第2話 高校入学

 晴れ渡る春の日差しの空がまぶしかった。




囀りの練習をしている鶯、五月蠅い、焼き鳥にしたい。




咲き誇る桜が目に痛い、散ってくれ。




入学を祝う同級生の声が五月蠅い、なにがそんなに嬉しい?




鼻を勝手に擽る花粉、侵入を許していないぞ、花粉滅びろ。




リア充、杉花粉と共に飛んでいけ。




ひねくれ者だな、俺。




高校生活に希望も夢も抱いていない。




キャッキャうふふ、そんな高校生活、無縁なはず。




きっと、ボッチで過ぎ去っていく。




今ままでだってそうだ。




春は希望と言うより絶望の季節。




色で表現するならきっと多くの者は『桃色』『黄緑』『水色』、そんな綺麗と呼ばれる色を当てるのだろうが俺にとって春はグレー一色。




何かが抜け落ちてしまった季節は濃い色のサングラスをしているかのように暗く辛い。




あれは小学校入学前、もう9年も前になる。




親友が消えた春。




かすかな思い出だけだ。




アルバムを見ないで顔を思い出せるか?無理だ。




街ですれ違って気がつく?あり得ない。




それほど年月という時間は記憶を呼び起こすのに邪魔をする。




気の合った友達が出来ないで9年、ぽっかりと空いてしまった。




横を歩いてくれる親友は出来なかった。




作れなかった、作ろうと努力をしなかったが正解の言葉かもしれない。




親友が出来たとしても、ある日突然また消えるのではないか?その離れる悲しみはとても辛く恐怖と言う言葉を当てはまる。




だから俺はその恐怖から逃げていた、二度とあんな喪失感はごめんだ。




高校生活でも変われる気はしない。




あの恐怖、寂しさ、喪失感、それに打ち勝つこと、終止符を打つ何か特別なイベントや、その恐怖の記憶を上書きしてくれるほど心を許せる誰かが現れない限りこのまま続くだろう。




他人との間に透明アクリル板を置いた人生は、きっとこのままだろう。




他人との距離、透明な壁で遠くしている。




いじめられているわけではないかった。




ただ『親友』と呼べる心を許せる友達が出来なかった。




作ろうとしていなかったと言うべき俺には、今まで同級生とは距離感が埋まらなかった。




隣を歩く、ただそれだけの事でも不思議と違和感がつきまとい、同じ景色を見続けることは出来なかった。




校舎の入り口に貼り出されているクラス分けの表、自分の名前だけを探して1年2組に進もうと教室に向かう。




同じ中学出身者を探す気もない。教室に行けば必然的にわかる。




下駄箱には親切に大きくプリントされた名前が貼ってある。




そこに靴を入れ、これから毎日通るであろう廊下を進む。




寒々とした廊下、所々に『一年生教室→』と貼られていたのはボッチとしてありがたかった。




誰かに聞く、それは難易度が高いく示された方へ進むと、




「リュウちゃんだよね?」




声が後ろから聞こえた。




気安く俺をそう呼ぶ友達はいない。




振り向いたところで、誰だこいつ?って顔をされるのが関の山、俺ではないだろう誰か、似たような名前の誰かを呼んでいると勝手に決めつける。




「ねぇ~リュウちゃん聞こえてない?あれ?袋田龍輝、同姓同名かな?そんわけないと思うんだけど、学校に行けば会えるっておばさんに聞いたんだけど?」




フルネームで呼ばれたからには流石に一度は振り向いて顔くらい見せ挨拶しておかなければ、中学の同級生でクラスに知り合いがいなくて不安な誰かが俺を呼び止めたのか?




取り敢えず同じクラスになりそうな同じ中学出身の顔は見ておくか。




振り返れば見たことのない背の高いイケメンが満面の笑みで、




「あっ、やっぱりだ」




「だれ?」




こんなイケメンなら中学でも目立っていたはず。




流石に記憶の片隅にはいるはず。深い付き合いまでしなくたって同級生の顔くらいは、だがその顔に全くと言っていいほど見覚えがない。




いくら親友と呼べる友達を作れなかった俺でも同級生にいた顔くらい覚えている。




つい二週間前が卒業式、一人一人登壇して卒業証書貰うときも見ていた。




少なくても見覚えくらいはあるはずなのに全く知らない。




「えぇぇ! 俺のこと覚えてないの?悲しいなぁ」




ツーブロックと呼ばれる両サイドの毛は短く頭部の髪を右から左へ流し固めているお洒落なイケメン、高校デビューにしてはその髪型がもう馴染んでいる顔つき。




「お前みたいなオシャンティーなイケメンに知り合いはいないって、同じ中学だっけ?まぁ~よろしくな」




当たり障りなく返事をして教室に進もうとすると、




「ん~まっいっか、今日から俺もまた隣の家だし、ねぇ~帰ったら引っ越し手伝って欲しいんだけど」




はあ?隣の家?今は空き家、たまに親友のお祖父さんが風通しなど手入れに来るだけの空き家。




「ちょっと、お前誰だよ?」




「本当に覚えてないの?リュウちゃん?」




顔をしっかり見るがこんなイケメン知らない。




間違いなく大手アイドル事務所からお呼びがかかりそうなイケメン。




目鼻立ちが通っていて綺麗な艶やかな肌、醤油顔と言えば良いのか?とてもすっきりしている顔で男の俺でも『綺麗だ』と、褒めたくなる顔をじっと見続ける俺に対して自分の名前が出てこないことに業を煮やしたのだろう、




