惚れ薬を飲んでしまったハイスペック騎士団長に愛されるツンデレ調合師〜いきなり求婚されて、結婚式までに正気に戻さないと国家反逆罪?!〜

実桃ももこ

第1話 スイートデイジーの芽生え

「あぁ、今日も暇だな」

 調合師エリックは大欠伸を一つ吐いた。

 先祖代々受け継いだこの薬草店は町外れにあるせいか、ろくに繁盛したことがない。なんとか細々とやってこれたのは、調合師として確かな腕前を持つだけでなく、錬金術にも精通した父親が固定客を掴んでいたからだ。

しかし、父親が亡くなった今。この店もエリックの代で終わりを迎えそうだった。

 乱雑に書物が積まれたテーブルに頬杖をつき、来ない客をひたすら待つ一日。この調子だから、暮らしていくのもギリギリ。結婚も夢のまた夢だ。

(そもそも相手がいないけど)

 ぶつぶつと独り言を言いながら、ポーションをカゴに詰め込み、城下町へと下る準備をする。どうせ大して売れないが、毎食のパン代くらいは稼げるはずだ。

 馬に跨り、丘をかけていく。

 城下町ローベルグに着く頃には、すっかり日が落ちかけていた。

 街に近づくにつれ、華の香りが強くなっていく。すん、と鼻を鳴らし、嗅覚を研ぎ澄ます。ローズ、ジャスミン、ライラック、その他諸々。多種多様の花が混ざった、複雑な香りだ。

 すっかり忘れていたが、今日は花舞祭り日だ。

街の中心部はいつもよりも出店が多い。道端では、老若男女問わず、笛や太鼓を鳴らして踊ったり歌ったりしている。行き交う人々は顔にペイントを施し、花飾りをつけて祭りを楽しんでいる。

 普段、エリックがポーションを売っている壁際のスペースでは、子供達が輪になって遊んでいる。仕方なく、少し外れたところに布を敷き、値札を貼ってポーションを並べていく。

(しまった。ジュースも一緒に持ってくれば良かった)

 この賑わいなら、それなりの売り上げが見込めたはずだ。

 むしろ、回復目的の冒険者や兵士向けのポーションは普段よりも売れないだろう。祭りの日には戦いのことは忘れて、皆で騒ぎたいはずだ。

 案の定、一時間ほど待っても、立ち止まる人間はいない。

 ただでさえ売れないのに、これでは明日のパン代ですら厳しいかもしれない。これ以上ここにいても腹が減るだけだ。店じまいをしよう。

重い腰を上げた時、カシャン、と頭上で鎧の音がした。

「すまない、まだやっているか?」

 突然話しかけられて、はっと声の主を見上げる。

 王家の紋章が刻まれた鎧を身にまとった男がエリックを見下ろしていた。

ブロンドの髪は金で紡いだ絹糸のように艶を纏っている。空のように澄んだ、淡い薄青の瞳。すらりとした長身が見目麗しさに磨きをかけている。

見るからに高貴な風貌をしているが高圧的ではなく、人当たりのいい態度と柔らかい口調。一言発しただけで人格者のオーラが漂っている。

「商品を見せてくれ」

「は、はい」

 そのオーラに気圧され、エリックは吃りながら返事をした。

 騎士がしゃがみ込むと、背負った大剣ががしゃん、と音を立てた。大剣と鎧は見るからに重く、身体への負担も相当大きいはずだ。

(祭りの日に鎧……騎士も大変だな)

エリックの同情に気付くはずもなく、騎士はどれどれ、とポーションを吟味している。

「香りを確かめても?」

 回復用のポーションにそんなことを言われたのは初めてだった。回復薬など、一口で煽るのだから、香りなど誰も気にしない。

変わった男だ、とエリックは内心訝しんだ。

「……どうぞ」

 騎士はガラス瓶の蓋を開け、手で空気を煽った。

「素晴らしい。差し支えなければ、材料を教えて欲しい」

(ひょっとして、疑われているのか?)

 騎士に目を付けられたら、今後の商売に支障が出る。エリックにとっては、文字通り死活問題だ。

 おかしなことはしていないのだから、堂々としていればいい。挙動不審に見られないよう、エリックは愛想笑いを浮かべた。

「別に普通ですよ。水精の雫、スペアミント、黄蜜キノコ」

 一般的なポーションの配合をつらつらと述べていく。騎士は真面目な顔をしてふむ、と考え事をしている。

「あと、サラマンダーが噴いた炎の灰をひとつまみ」

「ほう、聞いたことのない配合だな」

 サラマンダーの灰は、いわばとっておきの隠し味だった。企業秘密にしておきたかったが、黙っておくとますます疑われそうだったので、包み隠さず話すことにした。

「うちのオリジナルです」

「なるほど。私はポーションのあの清涼感が苦手なんだが、サラマンダーの灰の香ばしさで中和されていて、実に好みだ。では、こちらのハイポーションを一つ」

「ありがとうございます。銅貨三枚です」

 差し出された銅貨をエリックが受け取ると、騎士はその手をじっと見つめた。

「君、義手なのか?」

「はい、昔、色々あって」

 話せば長い事情があるが、初対面の人間に話すべきことではない。

「そうか。これはチップだ。受け取ってくれ」

 銀貨を一枚差し出され、それまで好意的だったエリックの心はすうっと冷えていった。

これは憐れみの施しだ。

確かに自分は義手だが、施しを喜んで受けるほど落ちぶれてはいない。

可哀想な存在に思われるのは、この上なく屈辱的だ。

「いえ、施しは結構です」

 毅然とした態度で断ると、騎士は自らの非礼に気付いたようだった。

「それは失礼した。お詫びにこちらを受け取ってくれ。先ほど子供達にもらったんだが、私には似合わなさそうでな。材料の足しにでもなれば良いんだが」

(施しよりはマシ、か)

 ははは、と笑いかけられ、エリックは渋々それを受け取った。

「……どーも」

 騎士の背中が遠ざかっていく。それを見送った後、エリックは掌の上を見た。

 今日の売り上げは銅貨三枚と、デイジー一輪。

 王家直属の騎士に不躾な態度を取ってしまった。

 今後、門番や警備兵から睨まれる可能性は大きいが、施しを突っぱねた自分を責める気にはなれない。むしろ、己のプライドを守ることができたのだから、よくやったと褒めてやりたいくらいだ。

 懐は寒いままだったが、これ以上ここにいても仕方がない。エリックは手際よく片付けを終え、その場を去った。

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