第7話

 教室の机でぼーっとスマートフォンをいじっていると、瑞帆が寄ってきた。


「恋人代行の日が決まったわ。次の週末、ホテルで会いましょう。日曜日が本番。土曜日も一緒に過ごしましょ?」


 瑞帆はまるでスパイが情報共有をするように関係ない人の素振りを見せながら呟く。だが「分かった」と言うには少々情報量が足りない。


「ほ、ホテル!?」


 瑞帆がジト目で俺を見てきた。


「変なこと考えないで。レストランで会食よ」


「そういうことか。誰と会うんだ?」


「両親とお祖父様、お祖母様の四人よ」


「そりゃまた……」


「まずは家族を味方につけないとね。ぶっつけ本番だと緊張するし会話も噛み合わないから今日からしばらく一緒に過ごしましょう。1日いくら?」


「いくら?」


「代行の代金よ」


「だっ、代金?」


 いきなりその話になると思っておらずつい聞き返してしまう。


「えぇ。費用、価格、料金、ギャラ、ギャランティ」


 瑞帆は淡々と言い換えた言葉をあげていく。


「あー……いや、考えてなかったと言うか……」


 即座に料金の話をするあたりまじで割り切ってるんだな、と逆に安心すらしてしまう。


「そう……なら、会食後にまとめて支払うわ。あとで教えて」


「お、おう。ちなみにだけど……そんなに毎日のように練習いるか?」


「いるわよ。どんな舞台だって事前の稽古はあるじゃない」


「それもそうか……」


「じゃ、またお昼休みに」


 瑞帆はクールな態度を崩さないままそう言って自席に戻っていった。


 ◆


 昼休み、告白代行で妙に有名なってしまった俺と元々有名人の瑞帆のペアが人の多いところで2人でいると目立ってしまうため、校舎裏の誰もいないベンチにやってきて腰掛けた。


