同乗者
カスミさんには今悩んでいることがあるそうだ。幽霊に関係のあることなので私に背中を押して欲しいと話してくれることになった。
「私の親って束縛が激しいんですよね……大学は家から通える範囲、就職も転勤がなくて実家から通える場所とまあ厳しいんですよ」
その代わり車を買ってもらえたんですけどね、とカスミさんは力なく笑う。まだ幽霊のゆの時も出ていないのだがどうなるのだろう。
大学は幸い自宅から通える範囲と言われたので、条件を曲解して原付で多少無理をすれば通える範囲で探したんです。国公立までは届きませんが、少し無理をすれば平均程度の大学には通えたんです。
ただ、就職は厳しかったです。そもそも自宅の近所に求人が少ないんですよ。しかも就職先は車で通える範囲にしたって通勤三時間とか嫌じゃないですか。だから半ば強制的に近所で働くことになったんです。
結局事務で近所の職場に滑り込んで給料は安いながらもなんとかやっていっていたんです。ただ、自動車通勤をしていると後部座席におばあちゃんが座っていたんです。
「それはもしかして……」
私の言葉をさえぎって彼女は言う。
「ええ、もうかなり前に亡くなっちゃいましたね。だから幽霊なんですよ。ああ、気にしないでください大往生でしたし、別に何か害があるわけでもないですから」
乗っているときと乗っていないときがあって、そう言えばおばあちゃんは自動車が苦手だったなって思いだしていました。それで毎日じゃないんでしょうね。ただ、私がうんざりしながら出勤している日には、おばあちゃんが何かを咎めるような顔をしてこちらを見ているんです。
時々口をもごもごと動かしているんです。何か言いたそうなんですが言えないって雰囲気でした。そのときはおばあちゃんがついていてくれるなら大丈夫だろうと思っていました。
ああ、シートベルトはしていませんね、でも警察の張っているところの前を通っても一度も止められないんです。だからきっと他の人には見えないんでしょうね。
そうして心をすり減らしていると、おばあちゃんがようやく私に声を掛けてくれたんです『アンタは出て行きんさい』という言葉でした。どこから出て行くかなんて事は言うまでもありませんでした。家の束縛から出て行けって言いたいんでしょうね。
おばあちゃんも私の両親は仏壇の手入れなどしないので据えかねるものがあったのかもしれません。とにかく家を出ていく、それを目標にお金を貯め始めたんです。それで今はとりあえず家を出るくらいのお金は貯まったんですけど少し悩んでいるんです。
「何をお悩みなのでしょうか?」
「両親は……まあ残していってもいいと思うんですけどね、おばあちゃんは出て行けって言うほど私のことを考えてくれているんですよね……おばあちゃんのことを放ってここを出ていっていいのか悩んでいるんです」
私は勝手なことは言えないので、彼女に一つ言っておいた。
「それではお婆さまに話しかけてみてはどうでしょう? 答えて貰えるかもしれませんね」
私も根拠があったわけではないがそう答えて話を終えた。そうして彼女の話は聞き終えたのだが、後日彼女からメールが来た。
『おばあちゃんに車に乗っているときに思い切って話しかけてみました『私のことなんて気にせんとき』と言われたので今は物件を探しています』
という内容だった。いまはただ、彼女が無事束縛から解き放たれることを祈っている。
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