第50話 平穏
俺が国王近衛隊の拠点に運ばれて1週間が経過し、ようやく体を動かすことができるようになっていた。
かなり危険な状態が数日続いていたようであるが、必死の治療もあって、なんとかここまで回復することが出来た。
これもニコル・アーステルドの指示のもと、トリキトスが派をあげて俺の治療に全力を尽くしてくれたからである。
俺は面会謝絶で、事件のこともまだ誰とも話をしていない。
だが、自分の中で事件のことを振り返っていた。
なぜあの犯人らは事故死を装ってこんな手の込んだ方法をとったのだろうか。
それはきっと殺害した痕跡が残ったら疑われる人間による犯行であるはずだ。
そういえば、意識を失う前に見た一人の男、あれは・・・昔、学院でみたことがある。あれはマーガレットの兄ではないか。
ここで俺の中で合点がいった。
連中はズレッタ家の人間だ。ニコルが前に警告していたが、本当に仕掛けてきたのだ。
連中の動機は、おそらく先日の陳情の件だろう。ズレッタを超えてはいけない一線を超えさせてしまったということか。
連中が魔法攻撃で殺害せずに、ここまで労力をかけて隠蔽しているのは、対立するだろうトリキトス派、国王近衛隊対策か・・・。
俺は今回の事件について考察を続けたが、自分の中で全容を理解できてしまったのであった。
ー 王城 第二王子公邸 ー
それから、さらに1週間後、俺はなんとか外出が可能なほどに体が回復した頃、ニコルの元を訪れていた。
「アシュル、すっかり元気になったようだね。」
「皆さんのおかげです。本当に救われました。」
それは今後の対策を話し合うため、俺とニコル、エドワード、それにマーガレットの4人で集まっていたのである。
「それにしてもアシュルは本当にしぶといな。もう何度も死にかけてるじゃないか。」
「それはアシュルに危険な仕事させているからじゃないですか!」
エドワードが笑いながらこう話すが、マーガレットはするどいツッコミを入れている。
この場限りのことであるが、ここではもはや平民とプリビレッジ、王族の垣根を思わず忘れてしまいそうだ。
「早速だけど、エドワード。あれ以降、ズレッタに動きはあるかい?」
「特にはありませんが、おそらくアシュルの生還の情報は既に伝わっていると思われます。」
今回の暗殺事件については、ズレッタ卿本人が首謀し、その息子全員が実行犯であることはマーガレットの証言と俺の目撃で確定していた。
つまり、ズレッタ親子は王令に反する明らかな犯罪行為をし、俺たちはそれを証明することが可能な状態である。
また、王令で禁止されている精神干渉魔法をマーガレットに使用した事実も証明が可能だろう。
そして、もう一人重要な証人となりうる人物もいる。
「ニコル、ユーケルという平民の女性はどうしましょうか?確か。ウイーグルという街に住んでいるはずです。もっとも、偽名かも知れませんが。」
「そうだね。君とマーガレットだけでもズレッタの犯罪を証明する十分なものであるけど、国王近衛隊を派遣してその者の捜索させておこうか。」
俺は、彼女の証人としての有用性よりも、どちらかというと口封じのおそれを心配していた。
「さて、今後はどう動こうか。」
ニコルがエドワードに今後の対応について意見を求める。
「表立って、ズレッタ卿を相手に王の面前裁判などをするわけにはいきませんね。そんなことをすれば、王都がプリビレッジの派閥間で戦場になってしまいます。」
「そうだね。ズレッタ派も人数がいる。連中の力が強いうちは、ズレッタ一族に手を出すことまでは難しいだろうね。魔法大戦争になり、多くの犠牲が出てしまう。」
ニコルとエドワードは俺の想定通りの会話をしている。
破滅的な武力がある以上、何かあっても簡単に手を出せないのは明らかである。
これは何かに似ている気がする。
そう、前世でも核兵器を保持している国はこんな扱いだったなと思い出し、合点がいった。
「それではせめて、トリキトスの名で警告を出しましょう。今回の件は証拠も十分ですし、ズレッタ側の弱みになります。ズレッタ本人の問題ですから。」
「そうだね。向こうもトリキトスと戦争するわけにはいかないだろうし。単体の武力は官職系のトリキトスが上であることは間違いないからね。」
エドワードが想定する警告内容は、今後、代弁者協会、アシュル、マーガレット及びその家族に何らかの違法・不当な手段をとることがあれば、貴殿らを対象に王の面前裁判の申し立てを行うこと、そして、トリキトス派閥及び王国近衛隊も全面的に対抗措置をとるというものであった。