「俺、千陽だよ」




「ちあき?はぁ?お前、千陽なのか?」




「思い出してくれた?」




パンッと俺の肩を一回軽く叩いて笑顔で喜んでいる。




「違うそうじゃない忘れていたんじゃなくて、誰だかわからなかったんだよ。イケメン過ぎて」




「はははははっ、俺の方が背超しちゃったから印象変わったかな?」




目の前まで近づいてきた千陽は背比べをして言う。俺より5センチくらい高そうだ。




「イケメン、良い匂い漂わせやがって」




褒めているのになぜかふくれっ面を見せた。




「イケメンかっ、まっそうだよね。リュウちゃんもそう思うんだ。やっぱりか・・・・・・」




自画自賛ではないのだろう、きっと言われ慣れているから認めたのだろうが少しつまらなそうに伏し目がちに小さくそう呟くと急に俺の手を握った。




背の高さとは裏腹に意外に華奢な細さの指、爪も綺麗に整えられて磨いているのだろう自然色でキラリと光る。




綺麗だと感じたが意外に冷たい手。




「また一緒だぞ、取り敢えずは1年間同じクラスは確定したから、よろしくね」




満面の笑みを見せた。




その瞬間、俺の高校人生にやっと遅い桜前線が届いたのを感じた。




高校は青春開花?




春の色を隠すサングラスは千陽が奪い捨ててくれたように世界の色はこの日、一変した。




久々だというのに馴れ馴れしいが、なぜか嫌悪感を感じない。




その馴れ馴れしさが懐かしさ。




それを感じると空席だった隣をまた一緒に歩いてくれる存在になるのでは?勝手に期待してしまった。




   ◆




「えっと、二島千陽と言います。親の転勤の都合で海外を転々としてましたが元々は隣の市で幼稚園まで過ごしていました。高校入学を機会に帰ってきたのでよろしくお願いします」




千陽は満面の輝かしい笑顔を見せ自己紹介をした。




その笑顔でクラスの女子達が『一目惚れ』と言う脳内錯覚を起こしている目をしている。




イケメンが羨ましいよ。自己紹介だけで惚れられるんだから。




きっと千陽のこれから始まる青春ラブコメ物語は晴れやかで俺はその物語のモブ役なんだろうな。




勝手に大好きなライトノベルに例え考えていると自己紹介が俺の番となり特になにもないので、




「袋田龍輝です。ライトノベルが好きなオタクです。人見知りです」




「自虐自己紹介面白いよ、リュウちゃん」




千陽が反応をしてくれた。




うちの高校はジェンダフリー、差別撤廃の風潮に乗かったらしく、また『ブラック校則』としてSNSで炎上するのを避けたいとかで、数年前、生徒会アンケートで校則が一新された緩い学校。




その為人気が高く、倍率があがり偏差値が急上昇した進学校。




制服はブレザーだけが学校指定で、ズボンやシャツなど特に決まりがなかった。




ほぼ私服登校、自主性を重んじる校則。




男は大半は黒か紺色のズボンを穿き、白かちょっと水色っぽいYシャツを着て、女は大概どこかのブランドのなんちゃって女子高生のスカートで無難に決めていた。




俺もその一人で黒のジーンズに白のYシャツだ。




入学式に突飛な服装を選ぶ勇気も無謀さもないが、この飾りっ気のないズボンは嫌いだ。




千陽は細く引き締まった足を強調しているのか、白く足にぴったりフィットするズボンを穿いている。




ブレザーの中から見える薄ピンクのYシャツが似合っている。




イケメンだからこそ、ピンクも似合うんだよ。




俺が着たら豚扱いされる。




他の生徒の自己紹介も気にせず、隣の席になった千陽に、




「帰ってたんだ」




小さく声を掛けると、




「帰ってきたのはつい先週、昨日まではお祖父ちゃん家だったけど電気水道とか復活の手続き済んだから今日からリュウちゃんの隣の家に引っ越すから後で手伝ってね」




「うっ、うん、そうか、まぁ~昔のよしみだ手伝ってやるって、って言うか帰ってきてたなら言えよ」




「高校で会えるのわかっていたから」




「ん?」




話を続けようとするとクラス全員の自己紹介が終わり担任の話が始まったので話をやめて前を見た。




ぎこちなく返事をすると千陽はニコニコと俺の顔を見ていた。




勘違いされるだろな、クラスの女子達は先生より千陽を見ている。




俺はBLの趣味はない。




そう口に出して否定したかったが、今、千陽に女子達の熱い視線が向けられている中で、そんな言葉を聞かれ誤解されると厄介、高校生活しょっぱなで思惑と違うレッテルが貼られるのは勘弁して欲しく、黙って前を見、時が過ぎるのを待った。




俺は人畜無害なオタク、そんなレッテルを貼られ無難に高校生活を送るつもりでいる。




チラチラと千陽が俺を見てくる視線には気がついていたが。




担任教師本人の自己紹介やら校則の重要点、学校生活の注意点を一通り説明を担任教師がすると午前で解散となり、席を立つ。




千陽は女子達にLINE交換しようと囲まれていた。




まっ良いか、先に帰って飯食ってから手伝いに行けば。




隣の家は玄関から1分もかからない。




流石に屋根伝いに幼なじみが突如部屋に来るほどくっついていない物の、塀を越えれば千陽の家の庭。




まぁちゃんと門から入るけど。




その為、すぐに行けるので気にせず校舎を出る。




「冷たいなぁ~置いて帰るなんて」




昇降口を出たところで駆け寄って来て千陽が俺の腕を掴んだ。




「一緒に帰る約束はしてなかっただろ?」




捕まれた腕を振りほどいて言うと、




「そりゃ~してなくても帰る方向一緒なんだし、久々に日本に帰ってきた親友だよ?迷子とか心配するのが親友じゃん。昔はよく俺が姿見えなくなると大声で呼んでくれたじゃん」




