第20話 欲求

 硬い地面、低い目線、痺れる足。


 今、俺は正座をさせられている。


 そんな俺を、まるで軽蔑するかのような目で見下ろしてくるその少女は、腕を組んで仁王立ちのまま目の前に立っている。

 それはまさに、吸血鬼の王の娘に相応しいとさえ思えるほどの風格だ。


「私が言いたいこと、わかる?」


「は、はい……」


 まだ記憶に新しい、昨日の風呂での1件だろう。前に注意をされていたにも関わらず、やらかしてしまった。

 とはいえ、実際に手を出したとかではない。未遂だからまぁセーフだ。


「前に言ったよね?お風呂でそーゆーことしないでって。もう忘れちゃった?」


「いえ、覚えております。しっかりと海馬に刻まれています」


「じゃあさ、なんでああなったのかな?」


 目にハイライトがない。あまりにも怖すぎて肩がプルプル震える。


「あれは……シャロがその……」


「言い訳?」


「失礼しました」


 何を言っても俺が悪いことは揺るがなそうだ。この説教は甘んじて受け入れるしかない。


「はぁ……もういいよ、可哀想だから許してあげる」


「左様ですか?」


「だっ、だからその変な敬語やめてっ!」


 俺の反省スタイルはお気に召さなかったらしい。確かに見方によれば、バカにしてるようにも思えるのか?


「今回はこれで許すけど、次はないからね?」


「それ俺じゃなくてシャロに……はい」


 思わず余計なことを口走りそうになったが、ギリギリで軌道修正をした。


「じゃあ、早速勉強しよっか」


「あ、ああ。よろしくお願いします」


 こうして、俺の新しい先生との勉強会がスタートした。



「メアってさぁ、勉強できたんだな?」


「バカにしてる?」


「いやいやいや!そうじゃなくて、単純に教えるのが上手いなーって」


 何だかんだでソルヴァは教えるのがうまかったが、メアも負けていない。俺より3つ下の子がこんなにもできるなんて、という純粋な感心だ。


「……私はお母さんの子だから」


「………」


 そう言って、メアは昔を懐かしむような表情をする。


「私ね、お母さんみたいに研究がしたいんだ。色んな国を巡って、色んな物と触れ合って。でも、今は外に出れないし、無理かもしれないけど、私の夢なんだ」


「そう、か」


 メアは吸血鬼だが、好きに血を吸えない。夢を考えるのにも、その部分がネックになってくる。


「俺、きっと探してくるよ。メアのその状態を改善できる方法」


「イスルギ……」


「それに俺が血を吸わせたら、メア暴走しちゃうしな〜」


「んなっ!」


「……だから俺を合格させてくれ。そしたら俺は、全力でメアの夢が実現できるように頑張るよ」


「……うん」


 夢…………か


 俺とは違って明確な夢を持っている少女がとても眩しく思える。


 それが俺の希望に見える一方で、対照的に俺の無力さを浮き彫りにしているようにも思えた。


「約束……だよ?」


「ああ、約束だ」


 その小さな小指をとって、希望を繋ぐかのように指を結んだ。



「気合い入れねぇと」



 勉強の後の昼食タイムも終わり、今現在フリードとの訓練だ。


「なぁ、俺の適合率って今どんな感じ?」


「屋敷の事件で大幅に上がって、14.5%だ」


「おお、結構上がってんな」


 たしか、あの時は10%を前後してたはず。それを考えるとかなりの上昇だ。


「今日からは魔法も混じえて良い。刀も使え。実戦を想定しろ」


「まじ、か。……お前は使わないよな?」


「もちろんだ。死にたいのか?」


「いや、冗談きついぜ」


 こいつの全力とかマジで洒落になんない。それはこの間はっきりと分かった。

 やはり、この男は王なのだ。


「では、好きなタイミングで始めろ」


 その合図と共に、俺は刀を抜いて、左手首に触れる。

 本当は常時そうなっているのが理想なのだが、まだルーティン無しでは因子を発動出来ない。


 体が熱くなってきて、いつもの感覚がある。


「よし、いくぞっ」


 刀に雷を纏わせながら前進する。

 狙うは腹部。あの時のクラリスの動きを自分なりに再現する。


 が、やはり避けられた。

 それに対応して刀を真っ直ぐ放つ。


「ちっ」


 これも反応される。

 刀を失った俺は、1歩踏み出し殴り掛かる。


 直後、視界がぐるりと1周した。


「がはっ!」


 気づけば仰向けで横たわっていた。

 勢いそのまま投げられたのだ。


「途中の動きは悪くなかったが、不意をつくにしても武器を手放すのが早すぎる。もっと相手の隙を見てからにしろ」


「そ、そりゃそうだな」


 やはり、そう上手くはいかない。だが、クラリスはそれを一発で成功させている。


 あれは俺が弱いからか?