「なるほど、ズレッタはこれで僕らに簡単に手を出せないということですね。」
「ああ、そうだ。」
俺はエドワードの警告に納得をし、今回はおそらくこれで手打ちになると感じていた。
「もちろん、今回のことは許さないよ。ズレッタ側は正攻法に弱いから、勢力を弱めていくというのが今回の作戦になるね。代弁者協会にも、もちろん頑張ってもらわないといけないね。」
「なるほど。商業系プリビレッジは資金源こそが重要ですからね。」
ニコルはニコニコとしながらも強い言葉でこう述べる。
確かに、ニコルの言うとおり、徐々に力を削ぐ他ない。
そのためには、プリビレッジの地位をいいことに、商業プリビレッジとして平民から不当に荒稼ぎをしている彼らに対峙し、資金源を絶っていくことが有効だ。
今回の事件は俺にとって大変な苦境であったが、結果だけを見ると、マーガレットが元に戻り、また、代弁者活動にズレッタから邪魔が入ることが減るという点で大金星といってもよいのかもしれない。
「ところでアシュルとマーガレットは、婚姻前にもかかわらず、ふしだらなことをしてたと聞いたけど、それは王令的に大丈夫かな?」
「殿下、なんてことをおっしゃるのですか!やめてください!」
ニコルからの突然の弄りに、マーガレットは顔を真っ赤にして慌てていた。
俺は意識がなかったので覚えていないが、そのことの意味はなんとなく察しがついた。
王国では婚姻前の男女が接吻を含み、貞操を乱す行為が王令で禁止されている。
きっと、あのときそんなことがあったのだろうと俺の中で推察していたのである。
今度こそ、俺に意識のある中でそれをマーガレットにお願いしようと心に誓ったのであった。
その後、正式にトリキトス卿からズレッタ卿に警告状が送付されて、ズレッタ派の妨害行為などの動きは目立たないようになっていた。
俺はというと、ニコルの命令もあり、体が完全に治るまで、代弁者活動を休んでいた。
だが、正直、毎日やることもなく退屈である。まるでニートの気分だ。
けれども、マーガレットが毎日、俺の元に看病をしに来てくれている。
マーガレットにはこの3ヶ月の埋め合わせという気持ちがあるようだ。
「そういえば、お母さんに今回の件、どこまで話したの?」
「え?全部よ。」
俺はふと、マーガレットの母マーリアスに今回の事件についてどこまで話しているのか気になって聞いてみると、意外な回答であったl。
「そっか・・・。さすが母娘は何でも話しちゃうんだね。ズレッタのことはなんて言ってた?」
「お母さんも非常に怒っていたわ。でも、トリキトスのプリビレッジからの警告状の話を聞いて、安心していた。」
マーリアスにとっては、妾とはいえ、ズレッタ卿に何らかの感情があったに違いない。
それでも彼女は俺とマーガレットに全面的に応援し続けてくれている。このことは本当に有り難かった。
「ところで、マーガレットも魔力覚醒したんだよね?」
「うーん。普段はあまり魔力って感じないわ。ちゃんと訓練しないと、私は何もできないと思うわ。」
「念の為、護身のために一緒に訓練しない?魔法を使うと楽しいのは楽しいよ。」
「そうね。せっかく魔法が使えるかもしれないし。」
マーガレットにも意外な形で魔力が覚醒してしまった。
今はズレッタ派から身の危険を感じることはないだろうが、将来それがないとは限らない。
今回の事件もあり、俺は今後マーガレットとともに魔力を鍛錬し、二人で自衛していけるようになりたいと考えていた。
このような形で、マーガレットとはたくさんの話をした。
いつもは他愛もない会話ばかりであったが、俺はどうしてもマーガレットにお願いしたいことがあった。
そろそろ切り出さないといけない。これは男として最も大事なことだ。
「あ、あのー。マーガレット。」
「急に何?」
俺が言いにくいことを言い出そうとしていることを分かっている様子だ。
「実は意識がなかったときのこと、お願いしたいのだけど・・・。」
「何の話?」
マーガレットは俺が真剣にそんなことを言うものだから、呆れた表情で見る。
「いやー、そろそろマーガレットから熱い口づけをしてもらいたいなぁと思って。もう付き合ってかなり長いんだし。こんなすごい経験もしたから。」
「いやよ。結婚する前にそんなことしたら貞操の軽い女になっちゃうじゃない。」
「でも、してくれたんでしょ・・・。」
「あれは回復魔法!アシュルのスケベ!」
残念ながら、意識のある中での初めての口づけはどうしても無理ということで、お預けとなってしまった。
だったらとっとと結婚してしまえば良いじゃないか!
