第二十四話 ブレイバーVSフェンリル②
「grrr、rrr……!!」
と、俺の方を睨みつけてくるフェンリル。
眼光は鋭く、全身に力が漲っている——未だ健在、俺ごとき楽に倒せるという圧を感じる。
だが。
虚勢だ。
そう見えるだけ。
よく観察すると、フェンリルの全身からは血が流れ出しているだけでなく、身体中が小刻みに震えている——きっと、飛鳥の『グラビティコア』にやられて全身の骨や筋肉がイカれているに違いない。
特に斬られた腕と胸からの出血が酷い。
フェンリルは死にかけだ。
それを悟らせないように、最後の力を振り絞っている。
飛鳥がここまで奴を追い詰めたのだ。
ならば。
「お前はここで俺が、俺たちが倒す!」
『比翼連理』の力は未だ継続中。
ならば逃げる道理はない。
それにここで俺たちが逃げて、万が一フェンリルを逃してしまえば。
飛鳥がここまでやってくれた機会を逃すことになる。
現状のブレイバー協会南大沢支部の戦力を考えるに、フェンリルを討伐するならば今しかない。
南大沢支部に戦力はもうほとんど残っていない。フェンリルが体力を回復してもう一度きたら終わる。
すなわち、チャンスは今しかない。
「天音、『比翼連理』を維持したまま下がっていてくれ!」
「はい! どうか気をつけてください!!」
やるべきことは決まった。
ならあとは、全力でこいつを撃ち倒すのみ。
俺が憧れた最強のブレイバーに代わって。
「『召喚』!!」
俺は家に待機しているクレハを召喚。
そして、俺はそんな彼女へと。
「クレハ! 時間がない、端的に言う!」
「言わなくてもわかるぞ! こいつを倒せば良いんだな!」
「あぁ、行くぞクレハ……油断はするな!!」
「了解だ!!」
同時。
俺は左に、クレハは右へと疾走——フェンリルを左右から挟み込む形を取る。
さらに俺は移動の際に、地面へ突き刺さっていた『怨讐の小太刀』を回収。
そして。
「っ!」
一気に方向転換。
地面を蹴り付け、フェンリルとの間合いを詰め。
斬ッ!!
奴の胴体へと一撃を入れる。
やはり思った通り——フェンリルは死にかけだ、でなければこうも簡単に攻撃が通るわけがない。
飛鳥がどれほど戦ってくれたのかがわかる。
だが、飛鳥のことを考えるのはひとまずあとだ。
今は——。
「まだまだ!」
俺は小太刀で斬りつけた勢いを利用し、そのまま回転。
フェンリルの胴体へと全力の後ろ回しを蹴りを放つ。
ドッ!!
と、吸い込まれるように当たる蹴り。
フェンリルはバランスを崩し、クレハの方へと倒れかける。
「クレハ!!」
言って、俺は小太刀をクレハの方へと投擲。彼女は俺の意図をすぐさま認識したに違いない。
クレハは小太刀を受け止めると、使い心地を確認するためか、その場で何回か小太刀を素早く振乗ったのち。
疾ッ!
フェンリルへと疾走。
しかし、フェンリルも流石に馬鹿ではない。
クレハの方へと視線を向けると、攻撃態勢に移るが。
「させねぇよ!!」
ガッ!
と、俺は近くに落ちていたコンクリート片をフェンリルの顔面へと投擲。
すると案の定、こちらを見てくるフェンリル。
直後。
「狼より狐の方が強いんだ!」
クレハはスライディングしながら、フェンリルの胴体を通り抜ける。
瞬間。
ザシュ!!
フェンリルの胴体を小太刀で見事に斬り裂く。
そしてそのまま、俺の方へと小太刀を投げてくるクレハ。
俺はその小太刀をすぐさまキャッチし、再びフェンリルへと攻撃を仕掛けようとするが。
「ダメだ、コタロー! あいつなんか狙ってる、ゾワゾワするぞ!!」
「それって——」
「わからない! でも危険な感じがする!」
この状況で奴が狙うとしたらなんだ。
俺たちの連携を崩すとしたら。
一つしかない。
「クレハ! 天音の側に行ってくれ! 俺はあいつを抑える!」
「っ! わかったぞ!!」
言って、すぐさま離脱するクレハ。
そう、この状況で狙うとしたら天音だ。
天音を狙われれば当然、俺とクレハは咄嗟に天音を助けるために動く。
結果、俺たち二人のマークを一気に外せるわけだ。
ならば最初から一人のマークを外す。
咄嗟の攻撃で俺たち二人の意識を持って行かれるより、最初からクレハだけの意識を天音に集中させた方がいいという判断だ。
どう考えても最善。
だがしかし。
「graaaaaaaaaaaaaa!!」
急速に周囲に漂う冷気。
漂い出す氷晶。
次の瞬間——。
ザンッ!!