「そんなことしたっけ?昔は俺について回るような子だったのは覚えてる。それに泣き虫で俺よりちっさくて」




「なんだ、ちゃんと覚えてるんじゃん」




ニンマリと女殺しビームが出そうな満点の笑顔、白い歯が綺麗ですね。




きっとCMすぐ来ますよって褒めたかったが、やめておいた。




なんかイケメンをこれ以上褒めるのが悔しくて。




自己嫌悪になりそう。




男から『イケメン』と言われ続けるのも嫌なはず。




距離感が完全に掴みきれていない状態で言い続けるには冗談で済まなくなる可能性がある。




千陽を怒らせてしまう可能性を考えないと。




せっかく空席だった隣に戻ってきた親友を怒らせるほど空気が読めないわけでない。




学校から徒歩5分の駅から常磐線を使って磯原と言う駅で降りる。




15分もかからない駅。




野口雨情のシャボン玉とんだと言う発車メロディーが特徴の駅だ。




もう一つ北の駅、大津港駅は米米CLUB石井竜也の出身地、なのに発車ベルに使われていないのが残念に感じる。




自転車置き場に行くと千陽も自転車の鍵を取り出した。




「なんだ千陽も自転車で来てたのか?」




「流石に自転車ないとねぇ」




細い椅子が高い位置にあるフレームが細いツールドフランスにでも出るかのようなスポーツ系の自転車に乗る千陽。なにもかもが細い。だがそれが似合ってる。




俺は正反対に太いタイヤのマウンテンバイクにまたがった。




横に並んで走るのは迷惑行為、交通ルール違反なので一列に並んで黙々とこいで10分の家に帰ると隣の家では千陽のお祖父さんが掃き出し窓を開けて、




「千陽ちゃんお帰り、おっ、リュウちゃんもお帰り。また、うちの孫をよろしく頼むよ。おらもよ、ここに住めば良いんだけんどな、田んぼと畑あっからよ」




農作業でだろう日に焼けた千陽のお祖父さんが言うので、




「昔の友としていろいろ手伝いますから大丈夫ですよ」




「今も親友だろ」




千陽は後ろから抱きついて言う。




昔と変わらない距離感が妙に懐かしい。




ベタベタと妙にくっついてくる千陽だったが、それが好きだった。




懐かしいな、この感覚。




しかし、坂こいできたのに良い匂いしやがるぜ、このイケメン。




日差しは強く少し暑さを感じ汗ばんむが千陽は、桃を思わせる匂いがした。


 


