第44話 協会長選挙(後)

協会長選挙までの最後の2週間はあっという間だったように感じる。


代弁者の多くは、通常業務の傍ら選挙活動に明け暮れ、多忙を極めたからであろう。

中には選挙活動を度外視して、別の動きをしていた代弁者もいたようであるが。


そんなこんなで、ついに代弁者全員集会の当日を迎えた。

いよいよこの激しい選挙に決着がつく時が来たのだ。


雰囲気としては親プリビレッジ派の攻勢が最後まで続いており、主流派に悲観的な空気すら流れていた。

だが、最後に行われる代弁者全員集会で流れを変えることもできる。心して自分の役割を果たすだけだ。


俺は満を持して、代弁者協会に向かうべく家で支度をしていたところ、思わぬものが届いた。


「アシュル、なんか伝書鳥が届いているよ。」


姉のカナディからそう伝えられると、俺は伝書鳥を手渡された。


こんな大事な朝に一体誰だからだよ?

俺は少し邪険に扱いながら伝書鳥がもってきた伝言内容を聞いてみる。


「久しぶりだね。今日は君にとって大事な日だね。だけど、おそらく僕にとっても大事な日になる。幸運を祈るよ。」


第二王子のニコル・アーステルドからの伝言だった。


ニコルとは忙しかったこともあり、2ヶ月ほど顔を合わせていないが、代弁者協会で行われる選挙のことをしっかり把握し、激励の言葉をかけてくれたのだ。


これには思わずジーンとくるものがある。

さっきは邪険に扱ってごめんなさい・・・。


ニコルには、将来起こり得る王位継承戦を戦うにあたり、平民からの支持を獲得したいという思惑があった。

だからこそ、平民の代表である代弁者協会が親プリビレッジ派に手中に収められるのは困るという事情もある。


ニコルのため、理想の王国を実現するため、この戦いはどうしても落とせないのだ。


「アシュル、今度はお客さんだよ。」

「え?こんな忙しいときに?一体誰だよ。」


俺がニコルの伝言にしばし浸っていたところ、今度はカナディから来訪者があることを告げられた。


「何?来ちゃだめだった?」


俺が入口の方に目を向けると、そこには恋人のマーガレットが立っていた。俺の声が聞こえていたらしい・・・。


「いや、そ、そんなことないよ!今日はちょっと慌ただしくて・・・。」


マーガレットとも多忙を極めていたため、この一月は会う頻度が減っていた。

もちろん、マーガレットは今回の協会長選挙がものすごく大事なものであることを理解してくれている。


マーガレットは俺の言葉を無視するようにして、俺に近づき両手を握ると、真剣な表情に変わった。


「アシュル、あなたのことを信じているから。きっと大丈夫。」

「うん。」


マーガレットはただそれだけを言うと、「じゃあね。」と笑顔を見せて手を振りながら、足早に去っていった。


家族、友人、そして最愛の人。

俺のことをこんなに気にかけてくれているんだと思うと、ジーンとくるものがあった。

こんな思いは前世で経験のないことだ。


そんな周りの大切な人のためにも、今日という日を最高の結果で終えて報告したい。

たとえ、そこにどのような修羅場が待っていたとしても、負けるわけにはいかない。


こうして、決戦を前に、改めて気持ちを引き締めることができたのであった。


俺は早速、代弁者協会に向かった。

そして、緊張のまま到着すると、これまで感じたことがない重苦しい雰囲気を感じ取った。


代弁者協会には、選挙に合わせて支部からも代弁者が集合していることもあり、見慣れない顔も多く、数自体も多い。


「後1時間だね。今日はもう仕事が手につかないや。」

「そうだね。いよいよだね。」


同期のパリシオンが俺の姿を見つけると、このように声をかけてきた。とても緊張した表情だ。


ー 代弁者全員集会 ー


そして、いよいよその時となった。


「それでは、代弁者全員集会を始める。」


協会長のテレスの音頭で、代弁者全員集会の開始が告げられた。


理事会などの公式な会議はいつも厳格な雰囲気がでているが、代弁者全員集会は滅多なことで開催されることもないため、そのレアさが一層厳格な空気となっている。


