第5話 獣人の娘達
吸血鬼はまだ怖い。フリードは吸血鬼の王とか言われているが、この世界に来て何だかんだで1番話しているので、恐怖心よりも親近感のようなものがある。たとえ村を襲う命令をした張本人だとはいえ、そう感じている自分がいるのは事実だ。
だが、いくらなんでもこの感情は割り切れない。俺は確かにあの時死を覚悟した。そして、あの時の恐怖と憎悪は簡単には拭うことができない。そんな相手が目の前にいるのに、喚かず、飛びかからなかった俺を誰か褒めて欲しい。
「そこの白髪の奴がレイズ・メリアスで、黒髪の奴がロイド・アートリーだ。……お前が何を言いたいかは予想がつくが、これは守るためだ。お前に死なれる訳にはいかないからな。2人の実力と忠誠は俺が保証する。」
腸が煮えくり返りそうだが、それを抑えて、押し込んで、深く深呼吸をする。
「ああ、大丈夫だ。俺は冷静だ。えっと、レイズにロイドだったな。最初にはっきりと言っておく。俺はお前らが嫌いだし、許せない。悪いがこれだけは揺るがねぇ。命令だか何だか知らないけどよ、守るなら勝手にやってくれ」
「理解。私たちは貴方の命さえ守れればそれで良いです」
そう単調に黒髪の男、ロイドが答える。
白の方、レイズは何も言わない。だが、ニヤニヤした顔でこちらをじっと見続けてくる。それがまるで、あの夜に見せた表情そのもので、鳥肌が立つ。
「コイツらは護衛だ。常に守るようにと、お前のプライベートを尊重するように言ってある。緊急事態の時は頼ると良い」
「ああ、何から何までありがとよ」
「さて、紹介は終わりだ。ひとまずは下がって良い」
フリードがそう言うと護衛と世話係達は部屋を後にした。だが、1人だけ残ったままだ。
「ん?どうした」
「殿下、私の紹介はなさらないのですか?」
「あぁー悪い、忘れてた。そいつはシルバー・シュタイン。俺の護衛みたいなものだ」
「はい、ご紹介に預かりました。シルバー・シュタインと申します。殿下は大雑把なことが多いので、殿下に不満がある時は私を頼ってください」
そう言って握手を求めてきたので応じる。てっきり俺は嫌われているものだと思っていたが、どうやら検討違いだったらしい。
「こちらこそ、よろしく、です」
前の機械的な印象とはうってかわって、今は頼りがいがあるように感じる。もしかして俺ってチョロいのか?
そうして、シルバーも部屋から出ていって、またフリードと部屋で2人になった。
「まったく、俺に不満があるなら、か」
そうさっきの言葉を呟くが、その表情には笑みが浮かんでいる。俺の目から見ても、2人の仲がいいことはよく分かる。この世界に友達がいない俺からすると、正直ちょっと羨ましい。
「因子の説明と護衛達の紹介が終わったから、次は実戦だな」
「実戦って、戦うのか?」
「そうだ。まぁあくまで今日は因子の効能を確かめたいだけだ。そう手荒にはしない」
「その言葉……信じていいんだよな?」
「もちろんだ」
だが数分後、俺は後悔することになる。
▷▶︎▷
「待て待て待て待て!タンマタンマ!!死ぬって!」
「まだ数回殴っただけだ。1発で良いからいれてみろ」
訓練場みたいになっている屋敷の地下に連れてこられて、俺はひたすらサンドバックにされていた。
好きに殴ってきていいって言ったから言う通りにしたが、反撃してくるとは聞いていない。こちらからの攻撃は全く届かず、あまりに一方的な暴力であった。
「ぐはっ!がぁっ!」
為す術なく腹や顔をボコボコに殴られ、吹き飛ばされる。
「因子を意識しろ、全身に血が巡るような感覚を掴め。そうすれば動けるはずだ」
「そっ、んなこと、言われたって、、よ」
喧嘩にも痛みにも慣れていない俺にとって、現状で耐えるだけでも精一杯だ。そんなこと考えてる余裕がない。
「ふむ、そうだな。試しに自身の手首の脈を測れ。首とかでもいい、とにかく拍動を感じろ」
言われたままに、俺は手首を触る。血の流れを、脈打つものを感じる。すると不思議なことに痛みが和らいでいく。
「こ、れは?」
「それが吸血鬼としての力だ。今度はそのまま殴りかかってこい」
俺は自分の手首を押さえたまま、走り出す。次の瞬間、ありえない速度が出てつまづき、俺はそのまま地面に激突した。
