第3話 魂の記憶

「・・・フィナ、眠れないのかな?」

「えっ・・・す、すみません。今日は色々なことがあったせいか、なかなか寝付けなくて・・・」

日が暮れて、簡単な野営の準備と食事も終えた後、同じ毛布にくるまるフィナの顔や息遣いを察して尋ねれば、決まりが悪そうな表情が浮かぶ。


「気にしなくていいよ。魔力をたくさん使ったから、影響が出てもおかしくないし・・・私に起きたことは、自分でもびっくりしてるくらいだからね。」

「は、はい・・・」


「うん。それがすごく気になる、って顔してるね。」

「はうっ? そ、そんなことは・・・」

覗き込めば、図星という表情。軽く笑いかけながら、つんと額を突いた。


「フィナ、隠さなくていいんだよ。私が嫌だと思わない限り、ちゃんと話してあげるから。」

「で、でも、もし嫌なことだったら・・・」


「そこは聞かれてから、私が教えてあげる。知りたいと思ったら、そう言っていいからね。」

「あ、ありがとうございます・・・」

フィナの頭を撫でながら言えば、遠慮がちだけれど嬉しそうな表情が見える。うん、可愛い。

だけど、この子がこんなに控えめなのは、さっきまでの脳筋な私のせいではないよね・・・?



「フィナは、リリネが前に言ってた、『魂』についての話は覚えてる?」

説明するのに良い方法が無いか考えて、盗賊や危険な動物の討伐で何度も肩を並べた、今は『開拓街』マハベールで私達の帰りを待っているかもしれない、彼女のことを思い浮かべる。


「は、はい・・・生を終えた者の魂は空へと還り、時を経て洗われた後に、再び生まれ落ちる・・・というものでしたか。」

「うん、その通り!」

「あ、ありがとうございます・・・」

しっかりと覚えてくれていた、フィナの頭をもう一度撫でて、頭上に輝く無数の星を眺めながら、話を続けた。


「もしも、その話の通りだとすれば、私は魂を洗われる前のことを・・・ここではないどこかで生きていた時のことを、思い出したのかな。」

「えっ・・・・・・?」


「あはは、急に言われても難しいよね。私自身、はっきりと分かるわけじゃないけど・・・

 今の私、ベルシアが生まれてから、絶対に見たことがない町・・・マハベールやトレド、それに故郷とも全然違う景色の中に居る、誰かの記憶があるんだよね。」

「誰かの、記憶、ですか・・・?」

流れ星が一つ、空を駆け抜けて、この星の大気へと溶け込むように消えてゆく。


「うん。分かりにくいなら、夢だと思えばいいよ。断片的だけど、まるで現実みたいな、もう一人の自分が日々を過ごしている夢。」

「はい・・・それなら、少し想像できます。」


「うん。ともかく、その『夢』のおかげで、さっきの実を保存するやり方も・・・水を操れるなら水分を抜けばいいなんて考えも、浮かぶようになった。他にもそんな知識がたくさんあるよ。どこまで役に立つかは分からないけど。」

「いえ、さっきの、すごかったです!」


「ありがとう、フィナ。それから・・・今のこの性格も、『その時の私』が影響している、というのは想像しにくいかな。」

「それは・・・・・・やっぱり、難しいです。」


「うん、そうだよね・・・でも、実を食べる前にも言った通り、私は戦いばかりが得意な自分を変えたかった。だから、夢の中の『私』が、それに応えてくれたのかもね。」

「は、はい・・・ベルシア様が望む通りになったのなら、良かったです。」

ひとまず納得してくれた様子のフィナだけど、私はもう一つ気になることに・・・正確には、今の自分が目覚めてから、ずっと気になっていたことに思い当たった。



「ねえ、フィナ。私を『様』付けで呼ぶの、変えてみる気はない?」

「えっ・・・!?」


「だって、その言い方はすごく上下関係を感じるし・・・私はフィナのこと、家族のように思ってるからね。」

「ふええっ・・・!? その、私に『家族』はよく分かりませんが・・・すごく恐れ多い気がします。」

さらりと重い話を引き出してしまったけれど、奴隷商人に捕まっていた子だから、無理もないか・・・でも、だからこそ・・・!


「じゃあ、試しに言ってみるだけでも良いから・・・『ベルシアお姉ちゃん』はどう?」

「え、ええっ・・・!? ベ、ベルシア、お姉ちゃん・・・」

私の期待を込めた視線に背中を押されるように、フィナがそう言って、顔を真っ赤にする。


「うん、すごく可愛いよ、フィナ!」

「わぷっ!」

思わずぎゅっと抱きしめれば、驚きの声が上がる・・・いや、少し冷静になると、強制したらこっちが犯罪みたいだよね。


「あっ・・・ごめん。こうしろってわけじゃなくて、フィナがしっくり来る呼び方でいいからね。」

「は、はい・・・『お姉ちゃん』は、ちょっと恥ずかしいので・・・今はベルシア様で、お願いします。」

うん、少し焦りすぎたかな。変な気分になりかけたのを落ち着けるように、二人で空を見上げれば、満天の星が輝き続けていた。

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