会場は壇上に向かって、5列の席を作っており、基本的には代弁者のキャリアの年数の順番で着席している。

そのため、俺は最後方の席に着席し、周りは若手の仲間が並んでいる。ただ、あのトレースも隣の隣に座っているため、違和感のある空気だ。


本部外の代弁者は久しぶりに会うのだろうから、代弁者の仲間同士で言葉を交わしたいはずであるが、この場では会話のできる空気ではとてもない。


早速、厳粛な雰囲気の中、テレスの演説が始まった。


テレスは約15年務めた協会長としての歩みについて語り尽くす。


テレスは代弁者の役割の重要性を語る中で、自分の協会長としての力不足、後悔していることに力点をおいて演説をしている。

そして、次期協会長には、自分があまり進めることができなかった平民の権利の向上を少しでも前に進めてほしいと語った。


そして、テレスは演説の締めくくりに、先日の王の面前裁判の成功について、本当に挑戦してよかったと豪語した。


「最後になるが、わしは、ネフィスが協会長として改革してくれるものと信じている。」


このように高らかに締めくくったのであった。


パチ、パチ、パチ。


会場の6、7割くらいの代弁者から、テレスに対する慰労の思いを込めて拍手を送られていた。


そして、いよいよ本題の選挙が始まる。最初に立候補者の演説が始まった。


まずネフィスが壇上に上がった。

ネフィスは少し深呼吸をして、聴衆である代弁者に向けてゆっくり語り出した。


「私が協会長になったら、代弁者協会を大きく前に進めることを誓います。」


こう冒頭で述べると、20分ほど自分の主張を繰り出した。

演説の主な内容はこうだ。


300年続いたアーステルド王国は今まさに過渡期にある。

プリビレッジの特権が歴史を通じて徐々に大きくなり、法ですら機能不全に陥ることになった。

その割を食らうのは、すべて平民であり、平民の生活は厳しくなり、プリビレッジだけが豊かさを享受できる世界になってしまっている。


これは行き過ぎであり、王国の建国理念からもかけ離れている。

平民の我慢もそろそろ限界にきており、このままでは500万人の平民が爆発してしまい、王国が崩壊しかねない状態である。


平民も王国の国民として、権利が守られるべきであり、今後プリビレッジとの不公平を是正することが何よりも重要なことである。

そのために我々代弁者が身を挺してでも戦わないといけない。


「私は若輩者であるが、みんなの力を私に貸してほしい。」


ネフィスは最後にこの言葉で締めくくり、20分ほどの演説を終えたのであった。


続いて、もう一人の候補者ポリエスが壇上にあがった。

ポリエスは大きな咳払いをして、話を始めた。


「わしが協会長になったら、平民とプリビレッジの融和を実現し、必ず平民の利益を今より守って見せる。」


ポリエスの演説の内容はこうだ。


代弁者は現実的な解決策を模索しなければならない。それが平民のためでもある。

世の中は魔力の力の存在でインフラなどが回っているのも事実であり、プリビレッジという存在はそれだけ特別な力がある以上、平民と比べても優遇されていることは受け入れなければならない。


平民の権利向上という理想を貫いて、プリビレッジと戦うのは愚かというものだ。

プリビレッジと真の友人であることが代弁者に託された使命なのだと。


「若造ではこの代弁者協会はまとめられん。わしこそが相応しい。」


こうして結び、ポリエスの演説も終了した。


その後は、個々の代弁者から任意であるが、自由な演説や討論の時間という形になった。


各々の代弁者が積極的に自分の考えや代弁者協会の問題点などについて意見を述べていく。

自分の立場を主張する者、候補者に質疑を行う者、様々であった。


代弁者の意見表明として一番印象に残っているのは、トルキシアの意見表明だった。

トリキシアはネフィスよりも年齢が9歳上の理事であり、もともとはテレスの後継者と目されていた人物であり、彼なりに思うところがあったのだろう。


「わしは、プリビレッジに媚びるのは許せん。じゃが、ネフィスのような若造に先を越されるのも許せん。だからどっちも好かん。だが、テレスのジジイに頼まれからネフィスに入れる。」


