第7話 デートと異能力

 一足先に玄関にいた優は腰に手を当て少し怒ったような顔をしていた。


「ずいぶんかかったね」


「あ、えーっとせっかくだからしっかりした格好をしようと思ってだな」


「ふーん、ほんとにそれだけ?」

 確かにかっこいいけどさ、と褒めながらも訝しんだ様子。


 さすがは熟年幼馴染。

 全部察しているらしい。


「いや、まぁそれだけではないけど……」


「けど?なに?」


「いや、それだけだ」


「え?」


 無理があるとは自分でも思ったが、亜里沙のためにもここは黙っておくことにした。


「まぁいいよ、私たちは彼女だからね。みんな平等」


 優はそう言って納得してくれた。

 

◇◇◇


「さて、とりあえず駅の方行く?」


 この辺りは都会の田舎という表現がしっくりくる場所だ。

 畑や田んぼが広がっているということはないが、高校生が遊ぶような場所が多いわけでもない。


「そうだね、そういえば龍と二人でお出かけって何気に初めて?」


「確かに近場で飯食ったり、家で勉強したりはしてたけど、出かけるとなると家族がいた気がするな」


「だよね。えーどこ行こう?」


「平日の昼間って大抵学校にいるから中々いい案が出てこないな」


 休日なら大衆の流れに沿ってついていくだけでどこかしらにつく。

 しかし平日の昼間となると大半は主婦の時間だ。

 街行く主婦について行くのは高校生としてはどうなんだろうか?


 そんなことを考えていると優がこんな提案をしてきた。


「実家の方行ってみない?」


 ん?


