第2章〜ふられたての女ほど おとしやすいものはないんだってね〜⑤

 隣の市に住むインフルエンサーのお悩み相談に投稿が採用されるという、オレの人生史上でも最大級の事件(このことが、自分のこれまでの歩みの無味乾燥さを象徴している)が発生した翌日、オレは、クラスの副委員長の様子を気にしながら、一日を過ごしていた。


(上坂部は、久々知のことをどう考えているんだろう?)


 ずっと、そんなことを考えていたからだろうか、この日の放課後、オレは、上坂部葉月かみさかべはづきに降り掛かろうとする問題を目撃することになった。


 授業終了後のショート・ホーム・ルームも終わり、前日のように、ワカねえからのサプライズ報告もなかったので、用を足してから帰るか……と、普段からのオレのである利用者が少ない校舎東側の隅にあるトイレに向かおうとした、そのとき――――――。


 人気ひとけの少なくなった昇降階段の階上の方から、男子生徒の声が聞こえてきた。


「オレ、一年のときから上坂部のことが気になってたんだ……もし、いま好きな相手とかが居なければ、オレと付き合ってくれないか?」


 思わず、そちらに視線を向けると、声の主は隣のクラスの次屋つぎやという男子だった。


 彼らに自分の姿が見られてはいけない、とすぐに階段からの死角に身を潜め、


(\ムッネリ〜ン/)


と、校内ステルスモードに入る。


 次屋つぎや上坂部かみさかべの二人の死角に入ったことで、彼らの声が十分に聞こえなくなってしまったが、しばらくして、肩を落としながら階段を降りていく男子生徒の姿が、わずかにオレの視界の端に入ったことから、告白の結果は、なんとなく察することができた。

 そして、ほとんど会話を交わしたことのない相手には申し訳ないが、その彼の姿を見て、どこか、ホッとしている自分に気付いた。


 安堵しながらも、ここで上坂部と鉢合わせして気まずい想いをするのはゴメンだ……と考えて、オレは、トイレで用を足すことをあきらめてステルスモードを解除し、すぐに、引き返そうとする。


 その瞬間――――――。


「盗み聞きとは、あまり良い趣味とは言えないわね」


 背後から声をかけられ、驚いたオレは、思わず声を上げそうになる。

 そんなオレに対して、人差し指を口元に当てた大島睦月おおしまむつきが、声を潜めながら、


「静かに! こっちに来て!」


と言ってから、手を引いて、目の前の空き教室にオレを連れ込んだ。


「いきなり、ナニするんだよ!?」


 抗議の声を上げると、大島は、


「いま、葉月がと顔を合わせたら、みんな居心地の悪い感じになるでしょ?」


と、当然のことだというように答えを返す。


(いや、オレもそう思って引き返そうとしたところなんだが……)


 そう主張しようと口を開こうとした瞬間、目の前のクラスメートは、なにかを思案するように、一人で語り出した。


「そろそろ、男子が動き出す頃だとは考えていたけど……思っていた以上に早かったわね」


 口元に手を当てながらつぶやく大島に、オレは、慎重に問いかける。


「早かったって……さっきみたいに、男子が上坂部に告白してくることか?」


 オレの問いかけに、クラスメートは、ゆっくりとうなずく。


立花たちばな、アナタ、葉月と久々知くくち名和めいわさんのあいだにナニがあったか、それなりに知ってるんでしょう?」


 当然だ。それなりどころか、当事者を除けば、クラス内いや、学校内でもっとも彼らの事情に精通しているという自負はある。ただ、そんな実情を誇ったり、相手に対するマウントを取っても意味はないので、


「まあ、それなりにはな……」


とだけ、短く言葉を返しておく。


「それなら、話しは早いわ。久々知に交際相手が出来たことで、ずっと彼と仲が良かった葉月には気になる相手が居なくなった、と男子たちは考えていると思う。これから、葉月には、久々知に遠慮して近づいてこなかった男子が、一緒に出かけたり、一気に交際を申し込んだりしてくると思うの」


 なるほど……。

 クラス内どころか、学内でも目立つ素材の久々知大成くくちたいせいが、ずっとそばに居ると声をかけづらいが、その重しが取れれば、上坂部との距離を縮めやすくなる、と他の男子が考えるのは当然だろう。

 さらに続けて、大島は、気になることをつぶやく。

 

名和めいわさんみたいに、上手く男子避けの相手が見つかれば良いけど……いまの葉月に、それを求めるのは難しそうだしね……」


 ん? いま、なにか聞き捨てならないことを言わなかったか?


「大島、いま何て言った? 名和立夏めいわりっかが、男子からのアプローチを避けるために、久々知と付き合ってるって、みんな知ってるのか?」


「いいえ、実際に確認したヒトは居ないけどね。女子の中には、そういう見立てをしている子も居るってだけ……でも、その口ぶりからすると……立花、アナタこそ何か知ってるの?」


 逆に質問を受けてしまった。

 あのカラオケルームで、名和立夏めいわりっかが、脅すように、


「誰かにこのことを話したら、あなたのクラスでの立場がどうなるか、良く考えてね?」


と言ってきたことは、少し気になったが……。

 オレ自身、クラスでの自分の立場をあまり気にしていないことと、大島の口の堅さを信用して、金曜日にカラオケルームで見聞きしたことを洗いざらい話すことにした。


「そう……私たちの前ではネコを被っているけど……名和めいわさんも、なかなか喰えない相手ね……」


 大島は、何事かを考えながら、そうつぶやく。

 さらに、彼女は、


「そういうことであれば、ちょっと、アナタに頼みたいことがあるんだけど……」


と言って、誰もいない空き教室であるにもかかわらず、オレにこっそりと耳打ちをしてくる。

 その内容を聞いて、

 

(いや、なんで、オレがそんなことまでしなくちゃならんのだ……)


と思ったものの、クラスの中で、名和立夏めいわりっかに対抗できる人材が得られたことは、とても心強い。


「まあ、名和めいわさんのである久々知と比べると、あなたに頼るのは、少し心許こころもとないけれど、いまは仕方ないわね」


 という、かなり失礼な彼女の言い分も、ここは、甘んじて受け入れておくことにした。

 こうして、共闘できる存在を得られたことで、オレが少し安心していると、空き教室のドアが、ガラガラと開く。

 

 一瞬、驚いたオレとは反対に、


「大島さん、ここに居たんですね。今日は急遽、全体練習をすることになったので、すぐに音楽室に集まってください」


という声をかけてきた吹奏楽部の副顧問である北一輝きたかずき先生に対して、大島は、


「はい! 北先生! すぐに準備します!」


と、明るい声と表情で返答する。

 それは、普段、クラス内ではクールな表情を崩さない大島睦月おおしまむつきの様子とは、大きく異なるモノだった。


(なんだよ……大島は、教師の前では、態度が変わるタイプなのか? それとも……)


 そんなことを考えながら、オレは、彼女から耳打ちされたことを実行するべく、週末の予定に頭をめぐらせていた。

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