第37話 新人


俺が代弁者になって1年が経過した。

この間、新人ながら良くも悪くも代弁者の活動に突っ走ってきた。


1年が経過したということは、学院の下の世代の卒業生が世に出てくる時期だ。

そして、どうやら今年も1人、学院の卒業生が代弁者を志望しているというもっぱらの噂だ。


俺にも早くも後輩ができるということになるのかと思うと、少々感慨深く感じている。


そんなある日のことであった。


「アシュル、協会長が君を呼んでいるよ。」


いつものように部屋で執務していると、イザベルが俺を呼びに来た。


協会長のテレスから個別に呼び出されることは滅多にない。

一体何の用だろうと思いつつ、イザベルにお礼を言うと、俺は協会長の部屋に向かった。


「失礼します。」


俺が協会長の部屋に入ると、協会長とともに見慣れない男がそこにいた。


「アシュル、今日から君がこの子の指導をしなさい。ほっほっほ。」

「経験の浅い僕がですか?」

「君が妥当ですよ。ほれ、挨拶をするのですよ。」


明らかに学生感が抜けきれない男。彼がきっと噂の新人であると理解した。

赤髪の少し目つきが悪い男は、協会長に促されて一歩前に出る。


「俺、ムラーキっす。よろしくっす。」

「はぁ、よろしく。」


人は見かけによらないと思いたいところだが、見た目どおりの態度で言葉も雑でふてくされている。

俺はなんだか貧乏くじを引いてしまった気がする。業務の時間を割いてまで教える必要があるのだから、やる気がないのであれば正直辞退したい気持ちである。


「ムラーキよ、アシュルは若手で有望株だからよく学びなさい。ほっほっほ。」


しかし、これは協会長の直々の指名であるため、やるべきことをしっかりやるしかない。

当面は、俺がトーレスに指導してもらったとおり、自分の仕事を見学させて、適宜説明をしていくという流れになりそうだ。


こうして、ムラーキのチューターとしての役割を担うことになって、協会長の部屋を出ると、ムラーキと二人となったため、本人から話を聞いてみることにした。


「ところで、君はどうして代弁者を選んだの?」

「別に理由はないっすね。プリビレッジにヘコヘコして働きたくない程度っす。」

「君の理由はともかく、」代弁者になったからには、平民の代表としてしっかり働いてもらうからね。」

「へーい。」


視線も合わせず、先輩に対して横柄な態度であった。

ムラーキの答えを素直に受け取れば、情熱や信念が全くないのに代弁者になってしまったようである。

印象は正直悪かった。


とはいえ、実際に平民の救いを求める声を聞いていけば、自ずとやる気がでてくることもある。

頭ごなしに決めつけない方がよいだろう。とにかく、先輩としてそつなく指導していこう。


その後、しばらく机仕事をしていたが、いつもの日課のとおり、本日の相談担当の時間となったため、ムラーキを連れて相談室に向かった。


ムラーキと二人で相談部屋に入ると、そこには40歳前後の女性が待っていた。

早速、本人から相談の概要を聴取する。


「今日はどういう相談でしょうか。」

「先日、うちの子供がプリビレッジに暴力を受けました。どうすればよいか分からなく相談に来ました。」

「暴力をふるったのは知り合いのプリビレッジですか。名前や派閥などが分かると助かります。」

「すみません。どこの誰かまでは分かりません。」


女性に詳しく話を聞いてみると、相談者であるジュカの12歳の息子であるヤーマンがコーディアル地区でプリビレッジの青年にぶつかってしまったときに、顔にビンタを2発受けたという話であった。

第一種王令の下、暴力を振るうことができるのは魔力持ちであるプリビレッジであるので、その青年がプリビレッジということは間違いないだろうが、どこの誰かまでは特定できていないとのことであった。


プリビレッジの「青年」というだけでは情報収集するのも難しい。代弁者協会は捜査機関でもないので、事件の捜査を行うためのマンパワーやノウハウもないためだ。

そして、その犯人を特定できなければ、代弁者としても対抗措置を取ることは難しい。


「犯人が分からないとなると、我々としてとれる手段はないですね。おそらく、そのプリビレッジはコーディアル地区によく来ている人物であると思いますので、まずはその人物を探すところからはじめてもらえませんか。」

「はぁ。自分たちで探すんですね。」

「はい。協会は捜査機関でないため、捜査することまではできません。もちろん、何か手がかりがあれば情報網を使って特定することができるかもしれません。とにかく、犯人と接触する必要はありませんし、完全に特定できなくてもよいです。特定するためにヒントとなる情報を持ってきてくれませんか。」