「え、実家?」


 デートだから映画館やショッピングモールに行くつもりでいた俺は拍子抜けしてしまい思ったことがそのまま口から出てしまった。


「そう実家。あ、でも実家に帰るってわけじゃないよ?」


「つまり?」


「昔遊んだとことか歩かない?なんか二人っていうとあの辺のイメージなんだよね」


「なるほど、俺ももう3か月くらい帰ってないしいいかもな」


 それに結構近いし、と続けて実家の方へ行くことになった。

 俺と優の実家はここから電車で30分程行ったところにある。


「うわ~まだそんなに経ってないけどすごい久々な感じするわ」


「龍が突然一人暮らし始めちゃって私寂しかったんだからね?」


 ごめんごめんと軽く謝りながら、ふと一人暮らしを決めたときのことを思い出した。

 俺は高校入学と同時に一人暮らしを始めたことを親以外のだれにも伝えていなかった。


 別に深い意味があったわけではない。

 優以上に仲のいい奴はいなかったし、優とは高校が同じだから別にいいと思っていた。


 ただ環境を変えて一人で生きてみたくなっただけだった……とそう記憶している。


 まぁふたを開けてみれば、何人もの女性と遊び、終いには同棲まで始めているという……。

 全然一人で生きてないわけだが。


 そんな回想をしながら歩いていると優が俺の思考を読むように質問してきた。


「そういえばなんで突然一人暮らし始めたの?」


「ん~ただ普通に一人でやってみようと思ったからかな?」


「へー。じゃあなんで教えてくれなかったの?」


「お前とはどうせ高校一緒だからいつでも教えられると思ってたからだよ」


 俺がそういうと優がほっとしたように呟く。


「よかった」


「よかったって何が?」


「もしかしたら龍は私から離れたかったのかなって思ってたから……」


 優が少し照れながらそう答える。


「でも違っただろ?」


「うん、ほんとによかった」


 そんなことを話していると1つ目の目的地に着いた。


「特に相談せずともここに来たな」


 笑いながら優にそう言うと優も、「そうだね、まず私たちと言ったらここだと思った」と顔を見合わせた。


 俺たちが訪れたのは駅から15分程歩いたところにある公園だ。


「懐かしいな」


「そうだね」


 年甲斐にもなくはしゃぎ、物思いにふける。


「ねぇ龍、初めて遊んだ時のこと覚えてる?」


「もちろん」


「ほんとにー?」


「ああ、優がブランコからひっくり返って泣いたときだろ?」


「龍だって砂場で砂が目に入ったって大騒ぎしてたじゃない」


 俺たちは公園のベンチで昔話に花を咲かせた。


 時間を忘れて話していると後ろから声をかけられる。


「あれ、優ちゃん?そっちは龍也くん?」


 俺たちは驚いて振り返ると俺たちの小学校の時の先生がいた。


「こんなとこで何してるのかな二人とも?今日は平日よ?学校はどうしたの?」


 確かに平日の午前中に実家の方に変えるとなれば、顔を知っている人の一人や二人に合うかもしれないと思っていたが、まさかの人物だ。


「先生こそこんなところで何をしているんですか?学校の方はどうしたんですか」


 俺は説明するよりも気になったことを逆に質問した。


「私去年で教師辞めたのよ」


 先生がつらそうな顔でそう言った。


「え、そんな……」


 昔の先生の姿を思い出したのか優がショックを受け、悲しそうな顔をしている。


「理由は聞いても大丈夫ですか?」


 俺はそう聞きながら、先生をベンチに座るように呼ぶ。

 先生はお邪魔するねと言って俺の隣に座った。


「すこし、いやな話になっちゃうかもしれないけどいい?」


 申し訳なさそうな顔でそう尋ねてくる。


 俺は優にも確認をしようと優の方を見ると優は「大丈夫です。聞かせてください」と言った。


 それを聞いて先生はゆっくりと話し始めた。


「私が一昨年、隣町の中学に異動になったのは知ってる?」


 俺は初めて聞いた話だったが優は知っていたようで、「はい、知ってますよ」と答える。


 先生は優ちゃんは年賀状、毎年贈ってくれるものねと嬉しそうに続ける。


「それでその移動先で2年生の担任をやっていたの」


 先生はまだ若い俺たちが小学5年生の時に新任として来ていたし、見た目はどう見てもまだ20代である。


「すごいですね、異動先でいきなり中2の担任なんて」


 どういう教師が担任を任せられるのかなどはよく知らないが一クラスを任せるのだからそれなりに優秀であることはおそらく条件なのではないだろうか。

 そんなことを考えた俺は何も考えずそんなことを口にした。


「そうだったのかなー」


 どこか含みのある言い方だ。


「優秀だったらよかったのかな」


 ……なるほどおそらくクラスで何か問題があったのだろう。


「先生はいい先生でしたよ!生徒のことをよく見てました。私は先生に字をほめてもらったのがうれしくて小5にも関わらず、もっときれいに書けるようになろうとひらがな練習しましたもん!」


 優が上ずり気味にまくし立てる。

 それを聞いた先生もうれしそうに笑っている。


「あーやっぱり今日なんとなくこっちに来てよかったな」


 先生がそう呟く。


 それを聞いた優も「私もさぼって来た甲斐がありました」と嬉しそうに言う。


 しかしそれを見逃す先生ではなかった。


「やっぱさぼりなの?」


「あ……」


 優はこんな感じで時々抜けてることがある。


「ちょっと龍也くん?説明して」


 詰められているのになぜかくすぐったいような気分になった。

 まるで昔に戻ったような……。


「龍也くん?あの真面目な優ちゃんがさぼりなんてするわけないでしょ?」


「いや、俺たちもう高校生ですよ?いくら優でもさぼりたくなる日くらいあるんですよ……きっと」


「ふーん。まあ、青春よね。というか二人でいるってことはもしかして!?」


 何だか嬉しそうな顔をしている。


「そうなんです!昨日ようやく念願がかないました!」


「それは良かったわね優ちゃん!おめでとう!」


 そんな話しを隣でされるととても申し訳なくなってしまう。


「でも優ちゃん気を付けるのよ!先生の勘だけど龍也君タラシっぽいからちょっと目を離すとすぐに別の女の子引っかけてきそう」


「……そうですね!これ以上増えないようにしっかり見張っておきます!」


「そうよ、ちゃんと見張って……え?これ以上?」


「あ~えっと、美奈先生?先生はどうして教師辞めちゃったんですか?」


「龍也くん?もしかしてあなた、優ちゃんが優しいことをいいことに浮気とか二股とかしてないわよね?」


「……あーえっと」


「先生、いいんです。納得した上での関係ですから」


 俺が言いあぐねていると、優は俺をかばってくれる。


「いいわけないじゃない!と言いたいところだけれども納得しているならいいのかしらね……。龍也くんこんないい子を泣かせたらダメよ?」


「はい。心に刻みます」


「それで、先生は本当にどうして教師を辞めてしまったのですか?」


「えーっと……それはね」


 少しためらいがちだが話す気になってくれたようだ。

 そう思ったときだった。


 先生の口元が笑いをこらえるように歪む。


「こういうことなの……」


 先生の目が妖しく光る。


 俺は驚いただけだったが、隣に座っていた優はその場に崩れ落ちた。


「優!?おい、優!どうしたんだ!なにがあった!?」


「あら、龍也くん。噂は本当だったのね?」


「先生?なにを言ってるんですか?優が突然倒れたんですよ!救急車を呼ばないと!」


「全く気が付いていないのも本当みたいね。優ちゃんは大丈夫よ。ちょっと寝てもらっただけだから」


 理解ができない。

 これはあの優しくて、生徒一人ひとりにしっかり目を配るあの先生なのだろうか?


「その顔。全く何も知らないようね。いいわ、私の目を見ても倒れなかった子は久しぶりだもの。連れて行く前に少し教えてあげる」


 目を見ても倒れない?連れて行く?

