第26話 奪還

 俺は虎次郎の指示を受けながら暗い地下室を進んだ。

 あのぼろ家の地下にこんな空間が広がっているなんて誰が想像しただろうか。


「それで、そこを右に行けば上りの階段があるはずだ!そこを上がると檻の方へ出れる!そしたらやたらと装飾の激しい扉を探せ!奴はそこにいるはずだ!」


「お前はそんな情報、一体どこで知ったんだ!?」


 俺は走りながら、いまだに信じられず質問した。


「その部屋もさっき、お前たちが来る前にあの野郎が入っていった部屋だった!俺は見ていたんだ!間違いない!」


 虎次郎に言われるがままに進み、明らかに主張の激しい、装飾のすごい扉を見つけた。


「ここだな!ノイン!萌花を返せ!」


「……しつこいなあ。僕もこんなことは本意じゃないんだけど……」


 俺が蹴破るような勢いで派手な扉を開けると、ノインが果物ナイフを萌花の首筋にあて、人質を取るようにしていた。


「ノイン!?てめぇ、何していやがる!萌花を解放しろ!」


 俺は魅了チャームの異能を使い続けながら、ノインとの距離を詰める。


「ヌル!キミがそれ以上近づいたら、僕の手が悲劇を生むことになるよ」


 そう言ってノインの手が萌花の首にグッと近づけられる。


「ノイン!なぜそこまでする!ここで助ければ萌花に恩を売ることだってできただろう!」


 そこだけが納得いかなかった。

 萌花のことが好きで助けに来た。

 手掛かりをつかんだのに、すぐに行動しなかった俺に腹を立てている。

 それに納得することはできる。


 しかし、なぜわざわざこんな萌花にまで危害が及びかねない方法を使っているのか……。


「……僕の操作下に置き続ければ、封印インビジブルを金輪際使えないように処置をすることができる。でもそれは一度の操作マニピュレイトじゃ足りない。常にツェーンの状態を確認して、いつでも操作を使える環境しておく必要があるんだ!でも、それをキミが許すはずがないだろう!だから僕が攫うことにしたんだ!」


 そう訴えるノインの表情は、間違いなく本気だと言えるものだった。


「お前が萌花のことを考えてくれているのはよくわかった。だが、それを許容することはできない」


「なぜだ!またこんなことが起こってもいいのか!キミがもう一度思い出せるとも限らないんだぞ!?」


「もう二度とこんなことは起こらない!他の誰が萌花のことを忘れようと俺は、俺だけは忘れない!」


 だが、ノインがいくら本気であろうと俺の決意を超えることはできない、いやさせない。

 なにせ俺は、――

「俺は萌花のお兄ちゃんだ!!!」


 強い意志を持ってそう宣言する。


「はっ!反射リフレクトの異能を持ってしても一度は忘れたくせに――」


 ノインの腕の中で萌花が動いたような気がした。


「萌花っ!!」


「……おにい、ちゃん?」


「なんだと!?僕の操作で意識を取り戻させないようにしているはずなのに!?」


 俺はその隙を見逃さなかった。

 ノインの手からナイフを叩き落とし、萌花を奪い取る。


「萌花!俺だ!わかるか?」


 必死に声をかける。

 

「お兄ちゃん、来てくれたんだ……」


 うっすらと目を開け俺の胸に倒れこむ萌花。


「当たり前だろ!待ってろ、すぐに休める場所につれて行ってやるから」


 間近で見ればわかる。

 萌花は相当に疲弊しきっている。


「ヌル!ツェーンを返せ!僕が!僕が!僕がツェーンを守るんだぁぁぁぁぁ!」


 怒り狂った様子でノインがこちらへ突っ込んでくる。

 だが俺は、萌花の体温を直に感じられたことで落ち着きを取り戻していた。


 冷静にノインを躱し、ノインの勢いをそのままに背後から蹴りを入れる。


「うぐっ!」


 そんな声を上げ、制御を失ったノインは顔から派手な扉へ突っ込んでいった。


「ノイン。お前の気持ちは理解してやれないこともない。だが、萌花に手を出すことだけは何があっても許さない。いいな!」


 それだけ言い残し、俺はこの部屋を後にした。


 萌花を抱きかかえて走る。

 最後にこうして抱えたのはいつだろうか。

 だが、中学三年生の女の子とは思えないほど、萌花は軽かった。

 

