第34話 氷室

「ふああ・・・おはようございます、ベルシアさん、フィナさん。」

朝起きて、私達の部屋を出れば、眠そうな様子のリリネと出会う。


「おはよう、リリネ。その様子は・・・まさか、また睡眠不足?」

「いえ。昨夜は、身体のほうはよく眠れたのですが・・・見た夢が、微妙な感じでして・・・」

「そ、そうなんだ・・・この前の、氷の悪夢みたいなもの?」


「うっ・・・そういう刺激的なものはありませんでしたが、正論で淡々と叱られるのは、心にくるものがありますね。しかも、相手はもう一人のじぶ・・・いえ、今のはこちらの話でした。

 ひとまず、失言には気を付けようと思います。」

「う、うん。何か大変だったみたいだけど、それが良いんじゃないかな。」

よく分からない話もあったけれど、最近のやらかしが影響してか、リリネが変わった夢を見たということは、どうにか理解できた。


「おはようございます、リリネさん、ルビィさん。ルビィさん、嬉しそうですね。えっ・・・夢の中で、久し振りの人達に会えた? それは良かったです!」

隣では、フィナが私には見えないルビィにも挨拶をしている・・・こちらも印象的な夢を見たようだ。


「ちょっ、ルビィ・・・!」

うん? リリネが少し慌てているのは、何かあったのかな。二人の力は繋がっているらしいけど、まさかね・・・



「ここ数日、とても慌ただしかったですが、今日からは当分の間、外部の予定は無さそうです。

 というわけで、少し時間のかかる施設も充実させる良い機会ですので、まずは冷凍庫・・・言い方を変えますと、氷室ひむろを作りたいと思います。」

そうして、皆が朝食に集まった席で、リリネが口にする。確かに、『実の知識』にある有名な機械よりも、後の呼び方のほうが、この場所らしいよね。


「これがあれば、狩ってきた獣のお肉を、干し肉にする以外でも、長めに保存がすることが可能になりますし、収穫済みの野菜についても同様です。

 今後、状況が変わって、獲物が少なくなる時期などもあるかもしれませんし、そんな時には大事な施設になるかと。皆さんいかがでしょうか?」

もちろん、ここに暮らす皆にとって良いことなので、リリネの声に反対の意見は出ない。


「ねえ、ミルヴァ。こういう施設って、あの国でも作る計画が出ていたんだっけ?」

「そうだったと思うよ、ティシェ。でも、氷がある場所からの輸入と、維持が大変すぎるから、見送られていたような・・・」


「ああ、今ならあそこでも、作りやすいのかしら。もう私達の知ったことではないけれど。」

「た、確かにそうだね・・・」

どうやら、ティシェとミルヴァが元いた国でも、氷室のようなものを作る話は、上がっていたようだ。確かに、あの辺には今、氷はたくさんあるだろうね・・・あれを利用する勇気があるのかは、分からないけれど。


「では、氷室を作ることについては、皆さん賛成ということで・・・まずはフリナさん、今回は施設に合わせた形の、氷を作っていただくことは可能ですか?」

「・・・ええ、構いませんわ。」

その問いを予想していたように・・・いや、氷室の話が出た時点で想像はつくだろうけど、フィナの瞳が青く光り、表に出てきたフリナが答える。


「なんでしたら、氷の城を築いても良いのですけれど。」

「そ、そこまでは結構です・・・」


「フリナ。何も無い所から、お城を作るほどの氷を出して、また負担がかかったら良くないし、皆に合わせて作業するのも、良い勉強になるからね。」

「そうですわね・・・ありがとうございます、姉様。」

「ベルシアさん、説得ありがとうございます。どんなお城が築かれようとしていたのか、少し不安になりますが・・・」

うん、話はまとまったから、細かいことは気にしなくても良いんじゃないかな。



「それでは、場所の選定も済んだところで、まずは皆で穴を掘りまして、ティシェさんに形を整えてもらいます。」

「はい・・・! 畑を耕すのとは、また違いそうですが、これも魔法の練習ですね。」

うん、前向きな新人がいるのは良いことだ・・・って、これは『実の知識』にある考え方かな。

ティシェが大事な役割を担うということもあってか、ミルヴァも穴掘りの作業に気合いが入っているようだし、それは確かなのだろうけど。


「私は、力任せに掘るのが良いのかな?」

「色々と言いたいことはありますが、私がフォローしますので、ベルシアさんは脳筋に戻っていただいたほうが、今は効率的かもしれませんね。」

そして、私のほうも一撃で大きめの穴を作りつつ、リリネが掘り進める方向の指示や、植物魔法の蔦で土の撤去を行うことで、作業は思いのほか順調に進んでいった。



「それでは、フリナさん。この蔦で仕切った範囲を、氷塊で満たしていただきたいと思います。」

「ええ、承知しましたわ。ぴったりと収まるようにすれば良いのかしら。思ったよりも、楽しめそうですね。」

そうして、ティシェが階段状に入口を整備し終えたところで、氷室の大きな割合を占める部分を、フリナの氷が埋めてゆく。こだわりがあるのか、もしくはここまで出番が無かった影響か・・・とても綺麗に仕上げてくれているようだ。


「いかがでしょうか? リリネさん。」

「はい・・・完璧としか、言いようがありません。」

仕切られた範囲には、一分の隙も無いといった印象で、美しい氷がぴたりと空間を占めている。


「これ、使うのがもったいなくなるやつだよね・・・」

「姉様。用途があって仕上げたのですから、お使いになってくださいね?」

うん、唯一の欠点はそこなのかな。


「その辺りは、存在しているだけで意味があるとも言えますし、氷を汚さなくても使えますので、ご安心ください。」

「ああ、物を冷やすための場所だし、それもそうか・・・」

そんな話をしていると、リリネが冷静に指摘してくる・・・今日の彼女は、夢の影響とやらで、いつもより落ち着いているだろうか。


「それでは、最後は私が植物魔法で、覆いを作ります・・・これは、負けていられませんね。」

あっ、嫌な予感がしてきたから、程よいところで止めるとしよう。



「ふう・・・これで完成です!」

そして、しばらくの時間が経った後、氷室の地下部分と、地上へと伸びる階段を、雨風から守る覆い・・・というよりも、屋根と言って良いものが仕上がっているけれど、リリネの頑張りと個人的なこだわりにより、施設は完成の時を迎えた。


「あれ・・・? いつの間にか、ヴィニアさんの姿が消えてます?」

「うん。リリネが屋根作りに集中している間に、中に入れるものを狩ってくると言って、森へ入っていったよ。」


「はあ・・・そこまで頼んでいないんですが。止め・・・るのは無駄ですよね。」

「うん。高確率で面倒なことになるし、最悪の場合、リリネの作業場所に流れ矢が飛んでいったかも。」

「賢明なご判断、ありがとうございます・・・」


「あの自由な人間でしたら、割と近くに気配を感じますから、早めに戻ると思いますわ。」

「うん。確認ありがとう、フリナ。」

多少の暴走や混乱はあったけれど、ある意味で私達らしいだろうか。程なくして、獲物を手に戻ってきたヴィニアも含め、氷室の完成祝いということで、皆で食事の時間となった。

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