「そうですか・・・。」


ジュカは俺の話を聞くと、言葉数少なく、少し残念そうな顔をして部屋を後にした。

いつも相談者の期待に応えられるわけでないが、厳しい現実を突きつけるのはいつもつらい気持ちになる。


一方、ムラーキは相談者との会話をじっと聞いていた様子であったが、あからさまにつまらなそうという態度をしていた。


また、その30分後に別の相談が入っていたので、同じようにムラキーを連れて相談室に入ったところ、今度は50歳前後の男性が待っていた。


「今日はどういう相談でしょうか。」

「レストランをやってるのだけど、近くのプリビレッジが経営するレストランが嫌がらせをしてくるんだ。」


その男性から話を詳しく聞くと、最近、プリビレッジの経営するレストランで魔道具を駆使したきらびやかな演出で客を呼び込んでおり、そのころから相談者であるマントリオンの経営するレストランの客足が半減したとのことであった。

プリビレッジによる嫌がらせという言葉を使って話していたが、どうやら、プリビレッジのレストランが奇抜な営業をして、客足が減ったことが気に入らないという相談であった。


未確認情報であるが、話の流れからオーナーのプリビレッジがマントリオンのレストランで傷んだ食材を使っているなどと噂を流布し、営業妨害をしているという話もでてきたのだが、この点は尾ひれがついた情報を信じ込んでいるフシが疑われた。


「集客方法については基本的に営業の自由ですので、そこにケチをつけるのは正直難しいです。今度はマントリオンさんのお店でも良い宣伝方法を考えるのはいかがでしょうか。」

「なんもできないのかよ。じゃあ、営業妨害の方はどうなんだ?」

「その噂の話ですが、あなたの奥さんが友人から1度聞いたという程度なので、もう少し具体的な証言を集めてください。噂レベルでは介入するというわけにもいきません。」

「証言なんて集められるわけがないだろ。なんだよ。結局何もできないってことじゃないか。」


マントリオンは俺の話を聞くと、立腹した様子となり、「もういい!」と言い残して部屋を出て行ってしまった。


今日受けた相談は後味が悪いものであったが、代弁者の仕事も簡単でないということをムラーキにも理解してもらえたのでないかと、俺はポジティブに考えることにした。


夕刻になり、新人に残業させるような仕事もないので、この日は仕事の感想を聞いてムラーキを帰すことにした。


「今日はお疲れ様。一日代弁者の仕事をみて何か感想はあるかな?」

「こんなもんでしょ。所詮代弁者といっても平民だ。プリビレッジには何もできやしない。」

「ムラーキ、そんなことはないよ。代弁者の力で変えられることは多い。」

「でも、今日の相談でも実際プリビレッジに何もできないじゃないっすか。」

「そうとも限らないよ。それに今日の相談はプリビレッジ以前の問題だよ。」


ムラーキはふてぶてしい態度でこう言うと、俺の説明にも耳を貸すこともなく不機嫌な態度で帰っていった。


俺は、初日とはいえ、仕事に熱意をもたない人間にやる気を出させるのはなんとも骨が折れそうだと感じた。



翌日以降も、チューターという立場もあり、ムラーキを帯同して日々業務をこなしていく。

ムラーキは俺の相談や外回りに黙ってついてくるが、当初のころと変化はみられず、相変わらずだるそうな態度であった。


そんなある時、俺はムラーキに対し、俺も新人のときにトーレスから助言を受けたことを伝えることにした。


「ところでムラーキ、王令をちゃんと勉強している?この前あった身分関係の相談などは王令を理解していないと答えられないから。」

「王令っすか?全然覚えていないっすね。あんなのプリビレッジのためのものでしょ。」

「いいかい。代弁者としての最も大事な知識は王令だから。王令のことを熟知していないと、相談に適切に対応できないよ。」

「そうなんすか。適当に覚えてきまーす。」


俺は時折指導らしいこともしているが、ムラーキの反応はいつもイマイチだ。

ムラーキの方から業務について質問をしていくことは一度もない。


ムラーキの態度は日が経っても、一向に変わる様子もなかったため、俺は徐々にどうしたらよいのか少し悩み始めていた。

それと同時に、自分には指導力がなく、他の代弁者の方が彼のチューターにもっと適任ではないかとも思うようになってきていた。


ある日の昼、俺が一人で休憩場に行くと、パリシオンがいたため、少しそのことを相談してみることにした。


「アシュル、例の新人はどんな感じ?」

「正直、仕事にあまり熱心ではなさそうかな。僕の指導法にも問題があるかもしれないけど。とにかく苦戦している。」

「ジムトリィさんは舐められないよう、ときには厳しく指導したほうがよいと言っていたよ。しめろって。」

「ははは・・・さすがジムトリィさんだね。」


確かに、言うことを聞かないのであれば強く叱咤激励することが定石なのかもしれない。

しかし、高圧的に指導し、自分の価値観を強要しても、ムラーキは反発をするだけできっと考えを変えることができない。

自分の頭で考え、自分の意思で変わろうと行動しなければ全く意味がないのだ。


そういえば、前世における自分の経験としてこういう話があった。


中学生のときだった。俺は勉強の息抜きも兼ねていたが、割とゲームにハマっていた。

同世代の友達もみんなやっているというのが最大の理由であった。

ところが、父さんは「ゲームなんてやっていないで勉強しろ。」と注意ばかりしてくる。

もちろん、将来のために勉強することは大事なことだって中学生でも分かる。


だけど、100か0の話ではないはずである。

勉強ばかりでも集中力が続かないし、気晴らしも必要だ。それにこの年頃の少年は、ゲームをやっていないと周りと話も合わせられない。良好な人間関係を維持するためにも必要なツールなのだ。


