第110話 今俺にバカって言ったか?

 フィナレス市を発ってから三日目の夕方、俺達勇者一行は、小さな宿場町にたどり着いていた。


 これまで何事もなく順調に旅を進めてきたが、ここに至って初めてのトラブルが起きていた。


「おねがいしますだ!! 勇者様のお力で、村を救って下さいです!!」


 今夜ミカと王女が泊まる宿の前に、隣村の村長の娘を名乗る女性が一人の騎士団兵士に縋り付いてそう叫ぶ。


「そんな事我々に言われても困る。そう言う事は最寄りの冒険者ギルドに言ってくれないか?」


「そこをどうか! どうかお願いしますだぁ!!」


 護衛の兵士が、困った顔でその女性を剝がそうとしているが、


「お前が村長の娘と言うのなら知って居るだろう? こういう我々が断りづらい立場であることを利用した陳情はマナー違反だぞ? そもそも、この事を村長は知って居るのか?」


 そう言って彼女たちを嗜める兵士だが、その娘とそれを囲むように立ちはだかる町人は一歩も引く気配を見せない。


「その襲われた村人こそが、私の父でありうちの村の村長で御座いますだ!」


 兵士はそれを聞いて大きなため息を吐く。


 この女性の話だと、つい昨日に彼女の村が大型の魔物に襲われ、多数の怪我人が出たとの事だった。

 その魔物によって村の壁が破壊されそうになった所、たまたま通りかかった旅人のパーティーが、その魔物を追い払ったらしい。


 そして、その旅人が言うには、その魔物は今夜にでもまた村を襲い、壊滅させてしまうだろうと言ったとの事だった。


 その村とこの宿場町はかなり密接な関係にあるらしく、要するにこの町に滞在するのなら我々を助けろ。

 もし助けなければ、お前たちの滞在中に何があるか分からないぞ?

 と言ったように、町の賓客に対してそう捉えかねない言動をこの村長の娘はしている事になる。


「別にいいじゃん助けてやれば。楽勝だろ?」


 そう口にしたアメリアに「本当ですか!?」と詰め寄る女性。


「いいわけないだろ。これを許してたら、誰か偉い奴が泊まるたびに人が殺到する事になるぞ?」


 余計な事を言ったアメリアとその女性に向かって、俺は少しキツい口調で言った。


 一応スカーフで顔を隠しているので大丈夫だとは思うが、出来るだけ目立ちたくはないのだが、


「俺からもお願いします! それに、隣村がやられた後はこの町が危ないかもしれません!」


「勇者ミカ様はお強い上にとても慈悲深い方だと伺っております。どうか勇者様にお話だけでも伝えて頂けませんか?」


 陳情に来た村人と、勇者ミカとレガーテ王女を一目見ようと集まったやじ馬が結託して押し寄せて来る。


「ええい! こちらが大人しくしていればつけあがって! 確かに我らが団長はお優しい方で、お前らが困っていると聞いたらほっておけないだろう」


「だったらっ――」


「その優しさにつけ込むなと行っておるのだ! 団長は非常に多忙なお方である! この度は大義を成し遂げられようやく王都にご帰還になる最中なのだ。そして王都に到着したらすぐに次の大仕事が待っている。そんな団長にお前は更に鞭を打って働けと申すか? 恥を知れ恥を!! と、お優しい団長の代わりに我々がお前らに言っているのだ!」


 兵士にまくし立てられた集団が、苦虫を嚙み潰したような表情をする。


「う……うっうう……うぅうううええええぇえーーんえん……」


 そんな中、村長の娘が地面に伏せて、鳴き声をあげる。


「ああもう泣くな泣くな! これ以上我々に強い言葉を使わせるんじゃない。我々のせいで団長や王女様まで変な噂を立てられたらたまらんからな。おいお前は同じ村の人間だろう、早くこの娘を引っ張っていけ!」


 言われた村人がこの世の終わりみたいな顔をしながら、女性を抱き起そうとする。


「なあ流石に可哀そうだろ! お前何とかしてやれよ!」


 アメリアが空気を読まず、まだそんな事を言っている。


 村人が女性を引きずりながら、縋るような目を向けて来る。


 俺はどうすべきか一瞬考えて、その村人に対して悪い感じの笑みを向ける。


「おいお前。そこまで言うなら報酬は用意しているんだろうな?」


 出来るだけ嫌な奴っぽい口調で、俺はそう村人に尋ねた。


「え、ええと……それは……」


 村人はそう言って、腰に巻いたボロボロのポーチから、これまた小汚い袋を取り出す。


「申し訳ございませんです。オイラたちにはこれくらいしか用意できませんでしたです」


 差し出されたそれを、俺は受け取るとその中身を確認する。


 ……うわぁ。


「お前? 舐めてるのか?」


「ひぃっ!?」


 演技ではなく出た自分の素の声は、自分でも驚くくらい冷たかった。


「おいヤマト! お前がいくら金にがめついって言っても、貧しい村にその言いぐさは――」


 俺はそう言ったオリーにその袋を押し付ける。


「うぉ!? しかし一体いくら……はぁあ!?」


「すみませんすみませんです! でも、今うちの村にはこの程度しかっ!」


 村人は地面に膝をつき、手の指を祈る様に組んで懇願してくる。


 正直報酬などどうでもいいのだが、この金額で受けるのはタダ働きをするようなものだ。

 今回だけ俺達が村を助けたとして、その財政状況では近いうちに村は滅んでしまう事だろう。


「あのっ! 最近この人達の村は立て続けに魔物に襲われて、本当に余裕が無いんです!」


 村人とは別の女性が、震える声で俺にそう言って来た。


「そ、そうなんです! その度に村に立ち寄った旅人さんに助けてもらってたんですが、今回でそのお金もつきましてです! もうそれだけしか払えるものがのこってないんです!」


