第四話「迷子の子猫ちゃん事件」7

 橋塚由比の自宅は、割と大きかった。

 上流階級というにはいささか物足りないが、生活レベル的には確実に中流以上はあるだろう。

 少なくとも、折座屋宅よりはひと回り以上の大きさがあった。

「おお……すごいな、これは」

 家の大きさで幸福度は図れないが、しかしどうしても頭の片隅をかすめてしまうものだ。

 世の中の理不尽さというか、不公平さを。

「そ、そうかな……そうかも」

 橋塚は折座屋の反応に、やや照れたように頬を染めていた。その反対側では、武村が険しい顔つきをしている。

「お父さんとお母さんが猫が好きだから。どうしても広い家がいいって言ってこうなったんだって」

「なるほどな。猫には詳しくないが、確かに広い家がよさそうだ」

 由比に案内され、折座屋と武村は橋塚宅へと通された。

 家の中は、広々とした空間が広がっていた。柱や壁が少なく、代わりに猫が走り回ったり遊んだりしやすい空間を意識しているのだろう。

 そこかしこに猫用におもちゃが転がっている。これは、決して片付けていないわけではなく、いつでもリオンが遊びやすいようにという配慮だろうか。

 折座屋は猫はおろか、動物すら飼った事がないので、そのあたりの事はよくわからなかった。

「それじゃあこっちへ」

 由比に案内され、折座屋と武村はリビングルームへと通される。ここまで武村が終始機嫌がよろしくないようなのが由比には気にかかった。

 何か、余計な事を口走っただろうかと記憶をさぐる。けれど、それらしい言動はここまでない。

 にこにこと愛想よくしている様が、余計に由比の恐怖をふくらませるのだった。ちなみに、折座屋はその事には気が付いていない。

 客人に粗茶をふるまい、由比はふたりの対面に座った。

「ええと……それで何か聞きたい事があったんじゃ?」

「そうだ。実はちょっとした目撃情報があってな。リオンの事なんだが」

「リオン、見付かったの!」

 由比は驚いたように目を見張った。まさしく、吉報に振れた時の反応だ。

「まだだ。まだリオンは見付かっていない」

 折座屋がそう告げると、由比の表情は一転して暗くなってしまった。当然だろう。

 希望を与えて、それを奪ってしまった形だ。折座屋としても、申し訳ない限りだ。

「だが、有力な情報を得た」

「ど、どんな情報!」

「由比さん、落ち着いて」

 取り乱したように折座屋の肩を掴み、ガクガクとゆすってくる由比を武村が止めるという、謎の現象が発生していた。

「落ち着いて、落ち着いて!」

 ぐわんぐわんと視界が揺れる。折座屋は頭の奥がちょっとずつぐらぐらしてくるようだった。

 武村が止めに入ってくれてはいるが、由比が落ち着きを取り戻すのにはもう少しかかりそうだ。

 そうして折座屋が目を回していると、頭の中にひとつのアイデアが降りてくる。

「橋塚、待ってくれ橋塚」

 折座屋が由比の肩を掴み、動きを止める。由比は驚いたように目を見開き、体を縮こまらせた。

「ご、ごめん、折座屋くん。私……」

「大丈夫だ。別に怒ったわけじゃない。それより聞いてくれ」

 この程度で怒ったりなんてしない。それどころか、自分のアイデアにある種酔っているような感覚があった。

「連れ去った奴の目的が何であれ、猫を完全に閉じ込めておく事は不可能だと思う」

「まあそうだね。ちょっとした隙間から外に出ようとするから」

 由比は両手を合わせ、くねくねさせる。おそらく脱走しようとする子猫の動きを表しているのだろう。

「つまりだ。リオンの活動時間に合わせて見回りをすればいい」

「…………」

 すばらしい提案だ、とでも言いたげに、折座屋はパチンと指を鳴らす。

 が、由比の反応は薄かった。武村でさえ、この提案には首をかしげている。

「……言いたい事はわかるんだけど、折座屋くん」

 由比はやれやれといった様子で肩をすくめている。

「猫ってね、気分屋なの。だから見回ったところで、そう簡単に姿を現すとは思えないし、かなり人見知りするから誰でも懐くってわけでもないし、何より環境の変化に弱いから体を壊してないか心配」

 と言ったのは由比だ。武村は折座屋の隣でうなずいている。

「つまり、何が言いたいんだ?」

「つまりね、そう単純な話じゃないって事。猫って警戒心強いし」

「なるほどな。さすがは橋塚だ。俺が口を挟むべきじゃなかったな」

「あっ……や、大丈夫」

 折座屋が素直に感じたままを口にすると、由比はやや顔を赤らめて顔を逸らした。

 武村としては、引っかかる反応だ。

「それじゃあどうするか。何にせよ、目撃証言がそれだけしかないからな」

 喉に何かがつっかえたような感覚の武村に気付く事なく、話は進行していく。

「……わからない。無事だといいんだけど」

「ああ、まあそうだな」

 そのフード野郎がどんな人間かわからない以上、リオンの身に危険が迫っている可能性は十分に考えられた。

 できれば、一秒でも早く助け出したいところだ。

 どうしすればいいのか、皆目見当も付かない。折座屋が妙案だと思っていた提案はあっさり一蹴された。

 手がかりはアニメのグッズを身に付けていたというただそれだけ。

 黒いフードで顔を隠していたというその人物は、非常に狡猾だ。

 何が目的なのかわからないが、ともかく、見つけ出すのは至難だろう。

 折座屋は腕を組み、天井を仰ぐ。

 犯人を見付けるための手がかり。あまり多くはないが、ここから絞り込める事はあるだろうか。

 しんと、静まり返る。誰も案が出ないのか、言葉を発する事はなかった。

 しばし思案して、パンッと折座屋は自分の膝あたりを叩いた。

「仕方がないな」

 ひとりそう呟いて、きりっとした表情になる。

 さて、何を言い出すのだろう。武村と由比は折座屋の方をみやる。

 ふたりに注目され、やや照れくささを感じながらも、折座屋は言い放った。

「……生人に相談するか!」

 ぽかんとする由比の横で、武村はたはは、と苦笑するのだった。

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