正直な気持ちをそのまま述べているが、なかなかの暴論だ。

だが、ネフィスに対する嫉妬のような気持ちになるのは心情的に分からなくもない。

どの組織でも順番というのがあり、サプライズ人事というのはよほど納得できるものでないと、周りから異論がでるのが通常だろう。


ただ、少なくともトリキシアが、代弁者として平民の権利を守るという精神だけはきちんと持っているということは分かった。

これからの改革には彼の経験も必要なので、なんとかなだめてやっていくほかないだろう。


このような形で自由な発言が2時間程度続いた。

壇上で発言をしたのは、だいたい半分ほどの代弁者であり、若手からは特に意見を述べる者はいなかった。


「他におらんか。いなければそろそろ決を取ろう思うのじゃが。」


テレスは壇上に立とうとする者がいなくなったため、こう呼びかけた。


そろそろかな?


俺は最後に壇上に立ち、発言をするつもりで待っていたのだ。一番決に影響を出すことのできるタイミングであの秘策を出すために。


「協会長、私の方からよろしいでしょうか。」

「アシュルか。では前へ。」

「その前に、候補者が主張されていたことの真偽を明らかにすべく外部から証人を呼ぶことを許可ください。」


俺がテレスに向かってこのように発言すると、会場がざわつく。


「おい、部外者をいれるのはおかしいだろう。」


このような声も飛んでくる。


親プリビレッジ派としては外部の人間を突然呼ぶという俺の要求にかなり警戒しているのが目に見て取れる。


「以前にも言ったが、ここは自由な討論の場じゃ。禁止事項はない。アシュル、許可する。」


予定通りテレスから証人を呼ぶことに許可を得られたため、俺は早速、証人ユリウスを会場の外から招き入れた。


「こちらの平民は最近、プリビレッジの件で相談をした者です。彼の口から親プリビレッジ派の実態を説明してもらいます。」


俺はこのようにユリウスを紹介した。

ユリウスは俺の幼馴染であり、今回「リウス」という偽名で、トーレスの相談担当日に合わせて、代弁者協会に相談に来てもらっていたのである。もちろん、俺の仕込みである。


そして、ユリウスの口から事件についてどのようなやり取りがあったかを証言させた。


ユリウスの証言の内容はこうだ。


あるプリビレッジから商売の交渉の際、トラブルになってしまい、顔面を数発暴行されたうえに、お詫び代として10万キルスを支払わされたという相談を代弁者に相談した。


代弁者には、いわれのない暴行を受け、お金を取られている以上、徹底的に公証場で戦いたいという希望を出していたが、後日、その代弁者からは、これ以上争うとそのプリビレッジが報復で家族も含めてひどい仕打ちをする危険が高いことを理由に何度も説得され、最終的に2万キルスの支払いで示談させられたというものであった。


「あなたのいう代弁者とは誰のことですか?」

「はい。そこにいるレトロスさんとトーレスさんです。」


この証言にはざわついている者もそれなりにいる。

会場からは「うそだろ?」などいう声も聞こえてきた。


しかし、ここでレトロスが立ち上がり、弁明をする。


「その話は誇張されている部分もあるが、当職としては君や家族が生命身体に危険が及ぶのを回避したかったんだ。プリビレッジから2万キルスを支払わせるのも精一杯だった。」