と思わず口から出そうになったが、それを言うと、今度はマーガレットに殺されてしまう危険が高まるため、なんとかこれは寸前で我慢した。
ー 代弁者協会 本部ー
「アシュル、復帰したの?」
「ごめんね、パリシオン。ずいぶんあけてしまって。」
結局、1ヶ月以上、代弁者の仕事を休んでしまった。
久しぶりに代弁者協会に行くと、同期のパリシオンが嬉しそうに出迎えてくれた。
なんだかこの建物も懐かしい。
死んでいたら二度と拝むことができなかったから、なんだか有り難く感じる。
復帰初日であるため、まずは協会長に挨拶をしに行くのが筋だろう。
俺はそう考え、早速協会長のネフィスの部屋に挨拶に向かった。
「アシュル、おかえり。」
「ネフィスさん、ご迷惑をおかけしました。」
「一体何が起きたのか話してもらえるかな。多少は王城から報告をもらっているけど。」
「はい。もちろんです。」
俺はネフィスに今回の件について、いくつかの事実を隠しつつも、事の顛末を説明した。
「なるほど。それは大変だったね。でも、一番たちの悪いズレッタ派に堂々と立ち向かっていけることは代弁者としては大きな収穫だったね。」
「僕もそう思います。今こそ、代弁者として介入や仲裁申立に積極的になるべきです。僕が理事として今後は音頭を取りたいと考えています。」
ネフィスもこれは好機と捉えたようだ。代弁者としての本分である平民の地位を向上させる良いきっかけだと。
「ところで、アシュル。1ヶ月も仕事を休むとどうなるか分かるよね?君が理事として決裁しなければならない仕事が山程あるから頑張ってね。」
ネフィスは最後にこう述べると、俺に対して、山積みの資料を手渡してきた。
このおっさん、意外とドSなのか・・・。俺は初めてネフィスに心の中で強いツッコミをいれた瞬間だった。
俺はどうやらしばらく地獄の残業の日々が続くようだ。
「やっとアシュルさん、復活したっすね。おかげでいそがしかったっす。」
「いつの間に戻ってきたの?こっちは忙しくて大変だよ。」
代弁者の若手ムラーキとイザベルは相変わらずのノリで声をかけてくる。
「アシュル、おかえり。あれから心を入れ替えて頑張っていますよ。私の仕事もみてくださいね。」
時間が経ったせいもあるか、先輩代弁者のトーレスもすっかり一からやり直していて頑張っているそうだ。
改めてこの場にくると、代弁者の仲間が平民のために、四苦八苦している姿を見ることができて嬉しい。
俺もなお一層のこと、理想の世界のためにもっと頑張らないといけないなと感じる。
大きな事件もあり、この1年間はバタバタしていたが、最近、我が家でおめでたいこともあった。
婚前契約を1年前に結んでいたジャック・エルズとカナディの結婚が正式に決まったのだ。
プリビレッジと平民の結婚という異例のものであるため、一体どうなることかと思っていたが、意外にもエルズ家の方から結婚に反対も出ず、その両親からカナディも良くしてもらえているらしい。
この世界での婚姻の儀は、基本的に両家と近い親族を一同に介して執り行うことになる。
宗教的なしきたりは特になく、食事をしながら、二人が抱負を語り、両家がそれを見送るという単純な様式だ。
今日がその婚礼の儀の日であった。
「私も参加してよかったのかな?」
「カナディが希望しているからいいに決まっているよ。カナディはマーガレットのこともう妹と思っているから。」
婚礼の儀には家族と、マーガレットが参列することになっていた。
そして、いよいよ婚姻の儀が始まる。
エルズ家からの出席者をみると、なんだか穏やかな感じの家族だという印象を持つ。
「本日はお集まりいただきありがとうございます。私は必ずカナディを幸せにします。両家共々末永く温かく見守ってください。」