「…………参考までに聞くが、それはいつからだ?」


「ええと……ちょうど一週間前くらいです」


 これはちょっとすごく嫌な予感がする。


 俺がそんな事を考えているとき、ふとこちらを目指して来る数人の気配を感じ取り、そちらに顔を向ける。


「やあ、どうだい? 話はついたかい?」


 にこやかな笑顔を称えた男性が、後ろに三人ほどの人間を引き連れて、群衆に分け入ってきていた。


「ああ! 旅人さん!!」


 村人がその男の顔を見て、旅人さんと呼んだ。


「ん? どうした? 何だか穏やかではないようだが……」


 その旅人がキョロキョロとこちらの様子を見て、難しい顔を作って首を傾げる。


「それが……」


 村人が旅人と呼んだ男に、恐る恐る事の経緯を説明する。


「なるほど……まさかそこまで困窮していたとは……」


 旅人の男は口をへの字にして、こちらの顔を見上げて来る。


「あの、あなたは見た感じ聖騎士団の方では無いようですが、その……どういったご関係で?」


「勇者様一行という意味であれば、俺達は護衛として雇われた冒険者だが?」


 俺は質問に少し不機嫌な感じでそう返した。


「なるほど……貴族は私兵に加えて傭兵や冒険者を護衛で雇うと聞きますが、やはり王族もそうなのですね」


 そう呟いて、旅人の男はしばらく考えるをぶりを見せる。


「……分かりました。僕が代わりに、あなた方に報酬を支払いましょう」


 そう言って、真面目な顔を俺に向けて来た。


「ええ!? 本当ですか!?」


 村人と、今まで泣いていた村長の娘が驚いて旅人を見る。


「いや、僕も知らなかったとはいえ、報酬を受け取ってしまって悪かった。そこまで困窮しているとは知らなかったんだ。みんなもそれでいいかい?」


 旅人が自分の仲間に声をかけると、


「おお! あたりまえだ!」


「流石リーダー! やっさしーぃ!」


 そう言って拍手をすると、自然と周りもつられたように拍手を始める。


「待て! 勝手な事をされては――」


 俺は割って入ろうとする兵士を制止して、旅人の方へと一歩踏み出す」


「おい、そう言ったからには相応の報酬は用意できるんだろうな?」


 俺は再び悪い笑みを称えて、彼にそう問いかける。


「もちろん。ちなみに君はいくらご所望かな?」


 そう言われた俺は、何も言わずに迷わず指で金額を提示する。


 それを見た周囲から、どよめきが起こる。


「なるほど、ならこれでいいかい?」


 旅人は自分の財布から貨幣を取り出すと、俺の掌へと乗せる。


「はっ! なかなか足元見て来るじゃねーか!」


 連れの中の男が、俺を嘲笑しながらそう口にする。


「じゃあそう言う事だから、君達は――」


「おい、何だこれは?」


 何か言い出しかけた旅人を遮るように、おれは彼に言葉を投げつける。


 頭にハテナマークを浮かべてる男に俺は、


「俺を誰だと思ってんだ? 勇者様と王女様の護衛を任されるような冒険者だぞ。この程度の報酬で俺達が動くと思っているのか?」


 俺は嘲笑を返すように言うと、なおも固まっている旅人に対して言葉を続ける。


「桁が一つたりないつってんだよ。払えないんならこの話は無しだ」


「はあっ!? お前、馬鹿じゃないのか!?」


 旅人の男が顔を強張らせて、俺に対して強い言葉を使う。


「あ? 今俺にバカって言ったか?」


 俺のその言葉を聞いたアメリアが、何故か吹き出す。


「っ……分かった。その金額で飲もうじゃないか」


 苦い顔をしながらそう言う旅人に、村人が驚いて、


「ええっ!? そんな旅人さん!! 流石にそこまでしてもらうのは……」


「いや、乗り掛かった舟だ。ここで引いたら男が廃るってもんだよ。気にするな」


 旅人のその言葉に、村人は目に涙を浮かべて彼を拝んでいた。


「なんかめっちゃ嫌な奴じゃんお前」


「なかなか似合ってましたわー」


 俺の横でニヤニヤ笑うアメリアと、俺同様顔をレースで隠したピチカが煽って来る。


 俺は周りに気づかれないようにため息をつくと、顔を隠していて本当について良かったと思うのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る