歳の差100歳ですが、諦めません!
遠野さつき
1幕 大団円目指して頑張ります!
1場 歳の差なんて気にしません!
「レイさん、結婚して!」
「なーに言ってんの、お子さまが」
にべもない返事に、がっくりと肩を落とす。
今日で一体何回目だろう?
恋に落ちてから早十三年。顔を合わせるたびに、こうして胸の内を曝け出しているのに、想い人はちっとも振り向いてくれない。
「お子様じゃないってー! 私、もう十八歳だよ? 成人だよ? 結婚だってバリバリできるんだよ!」
「百四十一歳の僕からすれば、君は赤ちゃんみたいなもんなんだよ。いい加減、他の男に目を向けなって」
「他の男の人なんて目に入らないよ。私にはレイさんだけなの!」
「はいはい。褒め言葉としてありがたく受け取っとくよ」
乙女の告白にも、向こうはどこ吹く風。カウンターの椅子に座り、コーヒー片手に夕刊から顔も上げやしない。自分の店だからって優雅なものだ。そのエルフ特有の長い耳は飾りなのだろうか。ハーフだから?
レイは父親の親友で、この職人街の中でも腕利きの魔法紋師だ。
魔法紋というのは魔法を言語化したもので、文字の上に魔力を流すか、魔力が凝縮して石になった魔石を使うと、記述された事象が起きる優れものである。
職種としては魔法使いに分類されるが、ほぼ職人に近い。同じ職人仲間のメルディとは、よく一緒に仕事する間柄だった。
「夏とはいえ、日が暮れ出すと早いよ。職人街は治安が悪いんだから、いつまでもサボってないでもう帰んな。女の子があまり遅くまでうろうろするもんじゃないよ」
「レイさんが送ってくれればいいじゃん。ついでにデートしよ?」
「甘えんじゃないの。そうやって、アイスかなんか奢らせようとしてるでしょ」
「しないよ、そんなこと。もう子供じゃないって言ってるのに」
口を尖らせても相手にしてもらえない。いつもこんな調子だ。
女の子扱いをしたかと思えば、急に線を引く。これ以上おままごとには付き合わないよ、のサインなのだ。それを無理やり越えて嫌われたくないと思うのは、好きになった弱みなのだろうか。
諦めてレイの店を出ると、あたりはすっかり夕焼け色に染まっていた。
目の前の大通りには、早々と仕事を終えて飲みに出かける職人たちが山のようにいる。
猫耳が可愛い獣人、トカゲみたいな竜人、長い髭とずんぐりした体型のドワーフ、メルディみたいなヒト種……などなど。
ここは様々な種族が暮らすラスタ王国の首都グリムバルド。その中でも、メルディはデュラハンという種族の防具職人を務めていた。
デュラハンとは全身を鎧兜で覆った種族で、首から上が存在しない。
顔に当たる部分には闇が漂っていて、兜を被ると一対の青白い光が宿る。いわゆる首なし騎士のような見た目だ。パワーにも魔力にも恵まれていて、メルディみたいなヒト種はあっという間に一捻りにされてしまう。
かくいう、メルディの母親もデュラハンであるが、ヒト種の父親の血を多く受け継いだため、そのパワーも魔力も全く持ち合わせていない。
二つ下の弟はしっかり母親の血を受け継いだデュラハンなので、メルディとは比べものにならないぐらい強い。人生とは不公平なものなのである。
少し進んだ先で道端に寄り、近くの工房の窓に映る姿を確認する。
ポニーテールにした、炉に灯る炎のような赤茶けた髪。つぶらな煉瓦色の瞳。シミひとつない血色のいい肌。
服は作業着なものの、日毎金槌を振っている成果か、余分な贅肉はないし、胸もそれなりにある。小柄で童顔なのを差し引けば、今が食べ頃のぴちぴちボディなのに。
「何がダメなんだろ……」
