『異世界管理職・勇者』 ゴリ押しで何とかなると思った? それ、迷惑なだけだから。ソースは俺。

倉井典太

プロローグ パーティー追放(する側)

第1話 奴隷が主人に物乞いをする時に行う行動だ

「本当に申し訳ございませんでした」


 そう言って、深々と頭を下げる長身の青年。


 冒険者ギルドの応接室の空気は、かつてないほど張り詰めている。

 そして私が彼のを見るのは、本日二度目である。


 応接テーブルを挟んだ彼の対面には、ソファーに腰を掛けたフォーマルな装いの紳士が、眉間にしわを寄せた難しい表情でギルドの職員から手渡された資料を覗き込んでいる。


「……本当に全部か?」


 その紳士は顔を上げずにそう一言、傍らに立つ女性ギルド職員に対して呟くように尋ねる。


「ええと……詳しく確認してみなければ分かりませんが、ほぼ使い物にならないかと……」


 彼女はその問いに遠慮がちに答えた。


「そうか」


 紳士は表情を一切変えず顔を机に落としたまま、職員に読み終えた資料を返す。

 職員は「失礼します」と一言添えて、その資料を受け取った。


 両者、無言の気まずい時間が流れる。


「…………」


 紳士は無言で胸元のポケットから小さな木製の小箱を取り出す。

 そして、その年季の入った箱を慣れた手つきで開き、中から1本の葉巻を取り出した。

 それを見た女性職員が、すかさず紳士の顔の横に手を差し出すが、それを紳士は軽く手を上げて静止した。


 紳士は左手で持った葉巻の両端を右手の人差し指で手早く切り落とし、その一端を口に咥えて親指の先から出した火でゆっくりとローストし始めた。


 たっぷりと時間をかけて葉巻に火をつけた紳士は、煙を口いっぱいに含み、応接室の天井を見上げながらゆっくりと深く煙を吐いた。


 室内にうっすらと煙と葉巻の香りが漂う。


 紳士は少しの間天井と壁の境を見上げる。

 それから整った顎髭をなでてから再びテーブルに目を落とし、眉間にしわを作った。


「ヤマト君」


 紳士はテーブルから目だけを上げ、対面でつむじを見せている青年の名を呼んだ。


「はい、なんでしょうか」


 九十度の礼を崩さず、青年ははっきりとした口調でそう返事をした。


「顔を上げなさい。仮にも”勇者”とあろう人間ものが簡単にペコペコと頭を下げるんじゃない」


 そう言う紳士の声色は、苛立ちを隠していない。


「はい」


 青年は不自然なほど素早く身体を起こし、はりつけになったように直立する。


「座り給え」


 紳士が声だけで青年に座るよう促す。


「いえ、俺……私はこれで大丈夫で――」


「いいから座り給え」


「はい」


 着座青年は、やはり背筋をピンと伸ばしたまま、その黒い瞳で紳士を真っ直ぐ見据えている。

 それはまるで、就活で面接に行ったら面接官がローマ法王だったような出で立ちだった。


「ヤマト君。キミは……」


 紳士はそう口にすると、一度小さく息をついて、


「君は、俺は悪くない、あいつらがやった、しらない、すんだことだと、そう思っているんじゃないか?」


 そう続けた。


 その紳士の問いに青年は、


「いえ、うちのパーティーメンバーがやらかした事はリーダーの俺……いえ私の責任です……」


 青年はそう言いつつも、一瞬だけ紳士から目を逸らす。


「君の所のメンバーがキ〇ガイだらけなのは私も知っている」


 紳士が上目で青年を睨みつけながら、そう口にする。


「いえ。それは……。それはまあそうですが、私自身、少なくともなんて思ってはいません」


「そうじゃない。私は、君がなぜから目を離したのかを尋ねている」


 紳士の語気が強くなる。


「そ、それは先ほども申し上げた通り、効率を考えての事で……」


 そう答える青年の声は、明らかに後ろめたそうに感じる。


「なるほど。私の仕事は片手間で、適当にパーティーメンバーにでもやらせておけば良いと考えたわけだな?」


「い、いいいえそんなことはありませんっ!」


 青年は即座に否定するが、


「いやそういう事だろう?」


 静かだが怒りのこもった声色で、紳士が彼を問い詰める。


 その紳士は先ほどよりも少しだけ顔を上げ、変わらぬ視線で青年を睨み続けている。


「マリオ」


「んえっ!? あはい何でしょう?」


 唐突に、紳士から名前を呼ばれて、私は少し情けない返事をしてしまう。


「ギルドマスターの彼にもだが、他にも多くの関係各所に無理を言って、今回の件を君に回した事を流石に知らないとは言わないだろう?」


 紳士の目は真っ直ぐ青年を見たままだった。


 どうやら私に対して声を掛けたわけではないらしい。


