第3章〜運命の人があなたならいいのに 現実はうまくいかない〜⑩
神社の境内のスミにある大きな木の下に小田先輩を連れ出し、数分間、二人きりで話し込んでいた浦風さんは、どこかサッパリした表情で、オレたちの待つ路地への出口に戻ってきた。
そして、後輩女子の表情とは裏腹に、先輩男子の顔色からは、どこか、気まずく、申し訳無そうな様子が見て取れた。
「ちょっと、体調がすぐれないので、私は、ここで帰らせてもらおうと思います。
公園のベンチで、
「あぁ、オレで良ければ」
と、短く答える。
「そうか……立花、浦風のこと、よろしく頼む」
小田先輩に代わって、クラスメートの久々知が語る言葉に、オレは、また短く応じる。
「あぁ、わかった」
そうして、クラスメートや先輩たちと別れたオレたち二人は、自転車を停めている駐輪場を経由して、浦風さんの自宅の方へと向かう。
「
自転車を押しながら、下級生に問いかけると、彼女は
「はい、高速道路と県道の交差点の近くです」
と、答えた。交通量が多く、夜でも街灯の多い県道を北上するだけ、というのはありがたいが……市内南部のえびす神社からは、徒歩だと三十分以上は掛かりそうだ。
「そっか……もし、歩き疲れたら、自転車の後ろに乗ってよ。ここからは、もう警察署も交番も無いハズだからさ」
交通法規をないがしろにする発言を自覚しながらも、今夜の彼女が置かれた状況を作ってしまったのは、自分だという罪悪感から、彼女にそう提案する。その言葉に、浦風さんは、
「ありがとうございます。でも、もう、しばらくは、このままで……」
と言って、自転車を挟んでオレの隣を歩きながら、こんなことを聞いてきた。
「あの……立花先輩は、運命のヒトって、信じますか?」
唐突な質問だったので、面食らいながらも、オレは正直に自分の考えていることを答える。
「う〜ん、オレは、恋愛をした経験がほとんど無いから、わからないな。だけど、そういうのは、やっぱり、マンガとかドラマの中の話しで、現実には無いんじゃないかな、と個人的には思う」
「そうですね……いまは、私もそう感じてます。運命の人が、あの人だったら良かったのに……現実は、上手くいかないですね……」
彼女の言葉を聞いて、ワカ
「この作品の萌え&燃え路線が、後の『ラ◯ライブ!』に繋がるんだから、絶対に観ときなさい」
と言われて視聴した作品だったが、たしかに、作中の映像とオープニング曲のカッコ良さには惹かれるものがあった。その中でも、特にオレの印象に残っているのが、
運命の人があなたならいいのに 現実はうまくいかない――――――
というフレーズだ。
幼なじみのことを想うクラスメートにしても、いま、自転車を挟んでオレの隣を歩く下級生にしても、きっと、そんな想いを抱えているだろう。
そうしたことを考えながら、自転車を押していると、その下級生がポツリとつぶやいた。
「本当は、今日、最初に会ったときから、わかってたんです。先輩の気持ちが自分じゃなくて、さつき先輩に向いてるって……」
彼女の言葉を耳にして、駅前のバス停で、浴衣姿のメンバーを目にしたときの小田先輩の言動を思い出す。
たしか、先輩は、女子三人の浴衣姿をこんな風に評していた。
上坂部には、「涼し気な感じで夏祭りにピッタリだ」、浦風さんには、「可愛らしいイメージでおまえの雰囲気にバッチリ似合ってるぞ」、そして、
一瞬の間があったあと、
「上手く化けたな……」
と、そんなことを言っていた。
その言葉を発したあと、すぐに長洲先輩に「それが、女子に対する褒め言葉か!」ツッコミを入れられていたので、印象に残りづらかったが、たしかに、小田先輩は、あの間を置いた瞬間、幼なじみだという女子生徒の浴衣姿に見惚れていたように感じる。
そのことを考えれば、彼の言動のひとつひとつに敏感になっているであろう浦風さんが、その真意に気付くのも当然だ。小田先輩は、言葉の上では、キッチリと浦風さんの浴衣姿を誉め、逆に長洲先輩のそれに対しては、素直に称賛の言葉を口にしなかった。
ただ、小田先輩の口から発せられた言葉で、浦風さんは、理解してしまった。
自分の浴衣姿が、彼の心を揺さぶっていないことに……。
彼の発した言葉は、聞きたい内容ではあったけど、自分が欲した中身は、伴っていないことに……。
「どうして、私は……小田先輩が、自分の浴衣姿にときめいてくれるなんて、夢を見てしまったんだろう……」
「中学生のときから、何回も何回も……振り向いてもらえなくても、あきもしないで……本当にバカみたい……」
自転車を押し続けるオレの隣で、下級生はうつむきながら、そうつぶやく。
その言葉は、ワカ
心の中の想いを吐き出した下級生は、両手で顔を覆い、その場にしゃがみ込む。
(自分の気持ちに区切りをつけようとしてるんだから……まあ、こうなるよな……)
そう考えながら、いつの間にか、自分たちがJRの沿線近くである総合運動公園まで歩いてきたことに気づき、公園の生け垣に自転車を寄せ、スタンドを立てる。
「さっきも言ったけど……落ち着いたら、自転車の後ろに乗らない? 自転車を漕いでいる間は、オレも前しか見れないからさ……」
それほど親しい訳でもない上級生の男子に泣き顔を見られたくは無いだろう、と配慮してそう提案すると、浦風さんはオレの意図を察したのか、顔を覆ったままうなずいたあと、しばらくしてから立ち上がった。
それを合図に、スタンドを上げたオレは、自転車の荷台を彼女の腰の高さに傾けて、後方に腰掛けるようにうながす。
彼女が荷台に腰を下ろしたことを確認してサドルにまたがったオレは、「じゃ、行くよ」と言ってから、ペダルを踏み込む。荷台に腰掛ける彼女が、小柄で華奢な体型のためか、思った以上に自転車はスムーズに進んだ。
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