「がはっ」
「まぁまだ体が追いつかないか。今日はひとまずここまでにしておこう」
「はぁはぁ、くっそ、」
「後は慣れだ、じきに無意識でも動けるようになる」
「手荒な真似、しないんじゃ、なかったのかよ、」
「軽く触れただけだ。何ら嘘はついてない」
「ちょっと今、ツッコむ余裕、ないからな?」
「明日も似た感じでいく。今日はもう終わりだ。風呂にでも入ってこい」
真顔で淡々と言っている感じガチだ。吸血鬼の王と言われる所以が分かった気がする。
それにしても体が汗と血でボロボロだ。言われた通り風呂に行くことを決めた。
のだが、体が上手く動かない。
「あんだけボコボコにされて、アクロバティックな動きしたから当然っちゃ当然か」
大の字になったまま教えられたことを思い出す。
「血の巡りを感じろ、だったよな。」
目をつぶって意識を集中させる。血の巡りを、流れを、鼓動を意識する。
おお、なんだか体が熱くなるのを感じる。この調子なら―――
「あら、お取り込み中ですかぁ?」
「なっ、ぐはっ!」
急に耳元で囁かれたので、条件反射で体が動き、そのせいで激痛が走った。
「すみません、驚かせちゃったみたいですねぇ」
「えっと、君はたしか」
「シャロですよぉ。大丈夫ですかぁ?」
猫耳をピクピクさせて、猫なで声で話しかけてくる。
「情けないことに大丈夫とは言い難いな、体が痛くて動かねぇ」
まさかこんな醜態を晒すとは。だが実際、力が入らない。とても恥ずかしい。
「ちょーーっとじっとしててくださいねぇ。」
そう言って俺の体に触れると、青色に光り始めた。懐かしいような、温かいような。そう、俺はこれを知っている。
「回復、魔法……」
「正解です。どうですか、動けるくらいにはなりました?」
調子を確かめるかのように腕を動かすと、さっきまでが嘘のように動くようになった。
「ああ、ありがとう!痛みがどっかいっちまったみたいだ。それにしてもやっぱ魔法って凄いな」
感謝言いつつ立とうとすると、足がガクガク震えて力が抜ける。
「ああ、ダメですよ!傷とか痛みを治せても体力までは回復させられないですから」
「はは、そうみたいだ」
魔法とはいえ万能ではない。しかし、傷が治せるだけでも十分凄いことに変わりは無い。
「歩くのなら、肩貸しますよぉ」
「いや、いいよ。俺今汗とか血でめっちゃ汚れてるし」
流石に女の子にそうさせるのは気が引ける。それにやはりちょっと恥ずかしい。
「シャロはご主人様の世話係です。仕事ですのでお気になさらないで頼ってください」
そう言うと無理やり俺の腕を首の後ろに回して補助をしてくれた。
「ごめん、実際めっちゃ助かるわ。ありがとう」
「いえいえ。それに、文句を言いながらもあの吸血鬼の王に立ち向かう姿、かっこよかったですよ?」
「見てたのか…」
「ええ、もちろん。あ、行く場所はお風呂、で良かったですか?」
「あ、うん。」
それにしても女の子とここまで密着するのはいつぶりだろうか。可愛いし、甘くていい匂いがする。尻尾も動いていてかわいい。もし、体が動くなら押し倒していたかもしれない。まぁそんな度胸が無いのは俺が1番わかっているのだが。
俺がドギマギしてる内に風呂の前に着いた。
「ありがと、もう大丈夫だ。だいぶ体力も戻ってきた」
「そうですか、ではでは〜」
夢の時間は終わったが、それでも俺にとっては風呂の方が重要だ。
なにせ、昨日は疲れて寝てしまったので、じっくり堪能できなかったのだ。そのリベンジも兼ねて風呂へ出陣する。
「う〜ん、やっぱデカくて、それでいて質も良いなぁ。っと入る前に髪と体洗っちゃわないとな」
シャワーを出して髪を念入りに洗い始める。
突然だが、俺は髪フェチである。男の髪はぶっちゃけどうでもいいが、女の人は別だ。前の世界では黒髪ぱっつんロングヘア至上主義を掲げていた程にロングヘア信仰をしていた。
そんな理由もあり、自分の髪にも多少なりとも気を使っている。女の人の髪が触れないなら、自分で伸ばせばいいのでは?と、昔はそう思って伸ばしたのだが、自前の天パのせいであまりにも変になってしまったこともあった。
何だかんだで現状はウルフヘアに落ち着いているのだが、ここ最近は切っていないため割と量が増えてきてしまっている。折を見てフリードに聞いてみるか。
