第3話 一年と少し前①

 ◇◆◇



 私達の国の辺境は常に害獣の脅威に晒されている。良く知りもせずに「魔獣だ」と言う人もいるけれど、悪魔や魔獣は遥か遠い昔に世界から絶滅し、それに比例するように魔法も殆どが廃れてしまっている。だからあれは害獣と呼ぶのが正しいと教育を受けた人ならば皆が知っている。


 その害獣から国を守る使命を帯びて戦うのが我が国の騎士団。シリウス様と彼の親友のグウェイン様も、一年と少し前は騎士見習いとして王都の演習場で剣を交わしていた。


「はっ!」


 シリウス様の踏み込んだ鋭い剣さばき。半分突き、半分は真上からの振り下ろしを混ぜたような独特の軌跡は、練習用の模造剣と言えど風を切って音がしそうな勢いだった。けれどグウェイン様は余裕を持ってそれを軽やかに避け、シリウス様の剣に自分の剣を合わせる。

次の瞬間、彼は逆に間合いを一気に詰めた。ふたつの剣はシュリリリン、という音を立てて滑っていく。彼は鍔迫り合いに持ち込み、巻き取るようにしてシリウス様の剣を落とした。あっという間に勝敗がついてしまった。


 完璧な勝ち方で剣を収めて立つグウェイン様の金の髪が陽の光を透かして煌めいている様は、物語に出てくる戦神の姿のよう。それを見ていた見学者から歓声が上がる。


「きゃあ、やっぱりグウェイン様って素敵!!」

「ねえ。お顔も立ち姿もりりしいし、それに将来は一個隊長になれるくらいお強いって話よ!」

「今はまだ決まった婚約者もいらっしゃらないそうだし、私、本気でアタックしてみようかしら?」


 演習場の見学席にいた私にも、そんな黄色い声が聴こえて来た。見学者の中には貴族のご令嬢も少なくない。辺境で活躍して個隊長にでもなれれば王家から褒賞として屋敷と爵位とまとまった資金が与えられる。今は伯爵家の四男で爵位を持たないグウェイン様は「未来の優良物件」として幾人かの女性に目をつけられているようだった。


「あら、リエーラったら顔色が良くないわ」

「え、そんな事は……」

「もしかして、お目当ての騎士様が他の女性に狙われているから不安なのかしら?」


 隣にいた友人のフェリチェにいたずらっぽく言われて私は慌てて首を横に振ったの。


「違うわ! そんなんじゃ……」

「照れなくてもいいわよ」


 私はテレサと顔を見合わせる。フェリチェに勘違いされてしまったような気がするわ。もしも私の顔色が良くないのだとしたら、シリウス様の心配をしていたからなのだけれど。


 公衆の面前であんな負け方をしたシリウス様の心がズタズタに傷ついていないか、私は少し不安だった。彼の剣の腕は確かにグウェイン様にはかなわないかもしれない。でも彼にはグウェイン様より優れたところが別にある。彼と初めて出会った場面でそれを知った私はとても頼もしく感じて……そして多分、もうその時には恋に落ちていたのだから。


 シリウス様は落ちた剣を拾うと丁寧に汚れを払っている。そしてグウェイン様に剣を向けた。


「流石だな。さ、もう一度」


 私はそれを見てほっとしたの。良かった。彼の心は折れたりしていない、って。

 でも、あんまりにもジーっと彼らを見つめすぎていたせいかしら。グウェイン様がふとこちらを見た。そして遠くからでもハッキリとわかる程パアッと表情が明るくなり、こちらに向かって笑顔で大きく手を振る。


「きゃーっ!」

「今、グウェイン様が私に手を振ったんじゃない!?」

「えっ違うわよ私よ!!」


 隣の席にいた女性達が熱に浮かされたように騒ぎ出した瞬間。


「お嬢様、帰りましょう」


 低いテンションも、凍るような冷たい声音も、声の小ささも。何もかもが隣の人達と正反対のテレサが私の耳許で囁く。


「え、でも」

「これ以上ここにいてはまずいかと」

「でも、テレサ……」


 立ち上がり素早く帰り支度をするテレサ。私は困って彼女とグウェイン様の方を交互に見る。私達が帰ろうとしたのに気づいたのか、太陽のように晴れやかだったグウェイン様の顔に陰がかかり、どんどん曇っていく。そして、それを見ていたシリウス様もこちらを見た。


「!」


 ああ、シリウス様が私を見てるかも。どうしよう。何かアピールをした方がいいのかしら。というか、アピールしたい! シリウス様に私の事を覚えてもらいたいっ!!


「お嬢様!」


 シリウス様に向かって小さく振ろうとした手をすっとテレサに掴まれた。私はそのまま連行されるように手を引かれてその場を後にする。咄嗟に、目を丸くしているフェリチェに挨拶をすることしか出来なかった。


「あ、ああっ、フェリチェ、ごめんなさい、またね!」

「ええ、また……」

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