 十分ありえる。

 フリードが食らう姿なんて想像できない。


「魔法はどうした」


「え、今刀で発動して……」


「それではない、メアを助けたときに使ったやつだ」


「あー……」


 メアが話したのだろうか。


 あの時は土壇場で深く考えずにやったから、正直使いこなせる自信がない。


「試しに撃ってみろ」


 そう言ってフリードは自分の体の中心に親指を立てる。


「できるかわかんねぇからな?」


 体勢を立て直して構え始める。


 想像しろ。雷、槍、あの時の感覚。


 手から放つイメージ、それを形作る。


 だんだんと内側から何かが湧き上がってくる。


 よし、いける


「――――――――雷槍!」


 唱えた直後、雷の槍が音を轟かせながら一直線にフリードへ向かう。成功した。


「ほう」


 フリードはそれを、さもあたりまえかのように手で受け止める。無傷だ。汚れすらついていない。


「悪くない。まだ燃費が良くないが、使い続ければ改善されるだろう。あとはそうだな、無詠唱でも出来るようにしろ」


「魔法って無詠唱なのか?」


「いや、両方ともある。無詠唱だと威力は落ちるが、咄嗟に出せる分、汎用性が高い」


「要は使い分けられるようにしろってことか」


「そうだ。バリエーションも増やすと良い。理想は多数に攻撃が出来るものだな」


「多数……か。むずそうだな」


「想像力と魔力次第だ」


 想像力は自信がなくも無い。だが、魔力量はあまりにもお粗末だ。だってこの魔法撃っただけでゴッソリなくなるし。


「なぁ、魔力増やす方法ってなんかないか?」


「食欲、性欲、睡眠欲を適度に満たすことだ。そうすれば自然と増える」


「またそれか……それならしっかりやってると思うんだけどなぁ」


「女は抱いているか?」


「は?」


「食事、睡眠はおおよそ大丈夫だろう。それならば問題はそっちだな」


「いやいやいやいや!この世界に来て恋人なんか作る暇なかっただろ!無理だよ、俺は純血だよ!」


「人間の魔術師は自信の魔力量を上げるために専属のシェフや愛玩奴隷を持っている。お前が魔力量をあげたいなら三つの欲求、全てを同じだけ満たすんだな。そのために俺は雇った」


「なっ……」


 それは暗にシャロ達を抱けって言っているのか?いくら何でもそれは横暴すぎる。


「じゃ、じゃあお前も抱いてんのかよ……」


「いや、吸血鬼は血を吸うことで上げられる。吸血衝動を満たすだけで良い」


「な、なるほど……」


 今の俺に血を吸いたい欲求はない。まぁ、あってもあまり吸いたくは無いが、これでは魔力を増やせない。どうしたものか。


「身内を抱くのに躊躇いがあるのなら、娼館にでも行ってこい。金は出してやる」


「い、行かねぇよ。やっぱ初めては好きな子とかが良いというかなんというか……」


 くそっ!

 なんか自分で言っててめっちゃ惨めだ!


「ふむ。だが、このままの魔力量ではいけないのも事実だ。試験の一ヶ月前までに何も無ければ、無理やりにでもお前を娼館に連れて行くぞ」


「んなっ!」


「そうなれば試験日まで毎日通ってもらうことになる。それは嫌だろ?」


「それは……まぁそうだけどさ」


「ならばそれまでに相手を見つけるんだな。ここの者が嫌なら街にでも出会いを探しに行け。お前の恋愛には口を出さん」


 そうは言ってるが、つまり抱けってことだよな?ばりばり口出してんじゃねぇか!

 と、心の中で叫ぶ。



「……考えとくよ」


「では、続きをやろう。痛みは無いだろう?」


「ああ、元気やる気マックスだ」


 こうして、数時間にも及ぶ俺の蹂躙ショー(俺がされる側)が再び始まった。

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