「今日からカナディ・エルズになります。不束者ですが、何卒よろしくお願いします。」
新郎新婦が冒頭で挨拶する。二人共正装しているので、見違える姿だ。
カナディは和風の着物に近い赤の衣装を着用し、お姫様と思えるほどキレイであった。
平民の婚姻の儀ではこんな豪華な衣装にはできないだろう。その意味ではさすがプリビレッジというところだ。
「カナディ、本当にキレイね。」
「そうだね。カナディのあんな姿みたことないから、びっくりだよ。」
マーガレットはカナディの晴れ姿に見とれている。
俺としては、カナディの晴れ姿もそうであるが、この日もカナディがあの黄色のペンダントを胸元につけてくれていることが感慨深い。
まだカナディが15歳だったころにプレゼントしたペンダント。カナディは俺のことを弟以上に大事に想ってくれていた。
だが、それを思い出すと、カナディが他人のものになるという現実にぶつかってしまい、少し複雑な感情もある。
もちろん、こんなことは、とてもマーガレットに話せることではないが・・・。
本人たちの挨拶が終わると、次に両家を代表して父親がそれぞれ挨拶をしていた。
その際、父のトシュルが突然号泣しだしたのが印象的だった・・・。
後は、特に堅苦しいことはなく、芸者が宴会芸を披露したり、一人ひとり個別に話をしたりで婚姻の儀は大いに盛り上がった。
ところで、エルズ家の出席者の中に見たことのある意外な人物がいた。
それは公証人のアレン・ロレックだ。
「私はジャックとは親戚に当たるんだ。まさか君とこんな形でつながることになるとは思わなかったよ。」
「それはこちらの台詞ですよ。驚きました。でも、あなたのような人がエルズ家の親戚であったので、正直安心します。」
アレンは俺の言葉を聞くと、ニコリと笑った。
エルズ家はハーモス派のプリビレッジにもかかわらず、平民がどうこうと身分を気にすることのない気さくに接してくれている。
俺は、今日見たこの光景が王国のどこでもそうあれば良いと感じ、これがこの世界の理想の姿だと改めて実感する。
身分という壁に隔てなく、誰もが平等で幸せである世の中になればと思う。
ただし、そんな素晴らしいエルズ家にも一つだけ看過しがたい重大な問題点があった。
「君があのアシュルかね?」
「は、はい。今後ともカナディのことをよろしくお願いします。」
「じゃあ、そう思うなら飲もう。一気で飲もう!」
この家族はどうやらどこまでも酒乱の気があるらしい。
それにしても気持ち悪い・・・。めでたい席なので酒を断れなかったが、あのときポーションと一緒に酒を飲まされて、俺の体が酒にトラウマとなり、拒絶反応を起こしている。
この分だと、カナディは酒が嫌になって実家に戻ってくるかもしれないな・・・。
俺はそれだけが心配であったが、カナディの婚姻の儀は無事に終了し、本当に我が家を出ていってしまった。
カナディがいない家はきっと寂しくなりそうだ。
俺は代弁者となり、3年近くが経とうとしている。あと数ヶ月で18歳になる。
代弁者として色々な体験をすることができたが、正義を実現するという目標を踏まえると、それはまだまだ遠いと感じる。
だが、俺は歩みを止める気はまったくない。
世の中を変えるということは決して一筋縄ではいかないので、少しずつ壁を乗り越えるしかない。たとえ、今回のような大事件があっても、仲間と力を合わせればきっと乗り越えられる。
絶対に正義を実現し、この世界で理想的な人生を送る!これは幼少のころから何も変わっていない思いだ。
第二部 代弁者編 終
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