 「おにい、ちゃん……ふふっ、生で見るお兄ちゃんはやっぱり違う」


 相当なショックだったのだろう。

 萌花がおかしなことを言っている。

 それとも写真でもを持っていて見ていたということだろうか。


 そんなことより大切なことを忘れていた。


「萌花、俺の目をしっかり見ろ」


 萌花にはノインの異能力がかかったままだ。

 それに俺の魅了の影響も受けているかもしれない。


「お、お兄ちゃん!?そんな!?ここでいきなり!?……いやでもシチュ的には悪役から助けられてお姫様抱っこで帰っているっていうまさに完璧お姫様シチュ!

よし!いつでもいいよ!お兄ちゃん!」


 途中から何を言っているかわからないくらいの早口になっていたが、萌花よ。

 お兄ちゃんは目を見ろと言ったはずなのに、どうして目を閉じているんだ……。


「萌花、目を開けて。俺の目をよく見るんだ」


「えっ、でも……。いや、お兄ちゃんがそう言うなら!」


 パチッと目を開ける萌花。

 愛おしい妹の顔が目の前に……もう忘れたりなんてしない。

 そんな気持ちを込めて……。


解放リリース


「………………?」


 萌花はきょとんとした顔をしている。

 やはり操作の影響が残っていたのだろう。

 ノイン……二度目はないぞ!


「……え?お兄ちゃん」


「どうした妹よ」


「ちゅーは?」


「ちゅー?」


「……え、え、ええっ!?今絶対そういう流れだったじゃん!」


 どうやら萌花はキスをされると思っていたらしい。


「いやいや、確かにお前は世界で一番大切だし、目どころか心臓に入れたって痛くはないが……」


 そう言って決まりが悪くなり顔をそむけた。


「なんで!いいじゃん!私ともちゅーしようよ!私、お兄ちゃんがあの女たちと何してるか知ってるんだからね!」


 ……なぜだ。

 妹の前では最高で完全無欠のお兄ちゃんで在りたかったのに……。


「どうしてって思うでしょ?仕方ないなぁ教えてあげよう。私もお兄ちゃんみたいに二つ目の異能力が発現したんだよ!その名も天眼アキューメント!」


 ……萌花にも二つ目の異能力だと!?先生のことと言い、俺と言い、萌花と言い、ここ最近で異能力が現れすぎていないか?


 俺達ピークアビスは全員が異能力者だが、発現の経緯はそれぞれ異なっている。


 俺はアインスの異能を無意識に反射したことで、その存在に気が付いたし、萌花は俺がピークアビスのみんなのところへ連れて行ったときに小夜の共鳴レゾナンスによって判明した。

 結芽や小夜は生まれつきのものだったらしい。

 

 この結果から俺は異能力は生まれながらに持っているか、異能力の影響を受けた際に発現することがあるものなのではないかと考えている。

 

 だが、ここ最近は何の前触れもなく異能力の発現がおこっている。

 もしかすると、何か厄介なことが起こっているのかもしれない。

 まあ、そもそも二つ目の異能力自体、相当イレギュラーなわけだからただの仮説にすぎないが。


「あれ?お兄ちゃん?あんまり嬉しくない?」


 俺が萌花をよそに一人で考え事に耽っていると、萌花が構ってほしそうな目でこちらを見ていた。


「そんなことないさ!さすがは俺の妹だな!誇らしいよ!それで天眼はどういう異能力なんだ?」


「えーっとね、いわゆる千里眼みたいな?だから私これからはどこにいてもお兄ちゃんのこと見つけられるよ!」


 なん、だと……。

 兄の俺が自分で認めざるを得ないほどの超ブラコンの萌花にそんな能力が渡ってしまったら……。


 俺のプライバシーさんがお亡くなりになった瞬間だった。

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