春の終わりをどことなく感じさせる。




思えばこの時から可笑しいことに気がつくべきだったのかもしれない。千陽の違和感に。




手や体臭、抱かれたときの感触、そして思春期の男同士では近すぎる距離感に嫌悪感を感じなかった違和感。




「飯食べたら、くっから」




深く考える前にまずは引っ越しの手伝いをしないと。




「うん、リュウちゃん、よろしくね」







隣にある家に帰り、母が朝用意してくれていた昼食をレンジで温めながらジャージに着替えた。




飯を食べて隣の家に行くと千陽のお祖父さんの軽トラはなく、もう帰っていた。




「お祖父ちゃん、田植えの準備で忙しいって、リュウちゃんがいるから帰しちゃったけど良いよね?」




家具などは元々そのままだったみたいで、運ぶのは30ほどのダンボール箱。




「二人ならすぐだろ、良いよ」




「リュウちゃん、流石、やっぱり優しい」




「いやいや、普通の事だろ」




ダンボールを運んでいると通販で買ったというテレビが届いた。




セットは自分でしないとならない。千陽は箱から出してセットをしようと説明書を読んでいた。




「今のテレビって配線一本二本くらいで簡単だから貸してみなよ」




「あっ、ごめん、こういうの初めてで」




大した配線もないなのに千陽は苦手なようで説明書を持って固まっていたのでセットした。




他の電化製品のセットもすると意外と時間がかかってしまう。




千陽は見かけ倒しの力なし、それに電化製品も苦手と見るに見かねていろいろ手伝っていたら夕方。




「半分以上、俺、運んだぞ、とっに腰痛い」




「ありがとうね。汗かいちゃったよね?お風呂沸かそうと思ったんだけど、ガスは明日なんだって」




スポーツドリンクを渡して来て言う。




「なら、うちで入るか?」




「ねぇねぇ、せっかくだから温泉行かない?」




「ん~別に良いけど」




温泉良いよね。茨城県何気に温泉イメージ薄いけど実はちゃんと出ているんだよ。




日本列島掘れば大概温泉出るらしいけど。




千陽はお祖父さんが置いていった入浴券もあるという。




タダなら申し分なく、誘われるがまま、近くの宿の日帰り温泉に入ることになった。




田舎の宿だが眺めの良い露天風呂があることで有名で、源泉掛け流し。




平日で泊まり客も少なく、いくつかある風呂を家族風呂として貸し切りに出来るそうだ。




あんこう鍋プランも3月末で終わり、繁忙期は一段落、幸運にも露天風呂が1時間貸し切りで空いていた。




友達と汗を流すのも良いだろう、二人で風呂、裸の付き合い、きっと、この9年間の距離をお湯が流して縮めてくれる。




そんな期待を大きく裏切って驚く事態となった。




「先入ってて」




「なんだ小便か?体流すときにすれば良いだろ」




「変態、俺のおしっこ姿、見たいの?」




「はぁ?何言ってんだ、普通だろ、座ってシャワーで頭流しながらしれっと小便するって」




「普通はしないから。兎に角先入ってて」




「わかった」




変態と罵られてしまった。




マナー違反と怒られるならわかるが・・・・・・。




体を洗って2人で入るにはもったいない大きい岩風呂に入り竹垣の間から見える海原に目を向ける。


海岸の先に大きな岩山が見られる。




島と呼ぶにはいささか小さい気がするが、二ツ島と呼ばれている。




昔はもう一つ小さな島が見えていたらしいが浸食で海の中に消えてしまって今は大きな岩山が一つ。




元々は松が生え鵜が生息していたそうだが311の地震で松は落ちてしまい、鵜もほとんど他に行ってしまった。




砂浜にポツンとある大きな岩山は一枚の絵画のように大海原のアクセントになっている。




この景色を見ながら入る風呂は少し贅沢だ。




眺めていると千陽が入ってきた。




シャワーで体を流しながら、




「島は残ったんだね。海外で311のニュース見ていたからどうなったか心配だったけど」




「この辺も川から津波があがって被害はあったんだぞ、港は結構手ひどくやられたし」




体を流している千陽のほうをチラリと見る背中、ん?なにか違和感?何だろう?華奢なせいかな?




「なんかした?リュウちゃん」




しっかりと振り向いて千陽の姿を見るが、湯気でぼやけ、夕焼けが背になりはっきりとは見えない。




華奢過ぎるから違和感につながるのかな?そんな疑問を持ちながら見続ける物でもないはず。




「いんやなんでもない」




"男"が体を洗っているの見てもつまらん。




また岩山と大海原を見ているとシャワーが終わったようで、




「よいしょっ」




湯船に入れる足が妙に艶やかで綺麗だ。




視線を上に向ける・・・・・・!?ないないない!?




隠されていない体に大切な物がない。




「えぇぇ!?」




「なに?どしたの?大きな声出して?」




両足を湯船に入れ両手を腰に当て仁王立ちする格好いい千陽の体を見て体が硬直してしまった。




「見たいなら好きなだけ見なよ」




その言葉で硬直呪文は解除された。




「ちょっと待て、ちょっと待て、何かいろいろ待て」




「なに恥ずかしがっているのさっ?」




「千陽、お前おかしいだろ?前隠せよ?」




「なに恥ずかしがってんだよ!おっ童貞なら俺と済まそうぜ、俺の処女貰ってくれるよな」




胸を張って湯船を一歩一歩としっかり近づいてくる千陽、




「きゃーーー!」




「可愛い声で鳴くな、良いではないか良いではないか」




「待て待て待て、本当にちょっと待って、千陽、チンコは?性転換したの?」




混乱でしかない。


俺の唯一無二の親友に付いているはずのものが付いていないのだから。


それを仁王立ちで恥ずかしがらずに惜しげもなく見せる千陽、男らしいってありゃしない。




いや、痴女と言うやつなのか?




「何言ってんだ?俺生まれたときから女だぜ、一度たりとも男になったことはない」




「はあ?」




「ほらほらほら、ちゃんと見ろよ、ないだろ」




「バカ、見られるかっていうの」




「恥ずかしがるなよ、俺とリュウちゃんの仲だろ?」




「俺とお前は親友、親友同士そう言うことしないの!」




俺は迫ってくる千陽に背を向けて言うと、




「誰がそんなこと決めた?良いじゃん別に、親友が見たいと言うならいくらでも見せてあげるって?ほらほらほらほら」




「うわ~抱きつくなよ」




目を反らしながら体も背中を向けると千陽は飛び込むようにバシャンと音を立てて抱きついてきた。




背中にぷにゅりとした柔らかい二の山が小さいながらも主張している。




女だと主張している。




おっぱい、サイズがわからないがAカップ?Bカップ?小さくてもおっぱいは柔らかく背中に全神経が集中する。




「俺、出る」




「おっ、出すか?」




「ちがうーーー!」




温泉でするりと滑った肌でなんとか抜け出した俺は急いで湯船から出た。




聞こえた声は、




「ちっ、失敗したか」




と千陽の低めの声だった。




慌てて脱衣所に出て戸を閉めると浴室から声がする。




「リュウちゃんまだいるよね?」




「あぁ、って千陽、女だったのか?」




「だから、そう言ってるじゃん」




「だから、なんだ、その性転換とかではないのか?俺そういうのは全然気にしないし千陽がそうだとしても親友に戻るのは良いんだが」




「生まれたときからずっと女だって、一度もチンチン生えたことないよ。それでも親友だったじゃん。 親友に戻れないの?男と女の友情はないって言わないよね?」




「いや、それとこれとは話は別だろ?男と女だろうと友情は結べるだろ。だとしても混浴は駄目だろ」




「え~俺とリュウちゃんだよ?ねぇ~隠すから一緒に入ろうよ」




「やだよ」




「なんだよ、意気地なし、根性なし、弱虫、二次元世界の住人、へたれ主人公」




軽い挑発、そこまで言われるとなんだか悔しくドアを開ける。




ちゃんと大きいタオルで前を隠して岩風呂に入っていた。




「持っているなら始めっから隠せよな」




千陽がニヤニヤしているのが俺の心を見透かしているようで意地になって湯船に戻る。




タオルを腰に巻いて入ると、




「体は男らしいんじゃん」




「うっせぇ、とに何なんだよ、このラノベ展開。幼なじみだと思っていた親友が女だったって。だったら、そこは美少女に育っている展開だろ?そらは、ちゃんと美少女だったよ」




