第三話「だいすきなあなたへ」7
事態に変化があったのは、折座屋が生人の部屋を訪ねて二日後の事だった。
その日も、折座屋はようすけの姿を探していた。とはいえ、そろそろ心が折れそうな気がしていた。何の進展もないからだ。
相変わらず、ようすけの影も形も見付けられなかった。
なぜなのかはわからなかった。探し方が悪いのか、それとも何か別の理由からか。
いずれにせよ、生人と武村の言う通りなのかもしれない、と折座屋はぼんやりと考えていた。
その時だった。視界の端に知った顔を見付けてしまったのは。
「……ようすけ」
折座屋は瞬時にその方向へと顔を向ける。すると、ようすけの方も折座屋を振り返った。
パッと、ようすけの表情が明るくなる。
「おりざやさん、こんにちは」
折座屋がようすけに駆け寄ると、ようすけは笑顔で挨拶をしてくる。
「こんにちはってお前……」
どこで何をしていた、と問いただしそうになったが、ぐっとこらえた。
ようすけとはあくまでもただの顔見知りだ。それ以外の何でもない。
この少年とて、そう思っているはずだ。
折座屋は自身にそう言い聞かせ、ほうっと息を吐く。
「こんなところで何をしているんだ? またおつかいか?」
「はい。おかあさんがたいちょうをくずしてしまったので、おくすりとたべられるものを」
「そうか……そいつは偉いな」
折座屋はようすけの頭を撫でた。
生人や武村の言う通り、取り越し苦労だったのだろうか。こうして話をしていると、ようすけは幸せそうに見えるのだから不思議だ。
「ところで、何か困った事はないか?」
「はあ……ええと」
「何でもいいんだ。俺が力になろう」
「でも、うーん……べつにないかなぁ」
ようすけは視線を虚空へと向けていた。その態度からは、先の言葉は本当なのだろうと思わせる。
何にせよ、折座屋の心配は徒労に終わった。ようすけは困った事態に巻き込まれたりはしておらず、助けを求めてもいない。
とりあえずは、ほっとした。
「……そうか。それならいいんだ」
「アンタッ! 何をしているのッ!」
折座屋が胸を撫で下ろしていると、道の向こう側から声が聞こえてきた。
丁度、ようすけを挟んだ向かい側からだ。
誰だ、と思い、そちらへと視線をやる。すると、その先にはひとりの女性が立っていた。
ボサボサの髪に目の下の隈、よれよれの服装をした女性だった。
年の頃は二十代か三十代か。もしかしたらもっと上という事もあり得るのかもしれない。
ともかく、折座屋としては女性の年齢や容姿よりも、もっと気にかかる事があった。
それは、彼女のまとう雰囲気だ。
「ええと……」
あまりにも殺気立っていた。まるで、背後に鬼か悪魔でも控えているんじゃないかと思ってしまうほどだ。
腕っ節には多少自信がある。当然だ、日頃から鍛えているのだから。
しかし、勝てないと思ってしまった。彼女のあまりの迫力に、気圧されたのだ。
「おかあさん」
ようすけが嬉しそうな声を上げる。
おかあさんと呼ばれた女性は、ダダダッとおよそ見た目からは想像できないほどの速度で走って来て、バッとようすけを庇うように折座屋の前に立ちはだかる。
近くで見ると、彼女の線の細さがよりくっきりとわかった。
鎖骨は生々しく浮き出ており、手足はすごく細い。およそ荒事には向いていないだろう体躯をしている。
それでも、血走った目がだけがギロリと折座屋を睨み据えていた。
事実として、今ここで飛びかかられたとしても彼女を組み伏せる事は十分可能だろう。
それでも、殺されるのではないかと肝が冷えた。それくらい、ようすけの母親は尋常ではない目付きをしていたのだ。
「だいじょうぶだよ、おかあさん」
ようすけは母親の肩を叩き、優しくなだめている。
「このひとはおりざやさん。まえにはなしたあたらしいおともだちだよ」
「あ、ええと……どうも。俺は折座屋翔吾といいます」
ようすけに紹介されて、折座屋は頭を下げる。が、ようすけの母親は獰猛な猛獣のような目で折座屋を睨み据えたまま、返事をしようとはしなかった。
くるりと踵を返し、ようすけの手を引いて来た道を戻っていく。
ペタペタという足音が耳に届き、母親の足下を見ると、はだしだった事にようやく気が付いた。
振り返り、小さく手を振るようすけの姿が、やけに印象に残っていた
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