葉……ちょっとこれは神様の力が強すぎないか……」
京葉が俺に跨ったまま上体を起こして逸らし、いよいよ俺からのアングルは行為中にしか見えなくなるが、京葉は真面目な顔で社を見つめている。
「うーん……はっ! ま、間違えました!」
「間違えたぁ?」
京葉が指差す先には祀られている神様の名前が書かれていた。
そこには『辣紀井助米明王』と書かれている。
「らつきい……すけこめ……?」
「や、ラッキースケベですね」
「ラッキースケベ明王!? 嘘だろ!?」
「や、ここってこの10年くらいにできたパワースポットなんですよ。なのでそういう神様が祀られていても不思議はありません」
「俺が『歴史を感じるなぁ』って言った時どう思ってたんだよ!?」
「浅いなぁ……と」
「辛辣ぅ!?」
「や、浅いのはここの歴史の話ですよ。ま、早い話が辣紀井助米明王のせいでラッキースケベが起こりやすくなっているのかと。しばらく様子を見ましょう」
「かっ、解除とかできないのか!? この場所から一歩も動かずにこれだろ!?」
「や、無理かと。強力なパワースポットなので。ある人が『働かずにお金が欲しい』と願ったら交通事故に遭って入院、保険金がたんまり入ったという昔話のような逸話もあるくらいです」
「まじかよ……ってかこんな神社誰が作ったんだよ……」
「私の母です」
「そうなのか――えぇ!? お母さん!?」
「はい。まぁそれは追々として――面白いですね。男性に跨るとこういう視点になるんですか」
京葉がニヤリと笑いながら、俺に跨ったままぎこちなく腰を前後に動かす。
「お願いだからその動作だけはやめてくれ……」
「や、チャンスタイムですから」
「はいはい……」
俺が上体を起こすと京葉の顔がすぐ目の前にくる。京葉が興奮した様子で目を見開いだ。
「こっこれは……対面きじょ――」
「下りてくれ……」
「や、仕方ないですね」
京葉は俺に一度ハグをする。
しばらくそうしていたが、やがて満足したように「よっこら騎乗位」と言いながら俺から下りて立ち上がった。
その時、俺のスマートフォンから通知音が聞こえた。
開くと、瑞帆からメッセージが来ていた。
『そろそろかしら? どこにいるの?』
そういえば瑞帆と打ち上げをするという約束をしていたんだった。
しかし、辣紀井助米明王の加護がある俺が瑞帆と会ったらとんでもないことになってしまうかもしれない。
『きょ、今日はやめとこう!』
『なぜ?』
瑞帆が眉をしかめている顔が容易に想像つく。
『今日会うと、いきなり押し倒すとかそういう事故が起こる可能性が……』
もう素直にぶっちゃけるしかない。
『あら。積極的なのは嫌いじゃないわよ? 代行限定ね』
『代行→大光』
誤変換の訂正が即座に飛んでくる。
明らかに間違って意図が伝わっている気がする。
『い、今、京葉もいるんだ』
『じゃ、車で京葉を家まで送ってから打ち上げにしましょう。どこにいるの?』
俺は今いる場所の位置情報を送る。
後は野となれ山となれ。
瑞帆からはすぐに『30分で着くわ』とだけ返信が来た。
大丈夫……なわけないよなぁ……
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新作始めました。
隠れ家的喫茶店で閉店まで居座るダウナー系美少女はネットで有名な歌手らしい
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