 意外にも瑞帆はコンビニの買い物袋を手に提げてやってきた。


「案外庶民的なんだな」


「胃袋の大きさに貧富の差はないわ」


 瑞帆のやや棘のある言い方にも慣れてきた。少し頬が緩むと、瑞帆は不思議そうに俺を見てくる。


「何よ」


「いや、別に。それで何をするんだ?」


「お互いに好意があるフリをするんだからそれなりにお互いのことを知らないといけないでしょ? そういう話をしたくて――けど仕切り直しね」


 瑞帆がチラッと明後日の方向を見てそう言う。俺も同じ方向に目をやると何やら巾着袋を持った京葉がこちらに向かってきていた。


 俺達の座っているベンチの前で立ち止まると「や、奇遇ですね」と言って瑞帆と挟むように俺の隣に座ってきた。


「ここ、よく来るのか?」


「や、たまたまです」


 飄々と答える京葉に対し瑞帆は「作られた偶然ね」と返す。


 何だか、俺を挟んで青色の閃光がほとばしり、火花がバチバチと弾ける幻覚が見えた。


「実は、大光さんにお弁当を持ってきたんですよ」


「俺向けの弁当を持ってウロウロしていたらたまたまここで会ったのか」


「や、そうなんですよ。すごい偶然ですね」


 京葉とニヤリと笑い合う。


「お弁当はこれですよ」


 京葉はそう言って巾着袋から小さな箱を5つ取り出して自分の太ももに並べた。


「なんだこれ?」


「弁当箱占いです。お好きなものを一つどうぞ」


「うーん……じゃあ、この真ん中で」


 真ん中の箱を選んでフタを開ける。中にはマスカットが数粒入っていた。


「デザート枠……?」


「そういうことですね」


「ちなみに……占い的にはどういう解釈なんだ?」


「や、考えてませんでした」


「じゃあただ小分けにされた弁当箱だな!?」


 俺のツッコミを受けて京葉は何かを考え始める。


「うーん……これは『ザ・マスカット弁当』です! つまり、これからざまぁ! すかっと! な事があるでしょう!」


 その場で考えたであろうこじつけに俺と瑞帆が同時に「しょうもな」と呟く。


「ダジャレかよ」


「や、占いですよ」


「表しかないものね」


 瑞帆が足を組み、サラダを突きながらそう言って微笑む。


 占い……ウラナイ……ウラ、ナイ。これもしょうもないダジャレだ。


「や、しょうもない被せをありがとうございます。2組の常陽京葉です」


「1組の三井瑞帆よ」


 京葉と瑞帆は俺を挟んでお互いにクラスと名前を言いながらハイタッチをした。これで和解できたのか、火花の幻覚はいつの間にか消え失せて空気が良くなる。


 ただ、京葉と対等に話せている時点で瑞帆も相当な変人という気がしてならない。


 何はともあれ、平和が訪れたことに安堵していると、今度は緑色の閃光が別の方向から迸った。


「大光、こんなところにいたのね」


「やっほ〜探したよ〜」


 やってきたのは璃初奈ともみじ。ベンチが座りたそうにしているが空きがないので俺が立ち上がって場所を開ける。


 二人はここぞとばかりに京葉と瑞帆の隙間に割り込んでベンチに座った。三人掛けのベンチなので少し窮屈そうだ。


「せ、狭くない?」


 もみじが左右を見ながらそう言う。


「や、もみじさんのお尻が大きいからですよ」


「おっ、大きくないもん!」


 京葉のイジりにもみじは頬を膨らませて可愛らしく反論する。


「別に大きいのも悪いことじゃないわよ」


「安産型ね」


 璃初奈と瑞帆も悪ノリしてそう言う。


「うぅ……本当に大きくないのに既成事実化されちゃうじゃんかぁ……」


 もみじが恥ずかしそうに俺の方を見てくる。


 その時に気づいたのだが、何故か目の前でベンチに校内でも指折りの美少女4人が集まって全員が俺に視線を注いでいた。


 ……なんだこの状況は!?


「大光さん。何番の子がお気に入りですか?」


 京葉がふざけて聞いてくる。


「俺は数字じゃなくてアルファベットを振るタイプなんだよな」


「や、26人で打ち止めですか。百人斬りの実績もあるんだからまだまだいけますよ。それで、MさんとRさんは何をしに来たんですか?」


「せめてAから順番に振りなさいよ……イニシャルだと被っちゃうじゃない……」


 璃初奈はもみじと瑞帆を交互に見ながらそう言う。


「あ、でねでね! 大光君、週末って暇? どこか行こうよって誘いに来たんだ」


「今週末はちょっとな……」


 俺は瑞帆の方をちらっと見てそう言う。


「残念だけど週末は予約済み。彼は私とホテルに行くの」


「ほっ……エッッッッッ!?」


 京葉は驚きと興奮の入り混じった声で身を乗り出して叫ぶ。


「本番なのよ」


「本番……ちょっ……やっ、ドエロイじゃないですか!?」


 京葉のテンションには誰もついていこうとしない。相対的に普通の人が超淑女に見えるので京葉がいるだけで清楚系女子が大量生産されていくような錯覚に陥る。


 さすがに変な勘違いをしているのは京葉だけなんだろうけど、もみじと璃初奈の冷たい視線が突き刺さるので慌てて弁明する。


「こっ、恋人代行を頼まれたんだよ。ホテルのレストランで会食をするんだと。両親に会うことを本番って言ってるんだよ。今日はその練習」


「な、なるほどね……焦ったわ……」


「へぇ〜、大光君ってそんなことまで代行でやってくれるんだぁ? NGあるのぉ?」


「そりゃあるぞ」


「マーベル映画鑑賞会は嫌がるんでしょうね」


「おう。そうだな」


 瑞帆がそう言うと3人が一斉に瑞帆の方を向いた。


「や、なんだか分かり合ってる感が出てます……」


「そうなんだぁ……」


「一歩先を行かれてる感じがするわ……」


 3人が感心した様子で瑞帆を見る。澄まし顔だった瑞帆は恥ずかしくなったのか「れっ、練習の成果よ!」とまだ1ミリもしていない練習の成果ということにして誤魔化した。


 ◆


 昼休み終わり、バラバラと教室に戻っていく中、最後まで残っていたのは璃初奈。二人っきりになると璃初奈が「大光」と俺の名前を呼んできた。


「なんだ?」


「代行を頼みたいの。暇な週末でいいから」


「週末? 何するんだ?」


「でっ……デート代行……」


 璃初奈は顔を真っ赤にして、俯きながらそう言った。


「そんなサービスはないんだけど……」


「な、ないなら作ればいいじゃない! 恋人代行とかやってるくせに!」


「あっ、あれは三井さんに頼まれたからで……」


「じゃあ私の依頼で新サービス導入ね」


「はいはい……ほくよ――」


「璃初奈」


「え?」


「璃初奈でいいから。そう言えば私、大光の名前を知らないんだけど」


「あぁ……でん


「え?」


「伝。漢字で書くと伝説の伝」


「でん……名前で呼んで良い? その……みょっ、苗字の代行として! 大光が代行って分かりづらいし!」


「いいけど……」


 璃初奈は安心した様子でニッコリと笑う。


 そういえば璃初奈宛の告白代行依頼がまた来ていたんだった。文章も指定されている。


「『璃初奈さん。ずっと前から好きです。付き合ってください』」


「へっ……あ……えぇと……ほ、本当に……!? このタイミングで……」


 璃初奈はモジモジしながら目を潤ませる。


「――って2年2組の相模野さがみのさんから」


 璃初奈は目を見開くと俺の肩に全力でパンチを入れてきたのだった。

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