「そら?あははっ、ラノベのヒロインかな?なにそれって、えいっ」




幼なじみ『そら』は、高校で美少女として主人公の前に現れた。




性格がちょっと残念なヒロイン幼なじみ。




「うわ、バカ、俺のタオル返せよ」




「良いじゃん減るもんじゃないし見せてくれたって、ねぇねぇ、実は見たいでしょ?」




「タオル取ったら出るからな、俺のタオルも返せ」




「出すの間違いじゃなくて?」




「バカかっとに何なんだよ、エロ美青年系ヒロインって」




「リュウちゃんの目にも俺、美青年系に見えているんだよね?」




俺のタオルを投げてきてボソリと言う。




今日ほどこの温泉が濁り湯だったら良かったのにっと思った日はないだろう。




ここは単純塩化物泉、透明な温泉。




「千陽、イケメンの自覚なしか?」




「女がイケメンって褒められてもね。いつも言われているけどリュウちゃんにまで言われるとは思わなかったよ」




困り顔が可愛く見える。




「男だろうと女だろうと千陽は千陽、俺の親友だ」




「親友にまたなれるんだね」




なぜかタオルを剥ぎ取りにじり寄ってくる千陽、




「だから、裸で近づいてくるなっての変態、痴女か」




パシャリとお湯を顔に勢いよく掛ける。




「顔射大当たり」




「うっせ、バカ、なんなんだよ」




近づいてきたところで湯船に身を付けて隠した。隠れてないけどな。




「リュウちゃんだからだよ、一緒に入りたいじゃん。昔、大洗に海水浴に行った帰りにも一緒に入ったじゃん」




「覚えてないって~の。その頃ならギリギリ条例的にもセーフだったんだろうけど、今はアウトだろ」




混浴は地方自治体の条例で年齢や身長で制限されている。




幼稚園の頃、千陽のお祖父ちゃんか、うちの父が大洗の海水浴場に連れて行ってくれたのは覚えている。




有名な大洗サンビーチではなく、そこと水族館の中間にある岩がゴツゴツした天然プール状態の波が静かな海水浴場。




小さかった頃の俺たちには丁度良かったのかもしれない。




その帰りに戦車アニメで登場する温泉で潮を流したが流石に風呂での鮮明な記憶はない。




大体、小さいときそんなに股間を凝視しただろうか?




あの時の俺、ちゃんと千陽を女の子だって認識していろよな。




観測しなかったチンチンは存在しなかった?




観測していればチンチンは存在したのか?




なにか猫の実験のような阿呆な事が頭をよぎるのは焦りすぎて湯あたりしたからだろうか?




「だめだ、変な妄想が膨らむ、先出る」




「え~俺の体で妄想しちゃったなら、ここでしていいよ」




「バカ、誰がエロい妄想と言ったっとに、湯あたりしそうだから出る」




「そっか、もう少しだけ入ってるね」




俺は風呂から出て湯上がり場の自販機でコーヒー牛乳を買って飲んで涼んでいると15分して千陽は出て来た。




「俺も一杯」




そう言ってイチゴミルクを買って腰に手を当てて一気に飲む姿が格好いい。




「ぷはぁ~日本に帰ってきて良かったって思う瞬間」




満面の笑みイケメン美少女を複雑な思いで見た。




なんなんだよっとに。




休憩所の長椅子で休んでいたおばさま方も注目している。




ドキドキバクバクしているんではないか?




そのイケメン、実は女だからね。




そう言ってしまったら『貸し切り風呂でいかがわしいことをしていたのでは?』などと思われかねないので黙って宿を出た。




日が落ちた道を自転車で帰る。




もう車も人もほとんどいないので横並びに走る。


熱った体もちょっと冷えてきた春の夕暮れには心地よかった。




「リュウちゃん、やっぱり男だと思っていたんだね」




「記憶がそんなに鮮明じゃないけど、野山走って一緒に虫取りとかしてなかったっけ?海でも泳ぐより蟹とかウミウシとか捕まえて喜んでいたような」




「女でも虫好きはいるよ?アメフラシのあのぷにゅぷにゅしたさわり心地気持ち良かったよね」




「今でも虫好きか?」




「好きとか嫌いでなくて平気。東南アジアの虫なんかすっごいんだから、好きとか嫌いとか騒いでいたら生活出来ないよ。ヤモリだかイモリだかわかんないのもいっぱいいたし」




「あぁ~世界ふしぎ発見とかで観てるから想像はつくけど。なぁ~今更なんで帰ってきたんだ?」




「リュウちゃんに会うために決まっているじゃん」




「冗談は良いって」




「冗談じゃないのに。約束もあるし。それにさ、やっぱ日本で生活したいかなぁ~って、お祖父ちゃんお祖母ちゃんにも会いたかったし、あのままだと世界一周しちゃって自分が日本人なんだって忘れそうだったし、日本人でいたかったし、日本人であることを嫌いになりたくなかったし」




なにか重い気持ちを聞くと、どう返して良いのか迷い、




「そっか」




ただ一言そっけなく返した。




家の前に着くと、




「また、明日」




「おう」




もう、いつでも会える事実はそんな短い言葉で一日を終わりに出来る。




千陽と別れて家に帰ると、




「お帰り、あんた、夕飯は?」




「まだだよ」




リビングに入ると母さんに言われる。




「なんか買ってきたの?ほら千陽ちゃんも」




「いや、コンビニ寄ってない」




「気の利かないわね、ほら、千陽ちゃん呼んできてガスまだなんだったらご飯作れないでしょ、呼んでらっしゃい」




「おっ、おう、そうだった、呼んでくるよ」




風呂の衝撃的事件のおかげでガスが来ていないの事を忘れた。




千陽の飯、気にしてあげる事が出来なかったのが親友として自分にいらだった。




「おい、千陽、飯うちで食うか?母さんが用意するって」




「え?良いの?悪いよ~」




「遠慮すんなよ」




「うん、昔も良く食べさせてもらったよね?」




「俺も母さんが遅いとき食べさせて貰ったよな?覚えてるぞ」




「そういうのはちゃんと覚えているんだ」




にへっと笑う千陽は、カップラーメンを探して玄関に残されていたダンボールを物色している最中だった。




電気ポットでしのぐつもりだったそうだ。




「お邪魔します」




「遠慮しないでどうぞ、千陽ちゃんほんと大きく育って、なに?バレーでもやっている?バスケ?サッカー?将来はナデシコジャパン?」




ん?




