百年の恋も冷める女子高生の日常

うみのほたるあらた

第1話 転校生

「たんぽのたんぽぽ!」 東京から地方の高校に転校してきた、明るく元気な高校二年生、泉妻いずつまたんぽ。彼女の高校生活は、この一言から始まった。

 彼女は両手で頭の上に花を咲かせるポーズを取り、渾身のギャグを披露するも、教室の空気は凍りついた。女子の転校生が来るからと早朝から浮足立っていた男子生徒たちも、どんな子が来るのだろうとそわそわしている女子生徒たちも、皆が皆、彼女の珍妙な行動にポカンと口を開けたまま固まってしまった。

 泉妻の明るめの髪色は、太陽の光を一身に集め、教室に一際目立つ存在感を放っていた。しかし、その個性的で元気いっぱいの自己紹介に、クラスメイトは対応しきれずに静まり返っていた。

 泉妻は「おかしいなぁ」と反応の悪さに首を捻りつつ、自己紹介を始めた。

「東京から来ました! 泉妻たんぽです! こっちは寒いから、ちょっと厚着をしてきました……え? その厚着と今の気温とは関係ないって? 寒いのはギャグだけにしろって? そんな洒落は止めなしゃれ! えへへ、まあ、よろしくです!」

 しかし、クラスメイトたちは氷の彫刻のように微動だにしない。誰もがじっと泉妻の一挙一動を固唾を飲んで見守っている。「この子、やばいやつかも……」と心の中で思っているらしく、みんなの顔は引きつっている。

 しかし、泉妻はそんな様子を全く気にしていないどころか、「もしかしてみんな、笑うのを我慢しているのかな」と、とんちんかんな結論に至る。彼女は周囲の冷ややかな目線を誤解し、自分のギャグがクラスのツボに入っていると、自信満々な様子であった。

 教室の隅で座っている陽気な生徒、坂本ギャルソン竜馬は、泉妻のギャグに思わず口元を押さえたが、周囲が静まり返っているのを見て、急ぎ真顔に戻した。

「ということでですね、みなさん。これから二年間、一緒に学校生活を送ることになりました泉妻たんぽさんです。仲良くしてくださいね」

 一年C組の担任、八来須やくすあんこ先生は、あっけらかんとした口調で言った。

「それでは泉妻さん。あなたの席は、えーっと、久野さんはまた遅刻でしょうから、そこにしましょうか」

「え? 久野さんの席を使ってもいいんですか?」

「その時はその時です」

「あっ、わかりました。すみません久野さん、今日は席をお借りします!」

 泉妻は、麗らかな空気に響き渡るハツラツとした返事をし、後ろにある久野の席に向かった。クラスメイトたちは心の中で思った。「いつも久野さんが遅刻しているとはいえ、勝手に席を使わせるのはさすがにまずいんじゃないか?」と。そんな至極真っ当なことすら言えない空気が、教室内に充満していた。

 泉妻が席に着くと、前の席に座っているアフロヘアの男子生徒が恐る恐る話しかける。

「……あの、泉妻さん。東京って、いつもそんな感じなの?」

「ん? そんな感じって?」

「いや、その……ギャグとか、テンションとか……」男子生徒は言葉を選びながら尋ねた。

「まあ、それほどでも……あるかな!」

 泉妻は顔を赤らめながらも、胸を張って言った。アフロの男子生徒は、引きつった笑みを浮かべるしかなかった。

 泉妻の予測不能な行動にクラスメイトたちが戦慄を覚え始めたその時、

「ごめんなさい、遅刻しました!」

 教室の扉が勢いよく開き、一人の女子生徒が駆け込んできた。

 それは、泉妻が座っている席の元所有者、久野くのたま、彼女だった。

「あれ? どうしてこんなに教室が静かなのかな? もしかしてみんな、私を待っていた……とか? いやはや、まさか私がこんなにもクラスのみんなに好かれていたとはね。私は嬉しいですぞよ。いやー、あはは、それじゃあ私は自分の席に座って、授業の準備でもしますかねっと……」

 申し訳なさそうにクラスのみんなに目配せをしながら自分の席に向かっていると、泉妻の姿を捉えた瞬間、驚愕の表情を浮かべた。

 久野の黒髪は、泉妻のとは打って変わって落ち着いた印象を与える。しかし、その黒髪を振り乱しながら、驚きのあまり声を上げた。

「誰なのあなた!」

「初めまして、久野さん。私、泉妻たんぽと言います」

 泉妻は席を立ち、丁寧にお辞儀をする。久野も釣られてお辞儀をする。

「よ、よろしく……じゃなくて、あんこ先生! なんで転校生が私の席に座ってるんだよ!」

「泉妻さんの席が無くて、ちょうどあなたの席が余ってたんですよ」

「それを余ってるって言わないよ!」

 久野は両手を広げ、大げさに困惑した様子を見せた。

「仕方ないですね。じゃあ今日は二人で机をシェアしてください」

 久野は眉をひそめて尋ねる。

「あんこ先生、それ……まじ?」

「困った時はお互い様……でしょ」

 あんこ先生は、自分の胸の前で親指をグッと立てた。久野が恐る恐る泉妻の方を見ると、彼女も同じ親指サインを送ってきた。久野は頭を抱え、深いため息をついた。

「分かりましたよせんせー。今回だけですからね」

 ちらちらと横目で泉妻を見る。

「く、泉妻さん。今日は、その、よろしく」

「よろしく、久野さん!」

 泉妻のハツラツとした笑顔が、久野にはやたらと眩しく感じられた。

「早速で悪いですけど久野さん」

「はい?」

 突然名前を呼ばれ、ぽへっとした顔であんこ先生を見る。

「今回も遅刻ですね。今日一日、廊下に立ってください」

「結局自分の席に座れないのかよ!」

 久野は窓ガラスを破るかのような姿勢で教室の扉を破壊し、その後、彼女が戻ってくることはなかった。

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