第7話 依頼の受注

「ディアナ朝だよ。起きて」


「うーーーーーん!マルコおはよう。今日は冒険者ギルドに行くんだったわね」


 アルガンシア王国の北西にあるベルートホルンの街には非常に目立つ二人組の冒険者パーティーが存在する。

 パーティーの名前は“小さな剣”。

 1人は若干15歳にしてBランクまで駆け上がり、ランク昇格の最年少記録を更新し続ける新進気鋭の若手冒険者。通称“赤鬼”ディアナ。

 もう1人はディアナと同時に冒険者になり、Bランクのディアナとパーティーを組んでいるにも関わらず未だにGランクの通称“お荷物”マルコ。


 大人と子供程の身長差があって、体格もまるで正反対な二人の冒険者は、ギルドで毎朝開催される新規依頼の争奪戦が終了した頃に冒険者ギルドへとやってくる。

 手を繋ぎながら、まるで違う歩幅を合わせて、仲睦まじく歩く様子は親子かはたまた歳の離れた兄弟か。

 実際には同い年の二人だが、ディアナが保護者に見えてしまうのは仕方がない事だろう。


「小さな剣のお二方、おはようございます」


「おはようございます、エレーヌさん」


「おはようエレーヌ」


 二人は決まって馴染みの受付嬢に話掛ける。

 ベルートホルンの冒険者ギルドで受付嬢を務めているエレーヌは、受付嬢の中ではベテランとなる23歳。

 後ろで編んだ茶色の髪と真面目な人柄を引き立たせる眼鏡がトレードマークだ。

 冒険者やギルド職員の寿退社が多い受付嬢の中で、お堅い見た目のせいか結婚はおろか彼氏さえ出来ないのが近頃の悩みである。


「何か良い依頼は入った?」


 ディアナはギルドに集まった依頼が貼り出される掲示板へは向かう事なく、依頼の有無をエレーヌに直接質問した。


 通常、冒険者の多くは掲示板に貼り出されている依頼から目ぼしい物を選んで依頼票を剥がし、受付で受注の手続きをする。

 しかし、ディアナの様なBランクやその上にAランク、Sランクの場合は依頼自体が少ないし、冒険者の数も多くはない。

 なので直接受付で聞く方が手っ取り早く、ギルドとしても依頼が無ければ滞っている依頼を提案出来るので都合が良かったりする。


「そうですね。お二方向けの依頼ですと、こちらでしょうか」


 エレーヌが受付の引き出しから取り出した依頼票には、歩いて2日の距離にある村から出された銀狼‐シルバーウルフ‐の討伐依頼と書いてあった。

 報酬は小金貨1枚。マルコの前世で例えるならば、大体10000円ぐらいの報酬となる。

 依頼内容を考えれば割の報酬の依頼だが、差し出された依頼票を見てディアナはあからさまに顔を顰めた。


「銀狼ってDランクでしょ?この依頼、あたし達がやる必要ある?」


 ディアナの言った通り、銀狼の討伐推奨ランクはDランク。

 Bランクからは二つも下のランクだ。

 冒険者は下のランクの依頼を達成してもランクアップの査定には含まれず、報酬も安いので旨味が薄い。


 Dランクの依頼は基本的に、Dランクか一つ下のEランクが受ける。

 上位ランクの者が下のランクの依頼を奪ってしまえば、下のランクの稼ぎが減る。

 だから特殊なケースを除いて自分と同じランクか一つ上の依頼を受けるのが、暗黙のルールでありマナーだ。


 そんな事はギルド側が一番わかっているので、受付嬢のエレーヌが勧めたという事は特殊なケースに該当する訳だろうが。


「説明しますね。こちらトマス村で銀狼に家畜が襲われる被害が起きていて出された依頼なのですが、その銀狼が群れではなく単独で行動しているのです。加えて村人の中には銀狼の瞳が血の様に赤かったと証言している者もいるそうです」


