底辺付与術師、覚醒したスキル【戯言遣い】で成り上がり!~S級パーティーから凶悪ダンジョンで捨てられたけれど生還。世界にざまぁします~
雨愁軒経
プロローグ~悪魔との邂逅~
「くそっ、あいつら……絶対許さねえ」
力の入らない足を尻だけで必死に動かし、どうにか壁にもたれることのできた俺、エリック・ワーズワースは力なく吐き捨てた。
吐いた血が油のように喉へ張り付き、声も掠れてしまっている。
ここはダンジョンの奥底。どのくらいの深さなのかは見当も付かないほどだ。見上げれば、自分が落とされた穴が小さく見える。
伸ばした手の平には、べっとりと血が付いている。
事の始まりは半刻ほど前、所属している冒険者パーティのマスター・ギャレンが発した一言だった。
「エリック。お前をこのパーティから追放する」
突然の言葉に、俺はうろたえるのを通り越して理解が追いつかず立ち尽くしていた。
「は? 今、何て……ここダンジョンだぞ!?」
俺は食って掛かった。ダンジョンなだけであればまだいいが、ここは高難易度ダンジョンと呼ばれる魔窟だ。A級以上かつ複数人のパーティでなければ、ギルドから依頼を受ける許可さえ下りない危険な場所である。
当然、こんな所で追放などされたら、生き残る術はないに等しいだろう。
「だぁかぁらぁ、お前はここで死ねって言ってんの」
「……どういうことだよ」
「オレさ、オレの女だけでパーティを組みたいんだわ。もうお前の代わりの……いや、もっとすげえ付与術師ちゃんにも声かけてんの。あとはお前を捨てるだけって寸法よ」
ギャレンが下卑た舌なめずりをしながら、けひっけひっと品のない笑い声を上げている。
「他のみんなはそれでいいのか? こんな奴の言いなりに――」
なるなんて。そう言いかけて、俺は言葉を噤んだ。
縋ろうとした他のパーティメンバー三人が、うっとりと心酔したような眼差しでギャレンを見ていたからだ。
「くっ……!」
既に八方塞がりであることを察した俺は、逃げるべく踵を返した。
しかし、走り出した矢先に「【バインド】」と聞こえてくる。闇魔法の使い手・レイラの声だ。
俺は足を拘束されてつんのめり、ごつごつした床に倒れ込んだ。
「あんたバカ~? せっかくギャレン様が慈悲をかけてくださるってのに、逃げようだなんて」
「何……?」
戸惑う俺に、騎士のアニスが嘆息をしながらつかつかと詰め寄ってくる。
「わからない? 貴方のような無能を『ダンジョンで勇敢に戦って散った』ということにしてくださるのよ」
「詭弁だな……そっちが『身勝手な理由でパーティを追放した男』と後ろ指をさされないようにするためだろ?」
「お黙りなさい」
アニスからつま先で腹を蹴られ、俺は激痛にもんどりうった。
既に遠のきそうになる意識の向こうで、精霊術を使う弓師・エルウィンがあっと声を上げたのが聞こえた。
「ねえ、ここにすごく深い穴が空いてるみたい! ここから落としちゃうのはどう?」
「なっ……!?」
俺は驚愕に目を見開いた。エルウィンは溌溂とした性格で歯に衣着せない物言いをすることが多いが、非人道的な発言まではしなかったはずだ。
「いいわね、そうしましょう」
アニスが俺の首根っこを掴み、穴まで引きずっていく。抵抗しようにもレイラの魔法で拘束されているため、芋虫のように跳ねることしかできない。
穴は人ひとりくらいならするりと通過してしまいそうな大きさをしていた。
「それじゃあ、さようなら。無能の付与術師さん」
「待てアニス。お前の剣を汚してしまう必要はない。オレがやるよ」
アニスを制して、ギャレンが代わりに剣を抜いた。ただそれだけのことに、アニスは頬を赤らめて「ギャレン様……」と奴を見つめている。あのクールで気高い騎士のアニスが、しなを作っている。
もう、俺が知っている仲間たちはどこにもいなかった。
「そういうわけだ。恨むなよ、エリック?」
「ギャレン……テメェ!」
睨み返す俺を汚物のように持ち上げると、ギャレンは俺の腹に剣を刺して蹴りつけた。
そうしてダンジョンの底へ落ちた俺は、打ちどころが良かったのか悪かったのか、即死することなく生きながらえている。
「だが、時間の問題だな……」
俺は穴に向かって伸ばしていた手を握りしめると、そのまま力なく落とした。
先ほどから何度か試しているが、付与魔法がほとんど機能していない。付与魔法は治癒魔法とは違うから、そもそもの被術者のポテンシャルが低ければ意味がないのだ。
子供に【攻撃強化】を付与したところでたかが知れているように、満身創痍の人間にいくら強化を施してもなしのつぶてでしかない。壁までにじり寄るのが関の山だ。
「チッ、血の臭いに誘われて魔物も寄ってきやがった……」
暗闇の向こうに、ギラリとこちらを窺う眼光がちらついている。俺が確実に死んでから食らう気なのだろう。小賢しい連中だ。
死にたくねえなあ。俺がそう歯を食いしばった時だった。
「――おやおや、懐かしい言語が聞こえてきたと思ったら! 人間じゃないの!」
飄々とした胡散臭い女の声とともに、ひたひたと小刻みに足音らしき音が近づいてくる。
そいつは、舌を根本から引っこ抜いたような形をしたモンスターだった。大きさも舌そのものである。というかどこから声を出しているのだろうか。
見たことも聞いたこともない姿に俺が唖然としていると、モンスターはすぐ目の前までやってきた。
「やあ、初めまして。私はタングステン。そうさな……『悪魔』と名乗ろうか。生前はそう呼ばれていた」
そう言ってぐにぐにと身をくねらせ、まるでお辞儀をするように伸縮をした。
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