第2章〜ふられたての女ほど おとしやすいものはないんだってね〜⑤
隣の市に住むインフルエンサーのお悩み相談に投稿が採用されるという、オレの人生史上でも最大級の事件(このことが、自分のこれまでの歩みの無味乾燥さを象徴している)が発生した翌日、オレは、クラスの副委員長の様子を気にしながら、一日を過ごしていた。
(上坂部は、久々知のことをどう考えているんだろう?)
ずっと、そんなことを考えていたからだろうか、この日の放課後、オレは、
授業終了後のショート・ホーム・ルームも終わり、前日のように、ワカ
「オレ、一年のときから上坂部のことが気になってたんだ……もし、いま好きな相手とかが居なければ、オレと付き合ってくれないか?」
思わず、そちらに視線を向けると、声の主は隣のクラスの
彼らに自分の姿が見られてはいけない、とすぐに階段からの死角に身を潜め、
(\ムッネリ〜ン/)
と、校内ステルスモードに入る。
そして、ほとんど会話を交わしたことのない相手には申し訳ないが、その彼の姿を見て、どこか、ホッとしている自分に気付いた。
安堵しながらも、ここで上坂部と鉢合わせして気まずい想いをするのはゴメンだ……と考えて、オレは、トイレで用を足すことをあきらめてステルスモードを解除し、すぐに、引き返そうとする。
その瞬間――――――。
「盗み聞きとは、あまり良い趣味とは言えないわね」
背後から声をかけられ、驚いたオレは、思わず声を上げそうになる。
そんなオレに対して、人差し指を口元に当てた
「静かに! こっちに来て!」
と言ってから、手を引いて、目の前の空き教室にオレを連れ込んだ。
「いきなり、ナニするんだよ!?」
抗議の声を上げると、大島は、
「いま、葉月がと顔を合わせたら、みんな居心地の悪い感じになるでしょ?」
と、当然のことだというように答えを返す。
(いや、オレもそう思って引き返そうとしたところなんだが……)
そう主張しようと口を開こうとした瞬間、目の前のクラスメートは、なにかを思案するように、一人で語り出した。
「そろそろ、男子が動き出す頃だとは考えていたけど……思っていた以上に早かったわね」
口元に手を当てながらつぶやく大島に、オレは、慎重に問いかける。
「早かったって……さっきみたいに、男子が上坂部に告白してくることか?」
オレの問いかけに、クラスメートは、ゆっくりとうなずく。
「
当然だ。それなりどころか、当事者を除けば、クラス内いや、学校内でもっとも彼らの事情に精通しているという自負はある。ただ、そんな実情を誇ったり、相手に対するマウントを取っても意味はないので、
「まあ、それなりにはな……」
とだけ、短く言葉を返しておく。
「それなら、話しは早いわ。久々知に交際相手が出来たことで、ずっと彼と仲が良かった葉月には気になる相手が居なくなった、と男子たちは考えていると思う。これから、葉月には、久々知に遠慮して近づいてこなかった男子が、一緒に出かけたり、一気に交際を申し込んだりしてくると思うの」
なるほど……。
クラス内どころか、学内でも目立つ素材の
さらに続けて、大島は、気になることをつぶやく。
「
ん? いま、なにか聞き捨てならないことを言わなかったか?
「大島、いま何て言った?
「いいえ、実際に確認したヒトは居ないけどね。女子の中には、そういう見立てをしている子も居るってだけ……でも、その口ぶりからすると……立花、アナタこそ何か知ってるの?」
逆に質問を受けてしまった。
あのカラオケルームで、
「誰かにこのことを話したら、あなたのクラスでの立場がどうなるか、良く考えてね?」
と言ってきたことは、少し気になったが……。
オレ自身、クラスでの自分の立場をあまり気にしていないことと、大島の口の堅さを信用して、金曜日にカラオケルームで見聞きしたことを洗いざらい話すことにした。
「そう……私たちの前ではネコを被っているけど……
大島は、何事かを考えながら、そうつぶやく。
さらに、彼女は、
「そういうことであれば、ちょっと、アナタに頼みたいことがあるんだけど……」
と言って、誰もいない空き教室であるにもかかわらず、オレにこっそりと耳打ちをしてくる。
その内容を聞いて、
(いや、なんで、オレがそんなことまでしなくちゃならんのだ……)
と思ったものの、クラスの中で、
「まあ、
という、かなり失礼な彼女の言い分も、ここは、甘んじて受け入れておくことにした。
こうして、共闘できる存在を得られたことで、オレが少し安心していると、空き教室のドアが、ガラガラと開く。
一瞬、驚いたオレとは反対に、
「大島さん、ここに居たんですね。今日は急遽、全体練習をすることになったので、すぐに音楽室に集まってください」
という声をかけてきた吹奏楽部の副顧問である
「はい! 北先生! すぐに準備します!」
と、明るい声と表情で返答する。
それは、普段、クラス内ではクールな表情を崩さない
(なんだよ……大島は、教師の前では、態度が変わるタイプなのか? それとも……)
そんなことを考えながら、オレは、彼女から耳打ちされたことを実行するべく、週末の予定に頭をめぐらせていた。
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