「はい。もちろん存じております」


 青年ははっきりと答えるが、


「では、何故なにゆえ……何故こんな事になったんだ!」


 勢いよく顔を上げた紳士が、葉巻で青年をまっずぐ指して怒鳴りつける。


 それは決して大声という訳ではないが、こちらまで委縮してしまいそうな迫力があり、気のせいかテーブルに置かれた紅茶の表面が波立ったように感じた。


 ここまで感情を顕わにするこの紳士を、私は初めて見た。


 そして怒鳴りつけられたその青年はというと、ソファーから飛び上がるように立ち上がると、


「本当に! 本当に申し訳ありま――」


「ああ! やめろやめろ! 何なんだそれは? さっきから非常に不愉快だ」


 本日をやりかけた青年に、紳士が葉巻の灰を灰皿に落としながら漏らす。


「ああ……全く、私はこんな無駄な事を言いにに来たんじゃないんだ」


 紳士は左手で自分の顔を覆うと膝の上に肘を付き、右手は葉巻を口に運ぶ。


 中途半端に半身を折った体制で止まっていた青年も恐る恐る、再びソファーに浅く腰を下ろした。


「あの……辺境伯」


 青年が紳士に声をかける。

 それはとても弱弱しい声色だった。


 辺境伯と呼ばれた紳士の目だけが彼へ向き、青年を上目で捉える。


 そして青年がその先を口にする。


「今回の、その……埋め合わせはなんとか……その、たとえ”魔界”に入ってでも必ずかき集めて――」


「いい、やめろ。頼むからこれ以上余計なことをしないでくれ」


 紳士がきっぱりと断る。


「い、いえ! なんとか、なんとか俺……私にやらせてください!!」


 青年が必死に食い下がるも伯爵は、


「や! め! ろ! お前はもう何もするな! 私はそう釘を刺すためにここに来たんだ!」


 再び紳士に怒鳴られ、青年は呆然としながら口を開いたまま固まった。


 そこに鬼畜と恐れられた勇者の面影はない。


 伯爵はそんな青年から目を外し、


「マリオ。……いや、マスター」


「はい。何でしょう」


 紳士は私を横目で見ながら私の名前を呼ぶ。


 今度は先ほどと違い、落ち着いた返事を返すことが出来た。


「君には無理を言ったのに、このような結果になって申し訳なかったな」


 紳士は口ひげを撫でながら、鋭い声で私に謝罪の言葉を口にする。


 その紳士の言葉に、私は酷く動揺した。


「い、いえ私は何も……」


 落ち着いていたはずの声が乱れる。


 まさか”ボーゼンドルフ辺境伯”から謝られるとは思っていなかった。


 ふと、辺境伯に釣られて自分も髭を撫でていることに気づく。


 そして紳士は言葉を続ける。


「各所への話は私が付ける。これ以上、君の手間を煩わせないようにしたい」


「い、いえ……そんな……」


 紳士の言葉に、私は何と返そうかと考えたが何を言えばいいのか分からず言葉が出てこない。


 私は動揺のあまり、意味のない言葉を口にしながら、手を泳がせて間抜けな身振りをしてしまう。


「そういう事だからヤマト君。私は急ぎでやらなければならない事がある。頼むからこれ以上、私の仕事を増やすようなことはしないように頼むぞ。いいな?」


 そして紳士は、結局ほとんど吸う事の無かった葉巻を灰皿に擦り付けると、品のある所作で立ち上がる。


 青年の応答は無い。


「それでは失礼する」


 そう言って、青年の方を見ることなく応接室の出口に向かいツカツカと足早に歩いて行ってしまう。


 その後を女性職員が焦って追いかけるのを見て、私が小さくため息をついた時だった。


「辺境伯!」


 青年が突然声を上げ、勢いよくソファーから立ち上がる。


 その声に、紳士の足が止まる。


「本当に! 本っっ当に!!」


 そう口にしながら、滑るように紳士の背後へと立つ。


 そして――。


「本当に申し訳ございませんでしたッッ!!」


 それはそれは、本当に見事なDO☆GE☆ZAを披露した。


 紳士の首がゆっくり動き、彼の横眼がひれ伏した青年を捉える。


「”勇者ヤマト”。一体それは何のつもりだ?」


「これは私の故郷の伝統的な謝罪方法です」


 床に額を擦りつけたまま、青年は答える。


「ヤマト君。君のくにの作法の事は知らないが……」


 紳士の声は、一切の感情を失ったかのような、そんな冷たい声だった。


でそれは、奴隷が主人に物乞いをする時に行う行動だ」


 最後に紳士は軽蔑するようにそう吐き捨てて、職員が開けた扉の向こうへ消えていった。

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