「あれ?母さん、千陽が女って知ってたの?」




母さんはポッカリと一瞬口を開け固まりハッと戻り、バシバシと俺の肩を叩く。




「あんた、何馬鹿な事言っているの、千陽ちゃんは女の子じゃない。っとに子供の頃の記憶どこかに忘れたのかしら?千陽ちゃんがバレンタインデーで・・・・・・」




「うわっ、おばさんそれは良いからっね料理手伝いますよ」




「あらそう?なら一緒に」




母さんと並ぶ千陽、俺に兄貴が出来たように見えてしまった。




母さんは嬉しそうに鼻歌交じりで料理している。




もこみっちーと並んで料理している気分なのだろうか?千陽なら高い位置から塩を振っても絵になりそうだ。




唐揚げとサラダと味噌汁を手早く作ると、




「お母さんは友達とカラオケの約束あるから、お父さんは残業で遅くなるって、滝音は先に済まして部屋だから龍輝はちゃんと千陽ちゃん家の戸締まりちを確認しときなさいよ、女子高生一人なんだから」




そう言って出て行ってしまう。




ちなみに滝音は妹、絶賛思春期中?反抗期中。




みんな揃っていただきますってのは過去の話。今となってはほとんどない。




父さんも社畜と言うわけではないが、最近ちょっと出世して忙しいみたいで帰りが遅い。




母さんは別に遊び歩いているわけではなく、昼間は近所のスーパーでパートで働いている。




母さんの名誉のために言っておこう。




職場仲間とたまのカラオケで息抜きに出かけた。




千陽と二人で向かい合って食べる夕飯、既視感が沸々と湧き上がり懐かしく、そして気恥ずかしい。




「俺だけが誤解していたのか?」




サクリと唐揚げを一口噛んでから言葉を出すと、




「だと思うけど?」




千陽は首を横にかしげて言う。




その姿はイケメンなのに可愛らしい。




いっそのこと『性別偽ってユー入っちゃいなよ』そんな冗談が頭をよぎった。




口に入れたサクサクの唐揚げが、いつもと違う味付けで、




「あれ?いつもと違う味だけど美味い」




「ちょっとだけスパイス効かせたから、なんちゃってインドネシア風、カレー用に買ってあったスパイスあったから入れたの、おばさん、カレーの時しか使わないから賞味期限過ぎちゃうのよね~って笑ってたよ」




確かに母さんは市販のカレールーにスパイスをちょい足しを試している。




テレビで見たらしい。




ちょい足しだからそこまで味が変わるカレーではなかったが。




今口に入れている唐揚げは、スパイスの風味が強く出ていた。




「美味いよ、これ」




「リュウちゃんのために料理習ってきたもん」




「な~んか外見と中身が一致しないな」




「リュウちゃん、それ差別だよ」




「違うって、そう言うことじゃなくて」




「俺、やっぱり男らしいかな?」




「男から見ても格好いい」




「なにそれ~あはははっ」




「良いから食っちまえ」




細い体に良く入るなって思わせるほどお替りをして食べる千陽に唐揚げを横取りされる夕飯がなんとなく懐かしく楽しかった。




男らしいくせに女らしい、洗い物を手早く済ませるのを見ているとそんな感想が出そうだった。




偏見や差別ではなく諸動作がそう見えた。




「隣だけど送っていくぞ、ほら、千陽のおじいさん風通しするのに窓開けたりしてたから戸締まり一緒に見てやる」




「女扱いしてくれるんだ?」




「ちがうっつうの、親友の家だもん普通に心配だろっとに、ってか女扱いしてほしいのか?」




「女扱いされて、よそよそしい親友なら違うかな。リュウちゃんと俺の間にはそんな壁はほしくないよ」




俺も同意の頷きを返すと手を握ってきた。




別に人見てないから良いし。




千陽のうちに行くとやはりいくつか窓の施錠が済んでいなかった。




「物騒だなおい」




田舎のおじいおばあなんて大概そんな物だ。




「俺を襲うのいるかな?」




「バカ、空き巣を心配してるんだよっとに。あっ、千陽、スマートフォンは?」




「やっと連絡先交換だね」




千陽が出したスマートフォンの画面がチラッと見えた。




子供が4人映っていたが確認する前に連絡先交換できてしまうアプリって便利ですね。




「モーニングコールしてあげようか?」




「いらないからな、もう用は済んだな?なら、また明日だ」




「襲っていかないんだ?」




「誰がイケメンを襲うかっちゅうねん」




家に戻ると妹の滝音が風呂から出たところで、




「バカ兄貴、妹を一人家に残してどこ行ってんだよ」




冷たく言い頭を拭きながら部屋に戻っていった。




妹、絶賛反抗期です。




いたらいたで顔見せないくせに。




風呂も済ませている俺はベッドで横になると昼間の引っ越しの手伝いもあり、そのまま寝てしまった。




『「ねぇ~リュウちゃん、大人になってもずっといっしょだからね」』




睡眠の世界に入るギリギリに、どこからか聞こえた気がする子供の声、なんとなく懐かしさの声。


現実と夢の狭間。




滝音がテレビでも見ているのかな・・・・・・。






~二島千陽~




 変わらないなリュウちゃん。




私はリュウちゃんの部屋の明かりを見ては昔を思い出していた。




「わたち、リュウちゃんのおよめさんになる。大人になってもずっといっしょだからね!」




そう遠い過去のバレンタインデー。




「うん、ありがとう」




そう返事をくれたリュウちゃんとの約束をずっと覚えている。




私だって可愛くなりたかった。私だって雑誌に載っているような女の子に憧れた時だってあった。




だが、すくすく背が伸びたが胸に栄養がいかなかった。




限りなくAに近いBカップの胸をシャツの上から触った。




リュウちゃん、おっぱい大きい方がやっぱ良いよね。




背だって小さい方が良いよね?男の人って女性が背が高いってのはコンプレックスになるって読んだことがある。




リュウちゃんの好みはどんな女の子なんだろう?