髪の泡を落とし終わって、次は体を洗おうとしたら、ペタッペタッと後ろから足音が聞こえてきた。
フリードかな、と思い振り返ると、視界には銀色の髪が映った。
「ふふ、お背中お流ししますよぉ」
「えっ、なぁっ!?なんで、ここ、に、え?男子風呂―――」
「大丈夫ですよ、使用人には別のお風呂があるので、他の人が来る心配はありません。」
「ちがっ!そういう問題じゃないだろ!」
「いえ、これも務めですので。お風呂のお手伝いから、料理、お掃除、洗濯、夜のお相手まで――ね?」
そう言って柔らかい笑みを浮かべ、こちらへ歩いてくる。手で抑えているタオルで正面は隠れているが、それにしてもだ。
「あーあれだ、俺、風呂とか1人でゆっくり入りたいタイプだからさ?是非とも1人にして欲しいというか、退出してほしいというか」
「うーん、、分かりました。なら、体だけでも洗わせてください」
「いやっ、それも―――」
反論しようとするが、シャロは俺の耳に顔を近づけて、
「お し ご と ですので」
そう囁き、俺は流されるまま
「あっはい」
と了承してしまった。
「気持ちいいですかぁ?」
「ああ、うん。気持ちいいよ、ちょっと落ち着かないけど」
シャロは今、自分で持ってきたタオルで俺の背中を洗ってくれている。つまり、隠すものは何もなく、紛れもない全裸だ。とは言っても、可能な限り見ないようにしているため、実は隠れていますなんてことも有り得る。まさにシュレディンガーのシャロ状態だ。
「ではでは〜、次は前の方を〜」
「いや、流石にそれは平気!てか、自分で洗わせてくれ!」
「そうですかぁ、じゃあちょっと横のシャワー借りますね?少し汗をかいてしまったので」
そう言って俺の横に座った。俺の中で天使と悪魔が戦っている。見るか、否か。ここで見たら相手の思うつぼなのではないか。だが、こんなチャンス二度とこないかもしれない。そんな葛藤を経て、チラ見をすることを決める。俺の心の天使は弱いのだ。
横からはシャワーの音が聞こえる。おそらく、今は髪を洗っているはずだ。それならば尚更、是非とも見たい。
おそるおそる俺は横を見る。
目が合った。
「ふふ、えっちですねぇ」
「なっ、こ、これは!」
読まれていた。俺の浅はかな考えなどお見通しだったのだ。
急いで前を洗い、お湯で流して湯船に浸かった。なぜそうしたかは深くは語るまい。
シャワーの方を見ずに、俺は今入っている風呂に集中する。ここは奥の方にある、白濁の湯だ。硫黄の香りで心が落ち着く。この匂いが苦手な人もいるだろうが、俺はたまらなく好きだ。温度はいま比較的高めで、大体42℃といったところか。フリードのやつ、いい趣味してやがる。
やはり風呂は良い。さっきまでの邪な気持ちなど、どこかへいってしまった。
チャプ
「隣、失礼しますね?」
放り投げた邪念が急旋回して帰ってくる。
「よくない!第一、体洗ったら帰るって言ってたよな!?」
「あら?そんなこと一言も言ってませんよぉ。お背中をお流しして、役目を終えたのでついでにお風呂に入ろうと思いまして。これは偶然なのですよ。そうたまたま、アクシデントというやつです。」
「へ、屁理屈だ……」
何を言っても無駄そうだ。こうしてまた、俺のゆっくり風呂タイムは、別の形で妨害されてしまった。
ある程度あったまったので、早々に風呂を出ることにする。更衣室まで一緒となると、あまりに厄介すぎるのでどうにか一人で出なければ。
「もう出てしまうのですか?」
「い、いや、ちょっとトイレに……ね」
少し苦しい言い訳だが仕方ない。シャロはジト目で俺のことを見てくる。あまりにバレバレすぎただろうか。
「はぁ、まぁ、良いでしょう。今日はここらで引くとしましょうか、ね?」
なんとか助かった。バレているっぽいが、ひとまず逃げることは成功した。
さっさと着替えて自室に帰ることにした。疲れを癒すはずが、余計に疲れを増やしてしまった。それにしても、いくら世話係とはいえあそこまでするとは思えない。何か裏があるように思える。だとすれば原因はフリードだろうか。
「う〜ん、全くわからん。単なる好意……とは違う気がするよなぁ」
