10 特別往診
「ああ、えっと~、それは、どういう相談でしょう? もしも診察とおっしゃるのなら医院の方に来ていただけると助かるんですが」
突然の申し出にテイト・ラオはそう言う。診断のことなら相談に乗れないことはないが、もしもいきなり人生相談なんぞされても自分には荷が重すぎる。そのためにはあくまで医師としての態度を取るのが正解だろう。
「それはもちろんそうするのが本当だとは思うのですが、実は、診ていただきたいのは妻なのです」
「奥様?」
「はい」
ミユーサが言っていた昨年結婚したばかりの新妻のことか。
「では、奥様とご一緒に来ていただくということでは?」
「それが」
クラシブが陰を帯びて一層女性心をくすぐるに違いないその表情をさらに曇らせ、男性のテイト・ラオですらドキリとするような風情を帯びた。
「妻が、自分はどこも悪くはない、そう言うもので連れて行こうにもなかなか……」
「ふむふむ」
まあ、そういうことはちょこちょことある。呪いを受けて様子がおかしいのに、自分は平気だと言いながら夜中に生きたネズミを口に
(あの時は猫にひどいことをして死なせてしまった男性だったなあ)
結局師匠に「中間程度の呪いに効く守り札」を出してもらい、きつめの精神安定剤と悪霊を払うハーブを部屋に焚きしめることでなんとかしたっけ。それでも猫の霊はなかなか満足しなかったもので、何回か同じ処方を繰り返し、やっと落ち着くまで1か月ほどかかったことも思い出す。
(うちに来るまでも大変で、気がつかれないように何回かそっと様子を見に行くことから始めたんだったなあ)
「あの?」
「あ、すみません」
猫の呪いのことを思い出し、ちょっとぼおっとしていたようだ。
「えっとですね、とりあえずどのようなことか軽くでもいいので教えていただけますか?」
うちに来るような症状かどうかだけでも判断してあげた方がいいだろう。
「あの、ここではちょっと……」
ああ、店に店員と他の客もいるからか。テイト・ラオは納得した。
「分かりました。では少しだけ」
「ありがとうございます、助かります」
クラシブは心底ホッとしたようにそう言って軽く頭を下げた。
「お客様のご用事でちょっと出てくるので店の方をよろしくお願いします」
クラシブは店員と、残っているお客にそう言って笑顔を振りまくと、テイト・ラオと一緒に店を出た。なんだか背中に視線を感じるような気がする。
(今ので僕が恨まれたんじゃないだろうな……)
まさか店員はないだろうが、残っていた女性客の視線がきつかったように感じた。店長に接客してもらう楽しみを奪われた恨み、なんてのが飛んできたらとんでもないとばっちりだ。
テイト・ラオはクラシブに続いて、少し離れたところにある一軒の家に着いた。
「どうぞお入りください」
想像していた場所とは違った。ここは一体誰の家なんだろう。もしもクラシブさんの家なら、もっと豪華な家に思える。何しろ有名な商会の人の家なんだから。それにしてはここはどうも質素過ぎる。
「ここは私の乳母の家なんです」
クラシブはテイト・ラオの疑問を見透かしたようにそう言った。そしてその言葉通り、初老にかかろうかという女性が出てきて頭を下げてくれる。
「少し前から乳母に相談をして、一度乳母が具合が悪いということで先生に来てもらったらどうだろうかと相談をしていたんです」
ということは、それほど奥さんが自分の診察を嫌がっているということなんだなとテイト・ラオは理解した。
「それじゃあ、今日はその
「はい、お願いいたします」
「私からもお願いします」
クラシブに付いて乳母という女性も頭を下げる。
「分かりました、では特別往診ということでお話を伺います」
そこで聞いた話はやはり少し問題ありと判断するしかなかった。
「ふむふむ、ではそれ以来奥さんはそこに出入りし続けているということなんですね」
「そうなんです」
クラシブはため息をついた。
「そんな心配はないと言っているんですが、どうしても行かずにはいられないようで、止めても泣くばかりで……」
「坊ちゃま……」
乳母も隣で並んで一緒にうなだれる。
「その状態ならやはりうちに一度来ていただきたいものですが、だめそうですか?」
「申し訳ありません、どう言っても医者ではだめだ、魔女でないと、魔女には不思議な力があるからと、先生のところには行かないと言い張るんです」
「ふむふむ」
テイト・ラオは手持ちのメモに細かく症状を書き込んでいった。
なんとなく事情が分かってきて、なんとなくどういうことかが分かってきた気がする。
「それで、その魔女というのはどちらなんでしょう?」
「ラクカタの森の魔女タスマです」
やはりそうだったか
(そうだよな、師匠だったらそんなことさせはしなかったと思う)
「あの、なんでコオエンの魔女キュウリルではだめだったんでしょう?」
もしも師匠のところに行っていたら、今の状況はなかったかも知れないのに。テイト・ラオはそう思ってこちらもため息をついた。
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