考えるのはレイのことばかり。歳の差が百もあるからだろうか。それとも、親友の娘だからなのだろうか。確かにおむつも替えてもらった。それは今もメルディの黒歴史だが……だからなんだというのか。
ハーフエルフの百四十一歳はヒト種に換算すると、まだ三十歳ぐらいだ。今年四十歳の父親よりも若いというのに、いつも年寄りぶって同じ目線に立ってくれない。
この気持ちを自覚したのは……確か五歳の誕生日だったような気がする。
きっかけはなんの変哲もない出来事。家族とレイで出かけた先で、こけて膝を擦り剥いたメルディをおぶってくれた。ただそれだけの、どこにでもある話。
けれど、メルディにとっては空の星が落ちてきたのと同じ衝撃だった。
華奢だと思っていた背中が思ったよりも広くて、「泣かなくて偉いねえ」と笑う声が心地よく耳に響いて、メルディはすっかりレイの虜になってしまったのだ。
金色の髪も、翡翠色の瞳も、常に冷静な態度も、何もかもが大好きだ。魔法紋にかける情熱も、仕事に対する真摯な姿勢も、同じ職人として尊敬している。結婚するならレイがいい。その気持ちは今も変わらない。
たとえ、一度も本気にしてもらえなくても。
「……へこんでいても仕方ないわ。仕事と一緒よ。千里の道も一歩から。最後まで諦めないのが、私の才能だもの」
気合いを入れ直して工房兼店に戻る。ぴかぴかに磨かれた銀色の看板には、金槌と風切り羽の屋号紋と共に、『シュトライザー&ジャーノ工房』と刻まれている。
この国一番の腕を持つハーフドワーフのクリフ・シュトライザーという老人と、その弟子で、メルディの父親でもあるアルティ・ジャーノ・リヒトシュタインの工房だ。メルディはここの跡取り娘として、日々修行と仕事に明け暮れている。
そのまま玄関から入ろうとして、やめた。窓の向こうには紺色の鎧兜を着たデュラハンがいる。昨日から帰省している弟のグレイグだ。
グレイグは西の果てにある魔法学校に通っていて、メルディよりも頭がいい分、細かくてうるさい。こんな時間までレイの店に入り浸っていたと知られたら、また馬鹿にされてしまう。
店の横の細い路地を向け、その先の中庭から工房に戻る。入り口の錆びた鉄扉に手をかけたとき、鈴の音のような声が聞こえた。
「……で……なんだよ。アルティはどう思う?」
珍しい。いつも仕事で帰りが遅い母親がこの時間にいるなんて。
母親のリリアナは国軍の総司令部という部署にいる偉い立場の人間で、普段は北側にある王城に詰めている。毎日仕事が終わると工房に来て、アルティと共に家に帰るのを日課にしているのだ。
メルディはここに住み込みで働いているので、いつも仲良く連れ立って歩く二人の背中を、「いいなあ」とか思いながら見送っている。
「うーん……。勘違いだと思いたいですけどねえ」
アルティはリリアナより五歳年下のせいか、それとも平民と貴族という身分差があるからか、今でも敬語だ。子供の頃は「変なの」と思ったものだが、さすがにもう慣れた。
それにしても、何やら深刻な雰囲気である。中に入るのをやめ、そっと聞き耳を立てる。気づかれたら怒られるかもしれないが、好奇心には勝てない。
「私だってそう思いたいよ。でもなあ、実際に出回ってる鎧、メルディの屋号紋が刻まれているらしいんだよ。金槌と風切り羽とペン先。そんなの使うの、あの子ぐらいだろ?」
「ああ……。職人と魔法紋師の象徴ね……。確かに……」
「近々調査はするにしても……メルディには絶対に知られないようにしような。レイさんと開発した鎧の偽物が出回ってるなんて聞いたら、あの子絶対に怒るし」
声を上げそうになって、ぐっとこらえた。
偽物ってどういうこと?
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