第9話『好きな昔話だと、やっぱり『かさじぞう』ですね。私の憧れです』
多分調子に乗っていたんだと思う。
晄弘くんと一緒にいて、お似合いだとか言われて、夫婦とかからかわれて、忘れていたんだと思う。
『どうせアンタなんか誰も好きになんかならないよ!』
言葉は呪いだ。いつまでも心に巣食って、じくじくと消えない痛みを与えてくれる。
確かに朝陽さんは私を愛してくれていると言っていた。
光佑くんだって、陽菜ちゃんだって、綾ちゃんだって、幸太郎さんだって、多分愛してくれているだろう。
でも、私が信じられるのはそこまでだ。
どうしたって怖い。信じる勇気がない。
大池に飛び込んで伝える勇気はあっても、聞く勇気なんて私には無かった。
だから私は、野球部が勝ち続ける度に、晄弘くんが有名になっていく度に、近づく女の子が増えていく度、不安に押しつぶされそうだった。
本当は喜ぶことなのに。
汚い私は願ってしまうんだ。私から晄弘くんを取らないでと。
そんな資格、どこにも無いのに。
「本当に汚い女。自分勝手で、好きな人が多くの人に認められる事も受け入れられない」
私は誰もいない部室で、遠くから聞こえてくる文化祭の楽しそうな声を聞きながら膝を抱えた。
高校生になって初めての文化祭。本当は一緒に回りたかった。でも、今日までに言われた言葉が頭にめぐる。
『大野君って、よく見ると、なんか格好良いよね! 彼女いないなら、立候補しちゃおうかなー。どうせ一緒にいるのってアレでしょ。ライバルにもならないわよ』
『分不相応って言葉、辞書で調べて欲しいよね』
『彼女面してたのに、結局捨てられたら面白過ぎるんですけど』
『貴女だけが特別じゃない。私だってずっとずっと大野君の事が好きだった。小学校の時からずっと。貴女なんてただ一緒に居ただけじゃない。彼と釣り合う為に何か努力でもしたの!?』
耳を塞いでも聞こえる声は、いつまでも消えない。
正面にある鏡を見れば、紗理奈や両親と似ても似つかない不細工な顔。
野暮ったい眼鏡掛けてて目つきは悪いし、そばかすだってあるし、髪だって綺麗とはとても言えない。
化粧だってしてないし、爪だってただ短くしてるだけだ。
駄目な点を探せば、いくらでも見つけることが出来るだろう。
私は、あの人達みたいに可愛くも美人でもないんだ。
鏡の向こうで卑屈に笑う女は、紗理奈に似てはいなくとも、親には似ている所がいくつもあった。
それは、どれだけ逃げても、お前はアイツらの子供なんだ。と言われているみたいで、嫌だった。
今でも千歳を名乗ってるのだって、私みたいな汚い女で、立花の優しい綺麗な人たちを汚したくなかったからだ。
同じ家に住んでいたって、私は、やっぱりあいつ等の子供だ。
あぁ、なんで私は朝陽さんの子供として生まれる事が出来なかったんだろう。
そうすれば、こんな気持ちにならなくて良かったかもしれないのに。
立花家の人たちから離れて、遠くへ来て、思う。
私は独りぼっちだと。あの特別優しい人たちがいなければ、私は……。
「ようやく見つけたぞ!! 加奈子!」
「晄弘、くん?」
「かくれんぼは終わりだ。まったく。こっちは朝から出店を楽しみにしてて朝飯食ってないんだぞ。勘弁してくれ」
「どうして」
「いや、どうしてって。そらこういう日じゃないと焼きそばとかたこ焼きとか食べられないだろ」
「違う。だって、私じゃなくても、いるでしょ、一緒に回る人。いっぱい」
「いない。そんな奴。それに、居たとしても、俺は加奈子と一緒に居たいんだ」
あぁ、眩しい人。
暗い部室から、開かれた扉の向こうで笑う晄弘くんを見て思う。
いつも暗闇の世界から光の世界へと引っ張っていってくれる人。晄弘くん。
貴方の為に光の世界へ行きたい。光の世界で生きていたい。
その資格が私にあるのか、分からないけれど。それでも、私ももう一歩だけ前に踏み出してみようと思ったのだ。
あの日。光の向こうで笑う貴方に憧れたから。
そして文化祭を二人で回り、当然の様に周りから色々と言われていたが、繋いだ手の向こうから晄弘くんの体温が伝わって、私は酷く幸せな気持ちだった。
まるで夢の様だった。
しかもその夢はそれで終わりにならず、クリスマスのお誘いを受けたのだ。
もしかしたら、という気持ちが高鳴り、私は朝陽さんに電話をして、アドバイスを聞こうとした。
朝陽さんは快く受けてくれて、なんと前日にわざわざ私の所まで来たのであった。
「来ちゃいました」
「来ちゃいましたって、朝陽さん!?」
「はい。大事な娘の初めてのクリスマスデートですよ。私だって出来る限りの事がしたいんです」
「でも……」
「家の事なら幸太郎さんや光佑君が見てくれていますからね。今日だけは加奈子さんだけのお母さんです」
嬉しい。
嬉しくて、涙が止まらない。
それから私は急いで寮長の所へ走り、朝陽さんが泊まる許可を貰って、手を繋ぎながら寝た。
