第36話 温かな時間

「ベルシアさん・・・今日は折り入って、ご相談があります。」

「リリネ・・・どうしたの? 急に改まって。」

畑仕事の合間、周りの目を盗むようにして、リリネが私の傍に寄り、話しかけてくる。


「先日のように、大きな獲物を倒して解体した後・・・あるいは、攻めてきた敵を相手に激しい戦いをした後・・・『実の知識』にある、向こう側では誰でも知っているような施設で、全身の疲れを癒したいとは思いませんか?」

「ああ・・・一応聞いておくけれど、いかがわしい方面ではないんだよね?」


「どうしてそっちの方向に行ったんですか!? 最初の例えで分かりやすくしたつもりなんですが・・・いえ、『施設』なんて言い方をしたから、イメージがずれたんでしょうか。それはともかく、お風呂ですよ、お風呂!」

うん、そっちも予想はしていたけどね。同じような知識を持っていれば、簡単に伝わりそうなものに、勿体ぶった言い方をするのがいけない。


「それで、お風呂を作りたいというのなら、私は反対するつもりは無いけど、二人きりで相談したいだなんて、何か事情がありそうだね?」

「はい。お風呂ということは、当然ながら温かいお湯に浸かるものですし、その・・・」

リリネの視線の先には、畑に水を撒くフィナの姿がある。


「フリナに何と言われるか、心配ってこと?」

「はい。もしもの時は、ベルシアさんに説得していただくしか、道が無くなりますので・・・」


「よし、密談なんて馬鹿らしい。さっさと話に行くよ。」

「えっ、ちょっと、ベルシアさん・・・!?」

私はリリネを引きずるようにして、フィナ・・・の内に今は居る、フリナのもとへと向かった。



「成程。私だけが楽しめないものを作るので、事前に伺いを立てたいというのですね。気持ちは嬉しいですわ、リリネさん。」

そうして、フィナに事情を話せば、即座にフリナの意識へと切り替わり、少し緊張した顔で、リリネが説明をしてゆく。


「はい・・・それに、多めに水を使いますので、フィナさんの魔力や、湖から少しいただくだけでは足りない状況と分かれば、フリナさんにご協力をお願いする可能性もあるかと・・・」

「そういうことですか。確かに、湖には私と同質の存在・・・今は小さくとも、いずれは精霊へと成長する可能性を秘めた子達が居ますので、あまり水を取りすぎるのは、お勧めしませんわ。」

フリナが湖のほうへと視線を向ける・・・そういえば、前にフィナも、湖はそっとしておいたほうが良いと言っていたっけ。まだフリナを呼び覚ます前だけど、そこに居る存在を感じていたのだろう。


「あっ、フィナ・・・? 『私が頑張りますから』って、魔力を際限無く消費して良いものではありませんのよ?

 リリネさん、私が氷を提供するとして、何か得るものはありまして?」

「・・・フリナさんが氷を出して、ベルシアさんが火魔法でそれをお湯にする・・・お二人の共同作業ができると考えれば、いかがでしょうか。」


「きょ、共同作業・・・? それは、良い響きですわね。ね、姉様。この異邦の知をもとにした『お風呂』というもの、姉様も使いたいとお考えですか?」

「うん。こちらでは一般的ではないかもしれないけど、『実の知識』によれば、疲れを癒せるものなのは確かだよ。

 今まで見てきた限りでは、こっちだと大抵の人は汲んできた水や、川などで身体を洗っていて、私達はそれをお湯にしているけれど、更に心地よいものになる・・・と言えばいいかな。」

「そ、そうですか・・・姉様がおっしゃるのでしたら、この話、受けさせてもらいますわ。」


「ありがとうございます! やはりベルシアさんが居てくださって、本当に良かったです。それでは、後で皆にも話してから作成に入りますので、よろしくお願いしますね。」

うん、結局は私が行動の理由みたいになってしまったけれど、リリネとフリナもちゃんと話していたし、まあ良いか。

私自身も、『実の知識』もあって、お風呂に興味があるのは確かだから。



「それでは、先日のマハベールとの交易で、加工済みの木材を多めに手に入れましたので、これで骨組みを作ります。」

「色々な用途に使えるから・・・と言ってたけど、そういうことだったか。」


「お風呂の計画が駄目なら、それはそれで他に使うつもりでしたよ? ここに木はたくさんありますけど、加工するなら話は別ですし、私の性質的に、無闇に切り倒すのはちょっと・・・」

「ああ、植物と仲良くいたいから、って話?」

「そういうことです。もしも嫌われてしまったら、力を伝えにくくなるんですよ。」

植物魔法というのは、見た目には便利そうだけど、制約らしきものもあるようだ。


「そして、植物魔法と今まで獲れた動物の素材を組み合わせまして、耐水や耐熱にも優れたシートを作りました。これを骨組みに合わせれば、簡単ですがお風呂の形にはなるかと。」

