第33話 交易

「今日は、ラマヤ国との一件についての連絡と、小規模ではありますが、交易も兼ねて・・・ということで、マハベールに向かいます。」

ラマヤ国の王都から戻り、皆が一日の休息を取った翌日、朝食の席にリリネの声が響く。


「ティシェさん、ミルヴァさん。帰ってきたばかりでお疲れかとは思いますが、昨日お話させていただいた同行の件、問題ないでしょうか?」

「はい・・・! あの国の情報など、必要なことがあれば、私達からご説明しましょう。」

「私も、昨日はしっかりと休めましたし、疲れのほうは大丈夫です。」

ミルヴァは移動中、ほとんどの時間でティシェを背負っていたし、念のために今日の体調を見てから・・・という話になっていたけれど、心配はなさそうだ。


「王都以外の街に行くなんて、初めてだから楽しみ・・・!」

「私もです。あの国も交易はしていたはずですが、自分が外に出る機会は、ほとんどありませんでしたからね。」

ああ、二人は王女様と護衛官の娘という縁で、幼馴染みだっけ・・・あの国の習慣は分からないけど、別の街に行くイメージは、確かに浮かびにくいかな。


「ありがとうございます。ベルシアさんとフィナさんも、予定通りに参加で良いでしょうか? ベルシアさんの体調については、あまり心配していませんが。」

「最後の一言はともかく、問題は無いよ。ね、フィナ?」

「はい、私も大丈夫です!」


「分かりました・・・私がベルシアさんの体調を過剰に心配するのも、何か違う気がしましたので。」

「うん。何か裏があるんじゃないかと、疑うところかな。」

「あれ? 予想の一段階くらい上の、拒否反応をいただいた気が・・・

 冗談はさておき、ティシェさんとミルヴァさんは初めてですし、あの国についてどこまで説明するかなど、相談しながら行きましょう。」

そうして、朝食の後に準備を整え、留守番・・・というより、いつも通り森を歩き回っているだろうけど、ヴィニアを残して、私達はマハベールへと出発した。



「今日は山を越えることはありませんし、さほどの距離でもないので、ティシェさんも歩きで行けるかと思います。」

「分かりました・・・ミルヴァに負担はかけたくないから、今回は背負わなくても大丈夫よ。」

「あ、ありがとう、ティシェ・・・」


「あら。もしかして、くっ付けなくて残念?」

「そ、そんなことは・・・」

「それはそれで、淋しいけど・・・じゃあ、帰ったら部屋で、ね。」

「うん!」


「・・・・・・ねえ、リリネ。何か思うことは?」

「収まるべきところに収まって、良かったのではないかと。私は、あくまでもきっかけを与えただけですからね。」

リリネの言葉から、主にミルヴァが顔が赤くしながら、ティシェと話しているけれど、状況を進める入れ知恵をした可能性が高い彼女は、いい笑顔をしている。


「えっと、お姉ちゃん、私達は・・・」

「うん。まずは疲れるまで、フィナも歩いてみようか。手はずっと繋いでるからね。」

「はい・・・!」


「・・・ベルシアさん、自分のことはどう思って・・・いえ、尋ねるのが恐いので、やめておきましょう。」

うん、何か声が聞こえた気もするけれど、フィナと私は、前からずっとこうだからね・・・最近、フィナの顔が赤くなることが、多いようにも思うけれど。


「姉様。時々は私にも代わるよう、フィナさんに依頼しましたので、よろしくお願いしますね。」

「ああ、フリナ。こちらこそ、よろしくね。」

フィナの瞳に青い光が宿り、表に出てきたフリナにも挨拶をして、ぎゅっと握られた手を、私も握り返す。


「あれ・・・? これって、もしかしなくても、三角・・・」

「フリナ。次にリリネが同じことを言ったら、凍らせていいからね。」

「ええ、承知しましたわ。意味はよく分かりませんでしたけれど、私も聞き捨てならないものを感じます。」


「ちょっ、殺気・・・! ふと頭に浮かんだだけですから! ただの独り言ですから!」

「うん、分かればいいんだよ。」


「姉様、こちらをすごい顔で睨んでくる妖精がいるのですが、やっぱり凍らせて・・・フィナさん? あまり大きな声で止められると、頭に響くのですけれど。」

「ああ・・・今回のリリネはともかくとして、無闇に周りへ殺気を放ったり、攻撃を仕掛けるのは、止めようね。」

「承知しましたわ、姉様。危ない時には、どうか私を止めてくださいませ。」


「あれ・・・? 最近、私の扱いがおかしくありません?」

リリネが遠い目をしているけれど、本人の行動とか、色々の積み重ねじゃないかな・・・




「そうですか・・・! では、『ラマヤ国』の者達は、皆さんが撃退してくださったのですね。ありがとうございます。」

「どういたしまして。こちらこそ、情報を伝えていただき、対策を練ることが出来ましたので、本当に助かりました。」


「私達が国を離れる時の状況からしまして、こちらの方面に攻めてくることは、おそらくはもう無いかと思います。」

「ベルシアさんやリリネさんに助けていただき、私達も今後、こちらに顔を出すこともあるかと思います。どうぞよろしくお願いします。」

そうして、マハベールに到着し、事前にリリネが妖精の力を込めた蝶で連絡していたこともあってか、街の代表者達との打ち合わせは、特に問題もなく終わる。


ティシェとミルヴァについては、王族とその関係者だなんて言われても、街の人達も困るだろうから、迫害されて逃げてきたのを私達が保護した・・・くらいに伝えると、納得してくれたので、ひとまずはこれで良いだろう。



「先日、行商の人達が街に来たと聞きましたが、私達は『黒の森』で獲れた獣の毛皮や干し肉、そして今朝収穫したばかりの野菜、それに各種植物の加工品をお持ちしました。

 森の中では手に入りにくい品と、交換していただけると嬉しいです。」

そして、街の人達も集まったところで、始まるのは交易の話。リリネはこの辺りの情報も、しっかりと探っていたようだ。


「おお・・・! 見たことのない肉だ。これは試食用・・・? 旨い!」

「リリネさんの野菜は質がいいな。こりゃあ評判になりそうだ。」

「これ、全部植物で出来てるのか・・・丈夫そうだし、是非とも欲しいな。」

うん、豊富な獲物がいる森で、ヴィニアが狩りに専念できているし、リリネが作物の生産に気合いを入れている・・・半分は趣味という気もするけれど、結果として生まれた私達の品は、どれも評判が良い。

私と一緒に干し肉を作ったり、畑の土を水魔法で適度に潤したりしているフィナも、嬉しそうな表情で良かった。



「これが、私達にとって初めての交易なのですね・・・今は見ているだけですけど、いつかは皆さんの力になりたいわ。」

「そうだね、ティシェ。」

・・・ティシェとミルヴァの中で、こうしたやり取りが、物々交換の形で固定された気配がする。


マハベールから北へ行けば、貨幣が流通している所もあるし、二人もあれだけ大きな王都に住んでいたのなら、そちら寄りでもおかしくない気がするけれど・・・今の行動範囲で過ごしてゆくのなら、ひとまずは良いか。

私達に加わったばかりの二人にも、今日は良い一日になったようだ。


「ふふ、とても良い交易ができました。今の私達だけでは生産しにくいものもありますし、これでまた、新しいことを試せそうです!」

リリネが隣で、笑みを浮かべながら口にする。また無理をしないか心配だけれど、拠点での生活がより良いものになるのなら、作業の時には手伝うとしようか。

私は傍で嬉しそうな顔をする、フィナの手を握りながら、皆で帰路についた。

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