そう考えると少しだけ悲しかった。




お嫁さんになる手段を考えないと。




実力行使。既成事実。




兎に角、私の穴に入れて子種を貰ってしまえばどうにかなる。




その考えに至ってしまったのは心が闇に捕らわれていたからかもしれない。




海外でのつらいいじめの闇。




外国人差別。辛く逃げるように帰ってきた。




感じたいリュウちゃんのぬくもりを・・・・・・。




温かい人、リュウちゃんを抱きしめたい。




いつまでも電気の付いているリュウちゃんの部屋を遅くまでジッと見つめた。




明日、起きられるのかな?




あっ、オタクって幼なじみが起こしにくるイベントあったほうが萌えるんだよね?




よしっ・・・・・・。




   ◆


 


スースーするな・・・・・・。




布団かけ忘れたか?蹴飛ばしちまったか?寒い。




はっ!




「千陽、なんで俺の部屋に居るんだよ、恐っ」




「ちゃんと、おばさんに言って玄関から入れて貰ったからね」




目を覚ますとすっかり明るくなっていた部屋には、もう通学の準備を整えている千陽がベット脇で頬杖を突いてニヤニヤしながらジッと見ていた。




「おはよう、恐ってないでしょ?幼なじみが朝起こしに来る萌えシチュエーションしてあげたんだから。言うなればモーニング押しかけ女房」




「何なんだよ、そのモーニングなんちゃら女房って新しいユニット名か?はぁ~、で、俺のパンツは?」




「脱がした」




「何で!?」




布団で下半身を隠すと、ケラケラ明るい笑顔で千陽は、




「朝立ちを拝見していたでござる」




「なんでだよ」




「現物を見たかったからでござる」




鼻息荒く言う。




「バカか!そんなんで脱がしたら犯罪だ」




「もう、そのくらいの悪戯なら笑って許してくれてたじゃん」




「子供の頃とは違う、部屋から出て行け」




ベッドの脇にあったパンツを穿いて追い出す。




悔しいかな実際、起っていた。




急いで着替えてリビングに行くと、また母さんと千陽が朝食の準備をしていた。




滝音は焼き上がっていたパンを牛乳で流し込むと、足早に学校に無言で行った。




「滝音ちゃん、大きくなったね」




「あぁ、知っていたんだっけ?」




「うん、記憶にあるよ。つかまり立ちをみんなで見守ったとかさっ」




「そうね~千陽ちゃん、小さい滝音のこと、お人形さん代わりに一生懸命力振り絞って抱いていたもんね。そんな滝音も今じゃ~難しいお年頃、絶賛反抗期よ」




「みんなありますよ、おばさん」




「そうね。みんなあることだからほっておくの。必要以上に干渉するとグレちゃうから。家が逃げ場でなくなったとき、子供は行き場を失っちゃうからって、あら、もうパートの時間。龍輝あと戸締まりして行くんだよ」




そう言って母さんも慌てて出て行く。




千陽と二人で朝飯。




「なんで、千陽と朝飯なんだ?」




「まだガス来てないから」




「なら仕方ないかっ。 と、に変なことするのはなしだからな」




「変なことって」




「だから変な事だよ」




「あ~チンチン見たって、良いじゃん別に減るもんじゃないし、代わりに俺のパンツの中好きなだけ見せてあげるからさっ、なんなら脱ぎたておパンツ料理作ってあげようか?」




「精神の何かがすり減るんだよっとに、それになんなんだよ、その変態妹ライトノベルみたいな料理は?」




「精子は減ってないから大丈夫だよ。パンツ料理?こないだ、スイス人のオタクさんがパートナーに脱ぎたておパンツスープ作って貰っているのSNSで見たよ。オタクってみんな好きなんじゃないの?リュウちゃんの部屋ライトノベル?壁一面凄いことになっているじゃん。本当にオタクさんなんだね?」




「その一部の特殊な性癖の人と一括りにしないでくれ。俺はただ、青春ラブコメ物語に憧れていただけなんだよ。現実は友達すらほとんどいないし・・・・・・っとに女が変な動画見て真似しようとするなよな」




「え?女扱いしてくれるんだ」




「しないからな、イケメン、おら、さっさと食べて学校行くぞ」




俺もツイッターでスイス人オタクの動画を見て知っている。




ちょっと憧れるけど現実にパンツは食べ物ではないだろ。




天然素材なら食べられるのか?ん~・・・・・・。




いや、パンツは食べたくはないな、大好きなライトノベルのヒロインのでも。




「なんだかな~だよね」っとフラットに言うヒロインがパンツを煮ていたらどうしよう。




作中何回か登場しているカレーの出汁に入っていたら・・・・・・。




そう言えばパンツ奪う阿呆みたいなスキル使って取ったパンツであの主人公はクンクンカして、おかずにしたのだろうか?




謎に包まれた闇のベール。




開けてはならない世界はやはり異世界。




朝食を済ませて自転車で駅に向かい常磐線に乗り学校へ。




これから3年間通い続ける合計30分の道。




3年間の学校生活✕30分✕2(往復)=何時間?




そんな無駄な計算を考えると、なんだかけだるく感じた。




「はぁ~~~」




「ため息を出すと幸せが減るよ」




そう笑う千陽を見ると違和感?なんだ?




