第二十話 ファンタジーに笑われるSF

 昼間なのか夕暮れ時なのかわからない。

 薄ら明るい空が見える。

 少し暗い。室内。


 ――遠くで聞こえる重低音の鼓動。


 高校の……俺がいた二年三組の教室だ。

 担任は化学教師の佐藤。渾名は体型からペンギン。懐かしいなぁ。


 俺はそこにひとり立ってる。

 ここで何をしていたのだろう。

 何か思い出せそうで思い出せない。

 あぁ頭が重い。


「初めまして、だね」


 声のした方を見ると制服姿の女子が座っていた。

 薄い紫の髪、紫の瞳、雪のように白い顔。

 細い首、細い肩、ドッジボールで骨折しそうなぐらい華奢な身体。

 すげぇ美人だけど、うちのクラスにこんな子っていたか?


 ――遠くで聞こえる重低音の鼓動。


 派手に髪を染めるなんてやったらまず停学確定だ。県内有数の進学校だからその辺は厳しいんだ。しかもペンギンは学年主任。見逃してはくれないぞ……。


「心配してくれてありがとう。でも学年主任は来ないから安心してね」


 そうなんだ……というか、誰……?


「もうすぐ会えるけど、詳しく見ておきたくて、ちょっとお邪魔しました。興味深いね」


 そう言って彼女は窓の外へ目をやる。

 グランドではサッカー部、陸上部、テニス部が汗を流してる。


 ――遠くで聞こえる重低音の鼓動。


 グランドの向こうは国道だ。車やトラックがひっきりなしに走り抜ける。

 さらに向こうには新幹線の高架。


「これが君の生きてた世界なんだね。そうかー。子どもたちが何不自由なく学べるのって良いことだよ」


 彼女は振り向き微笑む。

 あぁこの子、人間じゃないかも。

 宇宙から来たナマコみたいなやつが口から出て来て俺の脳を食べて入れ替わろうとしてるんだな?


 或いは魑魅魍魎、俺はこの夢世界に囚われたまま目が覚めることなく、そして訳もわからず命を落とすとか?


 彼女は笑う。


「ひどいなぁ。私はそんな悪意ある存在じゃないよ。むしろ君の味方かな」


 その紫の瞳が悪戯っぽく俺を見つめてくる。


 ――遠くで聞こえる重低音の鼓動。


 ……こんな風に精神世界に侵入してくるのは、良からぬモノって相場は決まってるんだぜ?


「会った時わかるよ、すぐに」


 立ち上がると彼女は近づいてくる。

 耳元で囁かれる。


「君のことはよくわかった。歓迎するよ」


 目が覚める。 

 まだ暗い。

 ここどこだっけ。

 次第に頭がはっきりしてくる。

 あぁここはディザ帝国の来客用宿舎だ。

 まだ日の出前かぁ。


 変な夢見たなぁ。

 見覚えない女子が夢に出てくるなんて初めてだ。欲求不満なのか俺? 身体は十代の健全な肉体だもんなぁ。


 顔を洗おうと外へ出ると、オミがいた。


「早起きだねぇ」

「うん、何かおかしな夢見たんで目が覚めちゃったよ」

「私もぉ」

「オミも?どんな夢」

「あたしがまだ小さい頃に住んでた村にいたんだよねぇ。そこに紫髪の女の子がいて」

「紫の瞳?」

「そうそう。知らない子だったなぁ。で、話をしたんだ」


 あぁそうだ。カラーリングからしてディザ帝国の皇族やん。あぁそういう能力かぁ。

 なら敵ってわけではないよな。いや、洗脳?

 でもメリットは?

 後でユリーカに訊いてみよう。


 一時間と経たないうちに、次々と起きてきたハバ、ラミテス、オウルグ将軍も似たような夢を見たことがわかる。

 記憶を頼りに夢に出てきた女子の似顔絵を描く。全員揃って


「そっくりだ」


 とのこと。全員、昔住んでた場所で紫髪の女の子に出会い、なんてことのない会話をかわしてる。

 夢に入り込む能力っぽいな。何がしたかったんだろう。

 確かに悪意のようなものは感じられなかったけど。

 今日はディザ帝国の皇帝に謁見する日。事前調査みたいなものだろうか。確かに心に入られたら嘘はつけない。


 皇帝の居城も巨大な石造建築だ。

 ピラミッドを途中でカットしたかのような台形。

 見上げるような高さに調和の取れた作り。見とれてしまう。


 全員奥へと進み、そして下へ降りる。

 通路には篝火があり、かなり明るい。 

 さらに下へ下へ。

 ずっと奥に。

 遠くから聞こえる鼓動の重低音。


 大広間に通される。

 巨大な空間だ。

 俺たちは無言になる。

 何故かって?


