第54話 メイド学校

「フユリン」


 旅の途中、荷車で正座をしているアイセントが話しかけてきた。


「この先南西14km先にあるメイド学校へ立ち寄ることを希望する」


「……は?」


「以前から興味があった。メイドとしての質を向上させるために見学したい」


「そういうのは全部終わってからにしろ」


 いきなり何を言い出すかと思えば。

 パッチと別れてから約六日。私たちは姉さんがいるクイラ国マグモアに向けて旅を続けていた。


 道中、悪役令嬢を一人ゴブリンにしたが、災悪姫騎士団との戦闘はない。


 あのパッチの助手、おそらくシュヴァリエのメンバーであろうラマリアの言葉と存在が、ずっと気掛かりなのだが……。


「いーじゃないですかぁフユリンさん!! どうせ進行方向にあるんですからぁ!!」


「黙れ」


「はいっ!!」


 単に興味があるだけだろ。

 この旅は遊びじゃないんだ。


 だいたい、メイド学校ということは悪役令嬢はいないはずだろ。

 なおさら立ち寄る理由がない。


 アイセントが食い下がるように荷車から身を乗り出した。


「学校には悪役令嬢専属メイド科もある」


「だからどうした」


「学長は元マリアンヌの専属メイド」


「マリアンヌはもう死んだ。あいつの情報など必要ない」


「…………」


「…………」


「なら、いい」


 まるで時が遡ったように、アイセントは正座の姿勢に戻った。

 いや、どことなく視線が下がっている気がする。

 どことな〜〜く、しょんぼりしている気がする!!


 ラミュとフェイトが、じーっと私を見つめてきた。

 まるで悪者扱いだ。


「あーもー。わかったよ。少しな。少し寄り道するだけな」


 アイセントが面を上げた。


「感謝」


 氷の板のような顔面が、熱を帯びたような…………気がした。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 そもそもメイドに学校など必要あるのだろうか。

 年齢に関わらず、現地で学んで現地で活かせばいいだろうに。

 ほとんどのメイドがそうしているはずだ。


 南西14km先、ヌリヌリという街の外れに、学校があった。

 周囲を森に囲まれた、隔絶された施設。

 やや年季の入った屋敷が、メイド学校の校舎である(全寮制)。


 さて、どうやって見学したものか。

 あ〜、そっか。


「お前たち、何者だ」


 二人の門番に対し、フェイトを前に出す。


「こちらはあのマリアンヌ様の唯一無二の大親友、フェイト嬢だ。施設を見学したいと、お嬢様が仰っている」


 フェイトがにこやかに首を縦に振った。

 門番の一人が学校の中へ報告をしに行く。


 やがて、白髪が目立つ初老の女性と共に帰ってきた。


「その顔、間違いありません。フェイト様でございますね」


「お、お久しぶり……です」


 門が開かれる。

 本当に、こういうときフェイトは便利だな。

 正確には、行方不明の現役悪役令嬢、という立場が。


「私のことは覚えていらっしゃいますか?」


「あ〜、えーっと」


「コヌマでございます。このメイド女学校の学長であり、マリアンヌ様の専属メイドでございました」


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 学校内の様子は、まあおおかた予想通りではあった。

 メイド服を身に纏った乙女達が、やれ座学だの所作の勉強だの、至って真面目に勤勉している。


 一応、魔法の授業もあるようだ。


「では次に、悪役令嬢専属科の特別授業をお見せしましょう」


 学長のコヌリの案内で、私たちは廊下を進んだ。

 まったく退屈だな。アイセントは楽しんでいるのか?

 表情が変わらないからさっぱりわからない。


「どうだアイセント」


「関心」


「何に?」


「ペンの走らせ方、視線の動かし方、その他諸々、一つ一つの動作が洗練されている」


 そうだろうか。

 悪いが私は貧民街出身だから、洗練された動きなどわからん。


 そのまま渡り廊下を歩き、別棟の体育館へ。

 そこでは、複数人のメイドたちが互いに相手を見つけて格闘戦を繰り広げていた。


 殴ったり蹴ったり飛んだり跳ねたり。

 おいおい、頭から流血している者もいるぞ。


「悪役令嬢専属メイドに必須なのは主人を絶対に守り抜く戦闘力と、主人のわがままに従う忍耐力。このカリキュラムではそのどちらも培うことができるのです」


「ふーん」


 おや? アイセントの体がピクっと動いたような。


「驚愕」


「何に?」


「彼女たちのメイド戦闘力の平均値が53万を超えている」


「…………メイド戦闘力」


「一昼夜で一国を滅ぼせるレベル」


 そりゃ敵に回したら厄介そうだなー。

 ていうか、これまでの旅でアイセント以外のメイドと戦ったことがないのだが。

 この学校出身のメイドは、どこに派遣されているのだろう。

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