 1から10まで、まるで話が入ってこない。


「私たちは深きを覗くピークアビスまあ端的に言えば目の力、異能力で少し変わったことができるのよ」


「……全然理解できませんが、どうやら俺の知っている先生ではなくなってしまったようですね」


 優に何かされた以上、いくら先生でも許すことはできなかった。


「あらら、そんなに怒らないでね?大丈夫、大丈夫、軽く寝てもらっただけ、ね?それに龍也君?言ったでしょ、私たちって。キミも先生と同じような力を普段から使ってるのよ?」


「バカなことを言わないでください。俺はそんなよくわからない力なんて、使ったことはありません!」


「龍也君……昔からの癖よ?人の話は最後まで聞きましょうね?」


 やめろ、俺たちの先生はこんなやつじゃなかったはずだ。


「キミは気が付いていないだけ。優ちゃんは知らないけど、最近キミの周りに魅力的な女の子が増えたんじゃない?」


 耳を傾けてはだめだと本能が言っていても、思い当たる節がありすぎてつい先生のような人の声に耳を傾けてしまう。


「それはね、キミの目が魅了チャーム系の力に目覚めたからなのよ」


 ……。


「正直、同じく目の力を持っている私ですら、今キミに見つめられていると、キミのこと本気で好きになっちゃいそうなくらいすごく強い力なのよ」


 ……嘘だ。ありえない。何を言っているんだ。


 だが、これが本当なのだとしたら……。

 つまり俺はこの先生らしき人の言うような頭のおかしい力で美夜や亜里沙を誑かしていたということだ。


「ふふ、いい顔ねぇ。ちなみに私の力は催眠ヒュプノス系って言ってね?私が教壇から生徒を見るだけでみんな寝ちゃうから教師はやめたのよ」


 先ほどまでは、教師を辞めたことに複雑な事情がありそうな雰囲気をしていたのにあっけらかんとした表情で笑っている。


 やはり何かがおかしい。


 しかし、それ以上はショックが大きすぎて頭が回らない。


「それで、龍也君。ここからが本題なんだけど……」


 そこで、先生の様子がイライラしたようなものに変わった。


「チッ!こいつ、いつまで抵抗していやがる!」


「龍也くん、優ちゃんを連れて早く逃げ……」


「黙れ!おとなしく私に服従していろ!」


 1人しかいない先生から全く違った雰囲気の声が聞こえる。

 そして、また先生の目が妖しく光る。


「チッ!手間をかけさせやがって……。ああ、龍也君それで本題なんだけどね?」


 ……確実に正気ではない。

 一人二役を始めたり、怒ったり、逃げてと言ったりそう思ったら普通に話しかけてきたり。

 現実離れした状況だが、混乱している自分以上におかしくなっている人を見て少し冷静になれた。


「おい!お前はだれなんだ!」


「やだー忘れちゃったの?昔あなたの担任だった本村美奈よ?」


「違う!お前は先生じゃない!」


「……チッ!めんどくさいな。お前ももう寝ろ!」


 先生らしき何かの目が先ほどより一層強く光る。

 

 ……。


 何だか妙な浮遊感を感じ、意識の糸が途切れそうだ。

 足元がふらつき、倒れそうになる。

 その時、頭の中に響く声があった。


「ここでお前が倒れたら優はどうなる?」


 ……。


「本当にこいつがただ眠らせただけだと思うのか?」


 ……。


「惚れた女、1人も守れねぇようなやつが3人に対して責任なんか持てるわけねぇよなぁ」


 ……じゃあ、どうしろっていうんだよ。


「あぁん?そんなこともわからねぇのかよ……ったく、そっちの俺は手がかかるな」


 ……そっちの俺?なにを言って?


「詳しいことは後で教えてやるよ。とりあえず、


 そう言われた瞬間、体の感覚が普段とは違うものになった。


「ふぅ。久しぶりだな、生の空気ってやつは」


「なっ!?私の催眠ヒュプノスが効いていない?というか貴様何者だ!」


「何言ってんだよ、センセ。オレが龍也だぜ?」


「……人格が変わった!?お前は一体……。いや、今はもうどうでもいい。そこで寝ていろ!」


 これまでで一番強い光が発される。


「はぁ……くだらねぇ。こんなのにも勝てないのか俺のガワは。……反射リフレクト


 そう口にすると同時に、先生らしきやつが膝から崩れ落ちる。


「……なんだと!異能力が魅了チャームではない!?そんな……はずは……」


 オレの力が催眠を跳ね返し、あいつが自分の催眠にかけられる様を確認する。


「これで終わりか……。雑魚相手だが……優、ごめんな。巻き込んじまって」


 愛しい幼馴染の頬を撫でる。

 懐かしい感傷が胸に広がった。

 だがこの感傷に浸っている暇はない。


 ……さて、ここからは、お前の出番だぜ俺。


 またも、体の感覚が変わっていく。

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