フェンリルのすぐそばの地面から、巨大な氷柱が生える。
それは瞬く間に周囲へと広がっていき。
「広範囲攻撃、狙っていたのはこれか!?」
読み違えた!
フェンリルは俺たちの中で一番戦闘力のない天音を狙うのではなく、全員を狙っていたのだ。
一撃必殺。
全ての戦況をひっくり返す広範囲無差別攻撃。
「っ!」
俺は地面から生え始める氷柱の予兆。
それを見て何とか無限に生える氷柱を躱し続ける。
まずい。
まずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずい。
俺はともかく、天音とクレハはこれを避けられるのか?
答えは否だ。
クレハは天音を抱えて、この攻撃を交わしているはず。
そして、クレハは『比翼連理』適用外の俺と同等の運動能力しかない。
俺がこれだけかわすのに精一杯なのだから、どうなってるかなど。
「クソッ!!」
早く終われ!
早く、早く!!
「早く!!」
俺がそう言った瞬間。
ようやくフェンリルの氷柱による攻撃が終わり、生えていた氷柱が一斉に砕け散る。
周囲に舞い散る氷片。
その向こうから見えてきたのは。
無傷の天音とクレハ。
しかも、二人は最後に見えた位置からまるで動いてない。
わけがわからない。
まるで、氷柱が二人を避けたかのような。
「コタロー、上だ!!」
瞬間、俺は俺の致命的な隙に気がついた。
戦いの最中に、フェンリルから目を離してしまった。
次の一撃は躱せない。
「っ!!」
俺は次の瞬間、襲ってくるに違いない致命的な痛みに耐えるべく、全身に力を通わせる。
だが。
それはいつまで経っても襲ってこない。
不思議に思った俺がふと、上を見てみると。
「grrrrrrrrrraaaaaaaa!!」
必死の形相で俺へと爪を振り下ろすフェンリル。
だが、それはまるで何かに弾かれるように——まるでそう、反転した重力に拒まれるように進まない。
「飛鳥?」
今も俺の中で見てくれてるのか?
助けてくれたのか?
氷柱に襲われた天音とクレハを。
油断しまくってたバカな俺を。
「……」
俺は弱い。
一人じゃ何も出来ない雑魚だ。
でもいつか絶対強くなる。
俺を助けてくれた飛鳥のように。
だから。
「今こいつを倒す、みんなの力を借りて!!」
フェンリルは攻撃の直後で隙だらけ。
しかも現在、『グラビティコア』の影響化で空中にいる。
すなわち、この一撃は避けられない。
「っ!」
俺は全体重を乗せて一歩を踏み出し、全ての力と勢いを乗せて『怨讐の小太刀』を突き入れる。
狙いはフェンリルの胸——飛鳥が先に斬撃を入れ、革と肉の鎧に亀裂が入っている箇所。
その一撃は——。
「gggggggraaaaaaaaaaaaaッ!!!」
狙い通りの場所へと直撃。
だが油断はしない。
「倒し切る!!」
俺は刺さった小太刀をさらに……俺の手首がフェンリルに埋まるまで突き入れる。
飛び散るフェンリルの血、響き渡るフェンリルの絶叫。
「graaaaaaa!!」
フェンリルは最後の力を振り絞っているに違いない。
全方向から俺目掛け、氷柱の槍を飛ばしてくる。
だが届かない。
飛鳥の『グラビティコア』がその全てを寸前で止めていく。
「覚えておけ、お前は飛鳥に負けたんだ!」
言って、俺はさらに小太刀を突き入れる。
瞬間、感じたのは何かフェンリルの核心的なものを断ち切った感覚。
「ga!」
ビクンッ!!
と、身体を大きく痙攣させるフェンリル。
同時、奴の身体中に広がる蛇がのたうち回るような不気味な紋様。
『怨讐の小太刀』の能力はゴブリン特攻だけではない。
斬りつけた相手に呪いを付与する能力がある。
俺はさっき、フェンリルの核を傷つけた。
きっと、その核を通して奴の身体中に一気に呪いが回ったに違いない。
その結果。
パリ。
パリパリ。
フェンリルは動きの全てを止める。
そして、身体の端から徐々に氷へと変化していきやがて。
パリンッ。
粉々に砕けちる。
砕けた氷片は風に乗り何処かへと消えていき。
後には静寂だけが残った。
無音。
誰も何も言わず、風や物の音すらも聞こえない静寂。
それを破ったのは、徐々にうるさく響いてくる俺自身の心臓の音。
少し時間が経ってようやく理解した。
「倒せた、のか?」
俺一人では到底無理だった。
飛鳥がフェンリルを追い詰め、天音とクレハの援護があり、そして最後も飛鳥に守られた。
「飛鳥っ!」
そう、飛鳥だ。
こう言ってはなんだが、もはやフェンリルなどどうでもいい。
飛鳥、飛鳥は無事なのか?
どうやって確認すれば——。
「大丈夫だ! アスカは無事だぞ!」
俺の思考を断ち切るように聞こえてくる声。
それはクレハのものだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます