第6話 鬼畜上司が優しいです!?

「……私の父は、他に女性を作って私が小学5年生の頃に私たちを捨てて出ていきました。その後すぐに離婚した母は、私を女手一つで一生懸命育ててくれた。でも……時々、私の顔を見て悲しそうに笑うんです。私は……私の顔は、父親によく似ていたから……」


「!! まさかそれで……?」


 主任が息を呑んでそう口にすると、私は彼をまっすぐに見上げて頷いた。


「大きいからしっかりと顔が隠れるこの伊達メガネがあれば、母は私を見ても辛くはならないでしょう? 少しでも、母の心を楽にしたかった。母は病気になって死んでしまったけれど、それでも死の間際、確かに私を見て笑ってくれたんです。このメガネの事、周りからいろいろ言われたりもしたけど、でも、後悔はないです」


 母の笑顔を、最後に見ることができたんだから。


「水無瀬……。……んじゃ、今はもう必要ないな?」

「へ?」

 不穏な言葉が聞こえたと同時に──バキッ──と硬い音が響いて、見れば主任の手にあった私の伊達メガネが真っ二つに割れていた。


「あぁあああああっ!? な、何するんですか!?」

「いや、だって、もう必要ないだろう? 気にする相手もいないんだから」

「そ、それは……」


 そんなにはっきりと言わなくても良いのに。

 まだお母さんの死を受け入れられない私に。

 やっぱり主任は……鬼だ。


 

 私が不貞腐れるように心の中で吐き捨てた刹那、私の左頬に大きな手が触れた。

 さっきまでのように強引に顔を向かせるんじゃない。

 優しくただ触れるだけのその手に、私は思わず息を呑む。


「俺は、このまま水無瀬がつらい思いをし続ける方が、お前の母親は苦しむと思う。俺もお前がつらいばかりなのは見ていたくないしな」

「っ、な、なんっ……」

「だからさ、見返してやれ。お前の本来の姿で。少しだけ勇気を出して自分を変えてみろ。お前の人生はお前のものだ。村上のものでも、佐倉やお前に仕事を押し付けるやつらのものでもない」

「!!」


 いつも厳しい主任の目もとが、ふわりと緩んだ。


「お前は、お前の人生を大切にしろ。俺が一緒に大切にしてやるから」

「~~~~っ」


 鬼畜上司が優しい。

 こんなのいつもの主任じゃない。

 きっとそのせいだ。


 私の目から、また大粒の雫が流れ出したのは──。

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