この弁明は、確かに横暴なプリビレッジを相手にしていれば、なくはない弁明であった。

これを聞いて候補者であるポリエスもほっと胸を撫で下ろしたようだった。


「なるほど、あなたはあくまでもそこにいる平民のことを考えた結果だと言うわけですね。ではもう一人証言者として呼びます。」


俺はさらにこう述べると、改めて別に準備していた証人を会場の外から招き入れた。


会場に入ってきた証人というのは、エドワード・トリキトスである。こちらも俺の友人であり、仕込みである。

これにはポリエス、レトロス両名の顔が瞬時に青ざめたのが分かった。


「こちらのプリビレッジは先ほどの平民に暴行を働き、お金を巻き上げたとされる人物です。彼からも証言してもらいましょう。」


エドワードはゆっくりと、俺の待つ壇上にあがると、早速証言を始めた。


エドワードの証言は、代弁者のレトロスが自分のところにやってきて、平民が暴行を受けて、10万キルスを取られたと訴えているが、代弁者協会としては穏便にことを済ませたいので、有利な条件で示談してほしいと丁重に頼まれた。


レトロスからは何度も頼まれたので、3万キルスでこの厄介事が片付くのであれば、痛くもないので、レトロスに3万キルスを支払ってこの件は終わった。

ただ、少なくとも自分がその平民や家族に危害を加えるという発言をした事実はなく、レトロスから事情をろくに聞かれることもなく、ただ和解してくれと懇願されたとのことだった。


「もちろん、エドワードさんはユリウスに危害を加えてもいませんし、お金もとっていません。」


俺は、エドワードの名誉のため、この話は架空の事件であることを念の為に告げると、ポリエス、レトロス両名からは怒号が飛んだ。


「貴様、そんなインチキ通用しない!ふざけるな!」と。


そんな怒号を受けて、エドワードから別の証言が出てきた。


「そうだ。アシュル、レトロスからは、トリキトス派と末永い付き合いをしたいと懇願され、長の父上と面会を執拗に要求されたぞ。贔屓にしてくれたならば代弁者協会から見返りも準備すると。」

「エドワードさん、ありがとうございます。」


エドワードとのこのやり取りは、会場の雰囲気を一転し、さきほどまでの活気が嘘のように消え、ポリエスたちも含め、ざわつきもなく静寂の雰囲気となっていた。


「代弁者の皆さん、これが親プリビレッジ派のやっていることです。皆さんはなぜ代弁者という職業を選んだのでしょうか。それはプリビレッジの不条理をなんとかしたいと少なからず考えたからではないでしょうか。若かりし頃をよく思い出してください。」


俺は二人の証言を終えると、演説を始めた。これには会場にいる多くの者が呆然と聞いている。


「プリビレッジとの融和路線?聞いて呆れます。先ほどの話でも分かったとおり、示談金も一部くすねていました。私利私欲のため代弁者という立場を悪用しているだけです。これでは平民の代表である代弁者とどうして言えますでしょうか。協会長には代弁者としての志をもつ人物が相応しいと考えます。」


俺がさらにこう付け加えると、会場にいる3分の2くらいの代弁者から大きな拍手が起こった。


「アシュル、ご苦労じゃった。他に何か意見を述べたい者はおらぬならば、決を採る。」


これ以上意見を述べるような空気ではなく、誰からもそのような者はでてこなかったので、テレスの誘導で挙手による決に移った。緊張の瞬間だ。


「では決をとる。ネフィスを協会長とすることに是とする者。手を上げい。」


俺ももちろん、右手を高らかに上げる。

周りを見渡すと、予想以上に多くの者が挙手し、ネフィスに票を入れる意思を示していることが分かった。これは圧倒的な数だ。


「ネフィス33票。では次にポリエスを協会長とすることに是とする者。手を上げい。」


既に勝敗は決していた。残りは最大17票しかないのだから。

当然、挙手をしている者は見渡す限り、ぽつりぽつりといった感じだ。


「ポリエスは9票。その他8票は棄権とみなす。」


テレスがこのような形で決議の結果を述べたのであった。


最終的にはネフィスが33票、ポリエスが9票、棄権が8票となり、この瞬間、ネフィスが新しい代弁者協会長に就任することが確定したのだった。


「新協会長はネフィスじゃ。」


テレスはこのように声をあげると、ネフィスとテレスの新旧協会長2人はがっちりと握手をし、16代目代弁者協会が正式に誕生したのであった。

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