 そこまで話を聞いて、マルコはピンと来たのか口を開いた。


血目銀狼ブラッドアイシルバーウルフの可能性があるんですね?」


「そうです。ですので、掲示板に貼り出す訳にもいかずに困っていたのですよ」


 ディアナは首を傾げているが、マルコとエレーヌは同じ考えに至ったらしい。


「マルコ、どういう事か説明してくれる?」


「うん。銀狼ってディアナも何度か討伐した事があるけれど、いつも群れで行動してるじゃない?」


「見た目は強そうなのに、あんまり強くないのよね」


 マルコが言った通り、小さな剣はEランクやDランクの頃に何度か依頼で銀狼討伐を経験している。

 銀狼は少しくすんだ銀の体毛を持つ狼の魔物で、同系統の毛色を持つSランク魔物神狼フェンリル‐フェンリル‐に倣って劣化神狼なんて揶揄される魔物だ。

 一般的な冒険者にとっては十分な脅威なのだが、最年少でBランクまで駆け上がったディアナからすれば、大して強くない魔物である。


「あはは。その銀狼の中に時々生まれる特殊個体なんだけど、銀狼よりも大きくて瞳が真っ赤な個体がいるんだ。それが血目銀狼って言って、討伐ランクはBランクの上位になるかな。血目銀狼は群れないって言われてるから、トマス村の家畜を襲ってるのが血目銀狼の可能性はあると思う」


「流石はマルコさん。良く勉強なさってますね」


「あはは。どうも」


 マルコにはヘントから学んだ知識がある。

 小さな剣において知識でのサポートは、マルコの大事な仕事である。


「血目銀狼の可能性があるのでDランクやEランクの冒険者に依頼するのは、ギルドとしては二の足を踏んでいるのですよ。かと言ってBランクの依頼として受ける場合には事前の調査が必要になりますし。調査で冒険者が犠牲になる可能性もありますしね。困りましたねぇ」


 エレーヌが懸念しているのは、もしも村の家畜を襲っているのが銀狼ではなく血目銀狼であった場合、戦闘になればDランクやEランクの冒険者パーティーは高い確率で壊滅する事だ。

 運良く逃げられたとしても重傷を負って冒険者として再起出来なくなれば、冒険者ギルドとしては大きな損失である。

 それに調査をする場合、今は家畜が襲われているので…村としては大きな損害だが…まだ良いとして、調査員の往復に4日と依頼を受けてくれる冒険者探しの日数と片道2日も掛かるとなれば、家畜を食べ尽して人を獲物にし始めてもおかしくはない。

 そもそもベルートホルンを拠点にしているBランク冒険者はディアナしかいないので、小さな剣が他の依頼を受けて不在となれば、もっと多くの日数が掛かる事にもなるのだ。


 エレーヌは二人の同情心に訴える中々にわざとらしい演技をしているのだが、切羽詰まった状況なのでどう思われようとも構わない。


「マルコはどう思う?どうしたい?」


 ディアナはマルコに判断を委ねた。

 マルコの方が頭が良いのを自覚しているのと、マルコなら判断を間違えないと信頼しているからだ。


「僕は、困っている人がいるなら何とかしてあげたいよ」


 マルコの言葉を受けて、エレーヌは内心でガッツポーズをした。


 エレーヌとマルコは小さな剣がベルートホルンに来た1年前からの付き合いになる。

 エレーヌはマルコが他の冒険者と比べものにならない程に低姿勢で真面目で親切で心優しいのを知っている。冒険者としては少々甘過ぎるのを知っている。

 そして小さな剣はマルコさえ落とせば確実に依頼を受けてくれると知っている。

 無垢な子供の様に小さなマルコを騙しているみたいで心は痛むが、ギルドの利益を考えれば心を鬼にして同情心を煽るのだ。

 そんな腹黒さが自分の婚期を遅らせている原因になっているとは露知らずに。


「それじゃあ、この依頼を受けるわ。Bランクの血目銀狼だった場合はギルドから討伐報酬をガッツリ上乗せしてくれるんでしょう?」


「え…?あ…そうですね…はい…」


 ディアナはきっちりと多額の報酬上乗せを約束させて依頼を受注した。

 ギルドから舐められない為に、自分達をいいように使おうとする者達からマルコを守る為に。

 報酬額に頓着の無いマルコと違って、ディアナはギルドからきっちりと報酬を貰うスタンスである。

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