「うん・・・すごいとは思うけど、そんな手の込んだもの、いつの間に作ってたの?」


「はい。畑仕事が終わって、何かしら新しいものを作れないかと、考えている時間に、少しずつ・・・」

「それなら良いけれど、睡眠時間を削って・・・とか、また言い出したりしないよね?」


「そ、それはありません。向こうでも怒られたばかりですし・・・まあ、興が乗った時などは、頭の働きに影響しない程度に、ほんのちょっぴり・・・?」

「よし、詳しく話を聞こうか。」


「やっぱりそっちに行くんですか!? 本当にお母さん認定しますよ?」

「この前は失言の増加とか、実害と言っていいレベルだったからね? また同じことが起きそうなら、当然注意するよ。」


「あの・・・お姉ちゃん、リリネさん。ルビィさんが、危なそうなら自分が止めるから、今のところは大丈夫って言ってます。」

「うん、それならまあ良いか。ありがとう、フィナ。」

「あれ・・・? 解放されたのは良いですけど、私の信用が地に落ちてるように感じるのは、気のせいでしょうか。」

その辺りは、何度かやらかしているのが原因だと思うから、自分の行動で回復させてほしい。



「リリネさんとベルシアさんが知っている『お風呂』という施設ですか。そこに、私が『地』の魔法でご協力すれば良いのですね。」

「はい。今回はその施設用に、少し大きめに掘り下げた区域と、隣に火を焚くための、小さめの区域ですね。」

「分かりました。先日の狩りでは、未熟なところをお見せしてしまいましたし、もっとお役に立てるよう、頑張ります!」

続いて、ティシェに協力を求めれば、気合の入った答えが返って来る。この前とは、やることの性質がだいぶ違うけれど、向上心があるのは良いことか・・・


「ヴィニアさんはいつも通り、森での狩りですので、ベルシアさんとミルヴァさんで、大まかに穴を掘っていただき、ティシェさんに形を整えていただきます。

 私とフィナさんは、出てきた土をどけつつ、中の構造の準備ですね。」

「はい、私も頑張ります!」

そうして、力仕事が得意な組と、細かい作業が得意な組に分かれた感があるけれど、畑仕事の合間に作業を進め、やがてそれは完成した。



「それでは、温める前の水と氷を提供してくれた、フィナさんとフリナさん。そして、火を焚いてくれたベルシアさんに、まずは入っていただきましょう。」

「うん、それは良いけれど・・・お風呂って、こんなに注目されながら、入るものだっけ?」

そして、初めての入浴の時間・・・私達に遠慮しつつも、お風呂に入るという行為を、しっかりと目に焼き付けようとしているティシェとミルヴァ、そしてお風呂自体にはあまり興味が無さそうなヴィニアも、物珍しそうにこちらを見ている。


「まあまあ、ベルシアさん。大浴場だと思えば、良いのではないでしょうか。」

「私は、お姉ちゃんと一緒に入れるの、ちょっと恥ずかしいけど、嬉しいです。」

「うん、フィナが言うのなら、私も良いか。」

「あれ? 私、スルーされました・・・?」

リリネの声は聞き流しつつ、フィナと一緒に湯船へ・・・と、その前に。


「これは、皆で順番に使うことを想定したものだから、まずは普段通り、お湯で身体の汚れは落とした上で、こっちに入るようにしてね。

 それに、この施設が使われている地では、身体をお湯の温度に慣らす意味もあったはず。」

私とリリネ以外は全員が初心者なので、しっかりと説明をしつつ、フィナと互いにかけ湯をして、湯船に浸かる。

フィナとフリナに合わせて、お湯の温度は控えめにしたつもりだけど、反応はどうかな。


「わっ・・・あ、温かいです、お姉ちゃん。」

初めは、水中に全身が入る感覚に、驚いた様子だけど、だんだんと落ち着いて、嬉しそうな表情になってくる。


「うん。だんだんと全身も温まってきて、心地よくなると思うよ。長く入りすぎると、ふらふらするから注意が必要だけど。」

「はい・・・気持ちいいです。」

甘えるように、私に少し身体を寄せてくるフィナを、引き寄せて頭を撫でた。


「あの、フリナさん。少し、代わってみませんか?」

そして、満足そうな表情をしたフィナが、自分の内に向かって口にする。


「は、はい・・・何かあったら、すぐ戻りますので、きっと大丈夫です。」

少しの会話の後、決心が付いたようで、気配が変わるのを感じると共に、その瞳に青い光が宿った。


「姉様・・・フィナさんのご厚意で、代わりましたわ。」

「うん。お湯の中は、大丈夫かな?」


「私にはやはり、少し温かすぎるようですけど・・・でも、これも良いものですね。」

そして私の腕を取り、肩へと頭を寄りかからせてくる。


「ふふ・・・幸せです。そろそろ、フィナさんにお返ししますね。」

そうして、私に微笑みかけ、フリナが瞳を閉じた。


「ちょっと、フリナさん・・・!? え、えっと、お姉ちゃん・・・・・・私も、少しこうしていて、良いですか?」

「うん、もちろん。」

戻ってすぐに、顔を真っ赤にしながら、それでも頭と腕を押し付けてくるフィナに、私も微笑みつつ、しばらくの温かい時間を楽しんだ。

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