不安をかき消す様に。
そして朝も早くから起きて、朝陽さんと一緒に私を着飾っていくのだった。
鏡の前に座りながら、後ろで髪を結いでいる朝陽さんを見て、本当の母娘みたいだな。と嬉しくなる。
「ふふっ、何だかこうしていると母の事を思い出しますね」
「朝陽さんのお母さん、ですか?」
「子供の時に亡くなっちゃいましたけどね。でも、子供の頃はぐちゃぐちゃになってしまった髪を母がしょうがない子ですねって言いながら綺麗に整えてくれたんです。まるで魔法使いみたいに」
少女の様に笑う朝陽さんは、出会った時から変わらず、可愛くて、綺麗だ。
私には想像する事しか出来ないが、朝陽さんのお母さんも、こんな風に笑いながら朝陽さんと話をしていたのかもしれない。
「朝陽さんは、『シンデレラ』とかに憧れたんですか?」
「いえ。まったく。私はあのお話好きじゃないんですよ」
「え!? そうなんですか!?」
「えぇ。だって王子様ったらパーティーで一番綺麗だったシンデレラに求婚するんですよ? きっとそれまで、王子様と親交があった人もいるでしょうし。王子様の為に頑張っていた人だっているのに、何も見ないで、ただ綺麗だ。というだけで選んで。そんなの悲しいじゃないですか。そしたら、選ばれなかった子たちの気持ちはどこへ行けば良いんでしょう」
「朝陽さんらしい、ですね。好きな話とかあるんですか?」
「好きな昔話だと、やっぱり『かさじぞう』ですね。私の憧れです」
「ふふっ、憧れって誰に憧れたんですか?」
「それはもう。皆さんです。大雪の中、お地蔵さんが寒いだろうと傘を被せてくれたお爺さんも、それを良い事だと喜んだお婆さんも、そんなお爺さんの心に、少しでも気持ちを返そうとしたお地蔵様も。みんな誰かを想って行動している。それってとても素敵じゃないですか」
「そうですね」
「加奈子さんは、どんなお話が好きなんですか?」
「私は……やっぱりシンデレラですね」
「あら。娘の好きな話を凄い批判しちゃいました。ごめんなさい。加奈子さん」
「いえ。全然気にしてないですよ。朝陽さんは鈍感な王子様にお怒りなだけでしたし。私が好きなのは……どんな場所にいても、どんな境遇でも、誰かに見つけてもらえるって、そういう話が、好きなので」
「加奈子さんらしい。素敵な物の見方ですね。ではお姫様を最初に見つけた魔法使いとして、王子様が貴女以外見えなくなってしまう。そんな魔法をかけましょう!」
「ふふっ、お願いします」
私は朝陽さんとの楽しい話をしながら準備をして、待ち合わせよりも少し早い時間に喫茶店へと向かった。
もしかしたら早すぎたかなと不安になったけれど、外から見える窓際には少し退屈そうな晄弘くんが座っていて、私は嬉しい気持ちを抑えられないまま店の中へと入った。
そしてすぐに声を掛け、晄弘くんの前に座っている人を見つけてしまう。
「……今井先輩」
何でここに今井先輩がいるの?
本当は今井先輩とデートの予定だったって事?
じゃあなんで私を誘ったの?
私は突然、混乱の中に叩きこまれ、何も考えられないまま立ち尽くしていた。
それでも反射的に今井先輩に言い返そうとして、晄弘くんに手を掴まれた。
そしてそのまま店の外へと向かおうとする。
しかしそんな私たちを呼び止める様に今井先輩の言葉が響いた。
「そのね。分かってるとは思うけど。世の中。選ばれた人というのがいるわ。彼らはその辺の人間よりも自由に何かを選ぶ事が出来るの。だからあえて、昔から一緒に居るからという理由だけで、選ぶ必要は無いと思うわ。よく周りを見た方が良いわよ。あなたに相応しい人はそんなには居ないのだから」
店を出て、晄弘くんに手を引かれている間も、ずっと今井先輩の言葉が頭に響いていた。
分かっていた事だ。
気づいていた話だ。
ただ、私がそれを受け入れる事が出来なかっただけで。
分かっていたんだ。
でも、もう良いのかもしれない。
だって、私は大切にしたい家族に巡り合えたから。
晄弘くんまで求めるのは、多分強欲すぎたんだ。
『好きな昔話だと、やっぱり『かさじぞう』ですね』
朝陽さん。私も好きです。朝陽さんが好きだと言った気持ちが私は好きです。
だから、私も貴女の娘として、貴女にはなれないけど、貴女の好きだという生き方をしたいと思います。
ただ、誰かの幸せを願う。
例えこの願いが私の恋を終わらせるのだとしても。
私は、晄弘くんにいっぱいの勇気と温かい光を貰ったから。
だから、貴方はどうか。輝いて。いつまでも。
「晄弘くんなら、きっと世界一にだってなれるよ。最高のピッチャーに」
私の想いはここで消えるけれど。貴方に届かなかったけれど。
それでも私は想うよ。
何処にいても、どんな時でも。
貴方が光の中に居る事を、願うよ。晄弘くん。
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