とここで自室の電気がついていることに気づく。まさか、先回りして―――
俺が先に出たのでありえるはずがないのだが、なんとなく否定が出来ない。急いでドアを開ける。すると目の前には茶色い、犬のような耳をした女の子がそのフサフサの尻尾を揺らしながら立っていた。
「お、風呂から帰って来たのか。夜メシできてるぞ」
「あ、え?」
「なんだ?……ああ、名前忘れちまったか?ティアだ。基本的に食事とか任されてる。よろしくな、ゴシュジンサマ…ってのは恥ずかしいから、イスルギで」
なるほど、世話係は食事も用意してくれるのか。本当に至れり尽くせりだな。
「あ、ああよろしく頼む。ええと、ティア、一個聞きたいことがあるんだけど、いいか?」
「おう、どうした」
「シャロとティア、2人ともどんな内容でフリードから命令されてるんだ?どうにもシャロの行動が気にかかってな」
「あー……まぁ大体察した。簡単に言えば、身の回りの世話の他に、イスルギの欲求を可能な限り満たすよう命じられている」
「俺の…欲求?」
「食欲、性欲、睡眠欲のことだな。何でも、それらが重要なのだとよ」
例の適合率アップの話と合致する。要は俺の三大欲求を満たせば、目標値までの成長を早めることが出来るといったところか。フリードのやつめ。
「そんでもって、獣人の中で生活力があって、生娘のアタシとシャロが選ばれたってわけ」
「生活力……は置いておいて、後半って本当に必要な条件か?」
「何でも、ニンゲン様は処女好きが多い傾向があるらしい。そっちの方が存分に欲望を満たせるんだとよ」
この世界は処女厨が多いのか。まぁ俺も恋人とかになら多少気にすると思うが、世話係に対してそんなことは流石に気にしない。と思う。正直悩ましいというのが本音だが。
「まぁアタシはパスかなー。そんな大切にしてるつもりも無いけど、そもそもそーゆーのあんま向いてないっていうか」
「ああ、俺は別に全然構わない、けど……。えっと、そこの机に置いてあるのが夕飯?」
「そーそー。ま、あっち系のサービスはあれだけど、料理は期待していいよ?」
机のうえにはキノコの乗った肉とサラダなどがある。わりと、いやかなり豪華だ。高まる期待を胸に椅子に座る。
「い、いただきます」
まずは肉からかじりつく。何の肉かは分からないが美味い。味は牛肉に似ていてご飯が進む。
「うまい、めっちゃ美味い!想像以上だ!」
「ふふん、だろ?明日からは朝も担当するから、そこんとこよろしくね」
こんな料理を毎日、毎食与えられるのか。風呂だけでなく食事も星5つだ。こんな生活をしていたらダメ人間になってしまいそうだ。
そのまま料理にがっついて、あっという間に食べきってしまった。
「ご馳走様、美味しかったよ」
「お粗末さま。じゃあ片付けてくるから」
「おぉー、ありがと。悪いな」
結構な量があった気がしたが、全部食べきれた。お腹が空いていたからだろうか。にしても、食欲が以前より高まっている気がする。それに、そうこの眠気もそうだ。これも因子の影響だろうか。いつでも寝れるように歯を磨き、寝巻きへと着替える。
今日も色んなことがあった。気が休まらなかったが、いつかは慣れるだろうか。
いつものようにベッドであれこれ考え事をしている内に俺は眠りに落ちた。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
「…………」
何かが、聞こえる。
俺に話しかけている?いや、これは―――
「――すまないがしばらく――」
「――計画通り、わたくしは――」
「――こんなチャンスはそうそうない!今こそオレが!オレ自身が――」
「――なんで、アタシを――」
「――なるほど。これもあなたの筋書きというわけですね――」
「――了解。任せて下さい――」
「――あなた、気に入ったわ――」
「――私を……助けて……――」
声が、色んな声が混ざって、混ざって、掻き混ぜられて、響いて、鳴らして、そして――
「――俺は……自分のちっぽけな尺度でしか考えられない――」
最後に聞こえたのは、紛れもなく自分自身の声だった。
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