 中にはそれはもうでっかいドラゴンが鎮座してたから。


 ディザ帝国にいるドラゴンって体長は五メートルぐらいだが、目の前のドラゴンは二十メートルはありそう。

 体毛は薄い紫。

 理知的な瞳は紫色。

 そして圧倒的な存在感に俺は気圧される。

 神々しい空気で埋められた空間。

 自分が矮小な存在なのを叩きつけられる感じだ。

 そしてはっきり聞こえる鼓動の重低音。

 夢に出てきたのってこのドラゴンさんやん……。


「よく来てくれた。まと国、ガイザ国からの客人よ」


 変声期前の少年ボイスが響き渡る。

 ドラゴンに目を奪われ気付かなかったが、小さな椅子に座る人物。


「世がディザ帝国皇帝メラクレス・ディザだ」


 子ども皇帝だ。慌てて膝をつくが、


「虚礼は無用だ。楽にしていてくれ」


 と年齢には相応しくない口調と威厳ある所作で置いてある椅子に腰掛ける。


「まと国、ガイザ国、両国に感謝を。そなたらがいなければ、我が国内は未だ混乱の最中にあったであろう」


 やたらと威圧してくるわけじゃないのな。それでも感じられるのは、さすが皇帝だよ。


 皇帝の後ろで控えているドラゴンと目が合う。優しく微笑んでいるように見えなくもない。


「気になるか?」


 不意に皇帝が俺の方を見て問う。


「はいっ」

「我らディザ皇族の原初にして母なる聖龍だ」


 いゃ〜こんなお方がいらっしゃったら、毛針猿なんか瞬殺だったろうにと思ったら、


(それがダメなのよね。私が出たらこの国は人が住めない土地になるから)


 と頭の中に響く声。ド、ドラゴンさん?!


(ええ。昨夜夢の中で会ったでしょう?)


 お、俺の考えてることわかるんでしょうか?


(ええ。この子達が持ってる能力はね、私が元々持ってるものなの。あなたも既に心を読む子に会ったでしょう?)


 あ、テレパス皇女さん?!

 ……ということはドラゴンさん、最強だわ。

 もしかして皇族の皆さんってドラゴンさんの子孫なのですか?


(いいえ。龍の子は龍、人は人からしか生まれない)


 はぁ、じゃ祝福みたいなものですかね?


(そういう解釈でいいわ)


 ドラゴンさんがウィンクした。


「稀なる魂を持つ者よ、ハヤと言ったか?」

「はい、そうでございます」

「良い、楽にせよ。我が帝国とそなたらのまと国、そしてガイザ国と国交を開く。そしてユリーカはまと王の妃となる。帝国から出たがっていたので、その望みが叶ったわけだ」


 皆、先代皇帝の子になるから、ユリーカは姉か。たくさんの兄と姉がいるんだろうけど。


 その後、幾つかのやり取りが行われ、謁見は終わった。


 その後の俺はと言えば、宿舎で横になって呆けてる。寝床の上で大の字だ。


 頭がふやけた感じで、その後のことは何も覚えてない。


 原因その一としては、巨大な帝国の頂点を年端もいかない少年だったのはインパクトありすぎた。そりゃまぁ政治システムは出来上がってはいるだろうけど。


 国のトップに求められる一番の役割というのは、決断するということなんだよな。こればかりは臣下の役目ではない。

 国の行末を背負う……俺? 無理無理、絶対。


 記憶が蘇る。

 あれは社長の出張に運転手兼任で同行した時。

 大手取引先の接待を終えた後「二人で飲まないか?」と誘われ、ふらりと入ったバー。

 そこで遅くまで話をした中で最も印象に残った一言。


「経営者として一番しんどいのは決断の連続ということだ」


 普段、社員の前では決して見せない顔をした社長。俺も及ばずながら何となくそれはわかる。自分の決断ひとつで、という重責。


「年商二十億そこそこの企業なんて吹けば飛ぶようなもの。何かあれば一瞬で倒産だ」


 常々そう言ってた。自分の決断にそのリスクが常に付き纏う。俺みたいな一介のサラリーマンには想像つかないもん。


 社員の中には好き勝手に社長批判する奴いるけど、安全な観客席からだったら何とでも言えるわけで。


 ええかっこするわけじゃないけど、そういうことは出来なかったよ。天にツバ吐く行為な気がして。


 原因その二はあの聖龍。ファンタジー過ぎるだろ! 圧倒されたなぁ。


 帝国はその気になれば全部の大陸を制覇出来るだろうけど、多分やらないんだろうな。

 あの聖龍が控えてるってだけで自重するんだと思う。ありがたいことだ。ディザ帝国に勝てる国は今のところないからね。


 記憶がはっきりしてるうちに聖龍のスケッチしておこう。ついでに夢に出てきた姿も。


「まぁ綺麗に描いてくれたのね?」

「おわあっ?!」


 女子姿のドラゴンさん?! いつの間に?


「あのー、人間の姿に変化出来る的なもんですか?」

「いいえ。この身体は、そうね、あなたにわかりやすい言葉を選ぶとすればコミュニケーターってところかしら?」

「ああー、形態が違いすぎる生物との対話用分身? ドローンみたいな?」

「そうそう」


 ヒューマノイドとかけ離れた、例えば胞子植物の群体が進化して神経ネットワークを通して意思を持ち、思考するタイプのエイリアン。

 そんな彼らが人間型のバイオロボを作って人類に接触してくる的なものか。


「ふふっ。相変わらずあなたの頭の中は面白いわね」


 ファンタジーな不思議生物にSFを笑われたぞ?


「ええっと、何か御用でしょうか?」

「今回のことの原因、あなたなら理解できるかなと思ってあの子に話したの」

「あの子とは?」

「メラクレス」

「皇帝?」

「そう」

「そりゃ知りたいですけど……俺が聞いてもいいもんでしょうか?」

「いいのよ。あの黒い獣、あなた達が毛針猿と呼ぶ獣ね、あれは人が介入してやって来たの」

「人? 邪神の信徒とか悪の秘密結社とか?」

「いいえ。帝国の皇族……その一部」

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