それでも父さんは俺に頭ごなしに「やめろ」と一点張り。いい加減嫌気もさしてくる。

俺は一度だけ父さんに強く反発した。


「勉強のできる人も1日中勉強しているわけじゃないよ。学校生活を上手に過ごすために部活動や遊びと両立している人も多くいる。」

「お前は何も分かっていない。今他人よりも努力しないと、将来は真っ暗だ。いいから父さんの言う通りにゲームは捨てなさい。」

「・・・。」


しかし、何を言っても無駄だった。父さんは端から俺の言葉なんて聞く耳すらなかった。


それ以来、俺は徐々に学校生活でも無になっていき、周囲と上手くやっていけなくなった。

俺の心は徐々に壊れていき、父に対する憎悪とそれでも逆らうことのできない自分の弱さに対する失望が混ざったような感情に悩まされた。


これは前世の俺にとって、とても辛い記憶であったが、それももはや遠い昔のこと。

けれども、その教訓だけはこの世界でもしっかり受け止めておこう。


そうすると、やはりムラーキの態度に対して、頭ごなしに押し付けるような指導をしてはならないと思う。



パリシオンと話した日の夜はマーガレットと会うことになっていた。

先日、マーガレットにはあるお願いごとをしていたため、その話を聞けると期待していた。


「マーガレット、ちゃんと聞いてくれた?」

「聞いたわ。」


ムラーキが自ら代弁者を選びながら、なぜこんな反抗的でやる気のない態度を続けるのが気になっていたため、マーガレットに、国王近衛隊に入ってきた学院の同期の平民にそれとなくムラーキのことを探ってほしいと頼んでいたのだ。


「そうね、うちの子が言うには、ムラーキは途中から学院でも孤立していたそうよ。プリビレッジの学生から嫌がらせを受けていたけど、誰も味方になってくれなくて。最後の1年間はかなりひどいものだったみたいなの。」

「そうだったんだ。学院は嫌がらせに対応してくれなかったのかな。ラフィーナ先生が知っていたら見過ごすはずはないと思うけど。」

「たぶん学院側はあまり干渉していないと思うわ。ラフィーナ先生は私たちの担任だったので下の学年とは直接関わっていないし。それに私たちが卒業して研究の方で忙しくしていたそうよ。」


マーガレットには言いにくいが、フリーラの事件があったため、それ以降プリビレッジ学生の平民学生へのあたりがきつくなったのは事実だ。

ラフィーナもフリーラの件もあって、しばらく学院を離れていたのだろう。


自分たちの世代はラフィーナもおり、また、平民の学生の間である程度団結できていた。そのため、プリビレッジの嫌がらせにもみんなで対応でき、特に一個人としてそんなことが問題になることはなかった。

だけど、下の世代が同じようにできたとは限らない。そう考えると、ムラーキのことは多少なりとも俺自身も責任を感じるところもある。


けれども、マーガレットから情報をもらって、ムラーキに必要な特効薬はなんとなく見つかったような気がする。


ムラーキはきっと学院時代に完全に鼻を折られてしまったのだ。プリビレッジと戦っても報われないと。


もし、そうだとすれば話は簡単だ。


俺が代弁者が平民のために、プリビレッジと毅然と戦っている姿を見せつけたらよいはのではないだろうか。

それがムラーキの中にこび着いたプリビレッジに太刀打ちできないというコンプレックスを消す一番の薬になる。


ようやくムラーキに対する突破口を見つけた気がして、最近少しネガティブだった気持ちが晴れた気がした。


「ところで、あれからカナディはどうなの?ちゃんと愛を深めている?」

「あーカナディ?」

「もう!いつもアシュルは私の話を真面目に聞いていない!」


ムラーキのことばかり考え込んでいたら、ついついマーガレットとの会話が飛んでしまった。迂闊であった。


マーガレットは話を聞いていないと、不機嫌になる傾向がある。そして、許してくれるまで結構時間がかかる。


「カナディは、なんやかんやいって婚前契約してから充実しているようだよ!きっとジャックさんがカナディのこと大切にしてくれているんじゃないかな。」

「へー。私も大切にされたいなー。」

「僕はいつもちゃんとマーガレットのこと大切にしているから!」


マーガレットのおかげで対応策がみつかったのでそのことにお礼をいい、また、それと同時に、マーガレットの機嫌を治すために、今度何かプレゼントすることを約束して、マーガレットをなだめることに成功したのであった。

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