「どしたの?ジッと見て」




「いや何だろ?なんか違和感が?」




「あ~これ?初めのうちに誤解を解いておくのにね。あんまり好きじゃないんだけど」




くるりと回ってみせるひらひらの膝丈スカートに黒いタイツ・・・・・・。




「なっ、あっ・・・・・・女だもんな」




「似合わないよね?」




「そのなんだ、足細いから・・・・・・似合ってるぞ」




ポッと音が鳴りそうなほど顔を真っ赤に染める千陽がなんだか可愛らしかった。




「バカ」




細い足は意外と怪力で、俺の尻を真っ二つにする勢いで蹴られた。




黒タイツ好みだと言いたかったが、言うと絶対図に乗りそうだ、こいつは。




悔しいから黙っておく、これ見よがしに




「リュウちゃんの為に穿いてあげたんだからね!感謝しなさい」




などと言う、ツンデレ幼なじみが俺の人生に登場しそうな予感がした。




口にしない方が良いだろう。




それより、この細い足は凶器だ。




「いったっなにすんだよ」




「ムエータイキックの練習」




「んなのすんなバカ、だいたいムエータイってタイじゃないのかよ何なんだよ」




「タイにもいたから」




ニヤニヤと笑う千陽はフットワークが良さそうですねって褒めてあげたい。




きっと反復横跳びも得意なんだろうな。




シュッシュと言いながら前後左右に跳ね飛ぶ、そんな競技なんだっけ?格闘技に詳しくない俺はそれ以上のツッコミが出来なかった。




ん~あとで動画検索してみようかな。




痛いがぶつくさ言える相手が言える充実感が不思議と心地が良い。




「ねぇ~それより、リュウちゃんのジーンズのほうが可笑しいって、なんで、招き猫刺繍されているの?」




「俺は無地ってのがなんか苦手なんだよ。ジーンズほとんど刺繍入りだし。昨日は我慢して無地の履いていたけど」




「ふぅ~ん。そう言う趣味なんだ。ヤンキーさん?そう言えば昔も派手好みだったよね」




「ヤンキーではないな、誰かとつるんで何かをしたとかないし、ただ好きな服を着ているだけ」




「だろうね、リュウちゃんがヤンキーって似合わないもん」




千陽は子供の頃の俺の姿を思い出しながらケラケラとしていた。




教室に入ると、腫れ物に触らないようにか、千陽の周りに人が集まらない。




ヤンキーファッション好きの俺が遠ざけているのか?




いや、見る目は千陽に向けられていた。




昨日ちやほやしていた女子達が遠巻きで見ている。




まるで腫れ物を見るかの視線。




「っとに、バカじゃねぇの」




「ほらね、みんな誤解していたから。まっ、リュウちゃんも誤解していたのは予想外だったけど・・・・・・良いんだ、リュウちゃんがいれば」




千陽の言葉が寂しげに聞こえた。




「おいお前ら、勝手に勘違いしていたみたいだけど、千陽は女だからな」




俺はそう大声で言うと、




「心が女の人って事?」




女達の集団から聞こえた。




そちらに目をやると、異質な者を見る冷たい目。




「生物学的にも女だよ。俺、見て知っているから」




つい出てしまった言葉が変だと言うことに気がつくまで30秒教室は静まった。




ガッツリと後ろから抱きしめてくる良い匂いがする千陽は、




「うん、昨日リュウちゃんとお風呂入ったもん。昔はよく一緒に入っていたもんねぇ」




なにが嬉しいのか千陽は俺に抱きつきながら、はばかることなく衝撃発言をする。




その時、周りの目が冷たくなるのを感じた。




『このとき世界は凍った』




公共放送のベテランアナウンサーが俺の頭でささやいていた。




俺たちの高校生活、どうなるんだよ。






~二島千陽~




 君は私のことを男らしいという。




男らしいのは本当は君なのに。君はずっと私のヒーローなのに。




昨日ちやほやしていた女子達の距離感。




その距離感がもう恐かった。




やはりそう言う目で見るのかと。




男の子と勝手に思い込んでいた私が物珍しいのか。




誤解を解いてくれるリュウちゃん、庇ってくれるリュウちゃん、私の代わりに怒ってくれるリュウちゃん、抱きしめられずにはいられなかった。




暴走させないように。




「暑苦しいから離れろ、バカ」




私に怒るリュウちゃんも愛おしい。




私はこの人のお嫁さんになりたい。




ずっと一緒にいたい。




子供の頃に思った感情は今でも全く変わらない。




その夢が叶うなら他は何にもいらない。




世界を敵にまわしてもって言えば良いのだろうか?




すべてが敵になろうとリュウちゃんが一緒の世界なら進み続けることが出来るだろう。




一人で耐えたあの辛い日々の中、ずっと思っていたリュウちゃん。




相変わらず私のために怒ってくれるんだな。




あの時と一緒だよ。




やっぱり変わらないな、リュウちゃん。




それより、リュウちゃんの部屋の大量のライトノベル、リュウちゃんをものにしたいなら勉強しないとかな。




借りるのもあからさまだし、電子書籍で試しに読んでみるか。




アニメもサブスクで見られるから、それでヒロインのモノマネ出来るようにしないと。




オタクの彼氏の攻略法はオタクの趣味への理解。




たまにSNSで見る夫の趣味の物を売りに出すような最低な悪魔のようなお嫁さんにだけはなりたくない。




あんなことしたら本人はきっと心に傷を受けるのになんでそれをわかってあげられないのだろう?




そうやって趣味を否定するなら、最初っからそう言う人と結婚しちゃだめだよ。




私はリュウちゃんが美少女フィギュアや、美少女が描かれた抱き枕を集め出しても、否定はしないよ。




自分のお小遣いは好きに使うべきだもの。


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