2日目


「偏光を見ていた。たぶん強化アクリル」


 シャンデリアを見上げて拾は言う。


「落ちても乗客がけがしないようにしてるんだな」

「大きさからして重さは50キロ以上になる。落ちたらけがはする」


 拾はスタスタと歩いていく。


 十三年前までは一緒に住んでたはずなんだがどうにも覚えてない。

 妹の拾が生まれた当時、母は産後うつで子育てもできないくらい心がふさいでいた。

 拾は二歳になる頃に児童養護施設に預けられた。そこで目覚ましい才能を見出されて、五歳から海外の学校に通わされて、今に至る。


 じゃあ当時の俺たちはどうだったかというと、「男の子はほっといても育つ」なんて雑な理由で放任されてた。

 俺と弟と親父は近所のファーストフードで飢えをしのいで、俺はしょっぱいフライドポテトの味を覚えた。母の期待通り俺は勝手に育って、安い学生アパートと遊べそうな大学を探し当てて、今に至る。


 どうして二人はこんなに違う道を歩んでしまったのだろうか。


「行くよ」


 拾は言った。


 昨日「ひとりだと楽しくない」と言われた手前、頼りないながらも彼女をエスコート……するしかない。


 バーカウンターで無言でクリームソーダを飲んだ。

 ダンスホールに行っても踊れるわけはなく。

 プールは「嫌い」だそうだ。

 結局、昨日と同じゲームコーナーにたどり着く。


 ストⅡを提案してみたが、俺が弱すぎて三連敗したら飽きられてしまった。


「次」


 俺はゼビウスの筐体へ取り付いた。


 ドタン。


 大きな音がして振り返る。

 ゲームコーナーの一画、老人が赤い顔で倒れていた。


「乗務員を呼んで」


 落ち着いた様子で拾はてきぱきと呼吸を確認した。

 俺は緊急呼び出しのボタンを探し出して、乗務員に状況を知らせて戻ってくる。


「人工呼吸」


 それは俺の役目らしい。老人の鼻をつまんで息を吹き込んだ。酒臭い。

 やっと乗務員が来た。


「急性アルコール中毒で一時的に血圧が低下したみたい」

「医務室まで運びます」


 老人は担架に乗せられて運ばれていく。


「さすが天才」


 俺は思わず口に発していた。

 拾が振り返る。


「て、天才少女~……」

「普通にできるでしょ。このくらい」

「いやいや、冷静だし」


 怒らせただろうか。

 しかし拾は、ふっ、と鼻で笑っただけだ。


「天才なんて、どこにもいないよ」


 それから豪華な空間には場違いなゲームコーナーで、俺たちは何も言わず画面を見つめていた。

 彼女はゼビウスを二周目までクリアして、「飽きた」と言って自機をボスに追突させた。





 昼食の時間、レストランで船の外の景色を見る。

 太平洋は真直ぐな線を見せているだけで、そこから読み取れるであろう含蓄が俺にはわからない。


「何が見えるんだ?」


 拾に聴いてみた。


「何も。だから見てる」


 答えは帰って来たが、俺には高尚過ぎてわからない。


「また『天才は訳がわからないことを言うなあ』って思ってる?」


 図星だった。


「何も考えなくていいから、見てる」


 拾の目には、世界はどう見えてるのだろう。

 俺は彼女に習って水平線を見つめてみた。言われた通り、何も見えない。


 料理はどれも味付けが繊細で、地上で食べられるしょっぱいフライドポテトの味が恋しくなった。


 それぞれの部屋へ戻って、夕食まで寝て過ごした。






 夕食の時間、部屋で休んでいる拾に呼び掛けてみる。


「有名な楽団の演奏があるらしい」


 俺は知らない名前だったけど。

 せっかくの旅行なのだから、なるべく楽しんだほうが良い。

 でも拾の答えは弱弱しかった。


「ごめん……行けそうにない……」

「体調悪いのか」

「……ちょっと……疲れただけ……」


 ベッドに突っ伏したまま喋っているのか、すこし籠っていた。

 俺はドアの前に座って、彼女の回復を待つ。


 眠気が襲ってきた頃、ドアに背中を押された。

 振り返ると隙間から拾の顔が見えた。


「そんなことしなくていいから」


 声は少し嬉しそうだった。


「もう遅いけど、付き合ってくれる?」

「ああ、行こう」


 世界一周するサンフラワーの船内は深夜も明るい。

 ここでは好きな時に寝て起きるのが許されているようだ。


 自動販売機で買ったコーラを飲んだ。

 ダンスホールは貸し切り状態で、見様見真似のブレイクダンスを踊った。

 プールは「夜は少し好き」だそうだ。

 それから、昨日と同じゲームコーナーにたどり着く。


 いくつも選択肢はあるのに、またゼビウスの筐体の前に来てしまう。


「今度はお兄ちゃんがやって」

「え?」


 拾の言葉に、俺は一瞬耳を疑った。


「……托がやってるところが見たい」


 照れくさそうに言い直して、拾は椅子を引きずってくる。

 俺が二面で撃墜され続けるのを、彼女は悪魔のように笑って見ていた。

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