ようこそファミヒスへ! 雷銀の狼幼女とスマホ魔法使いは帰宅ミッション挑戦中 魔法使いたちの//クロスロード ――ver.C→――

なぎねこ

レセプションは二十(はち)時から

 聞こえますか、先生ししょー。こちらすばる。解体作業順調です。

 補助電源付ほじょ端末外演算ユニットたんを三つ、串刺しでオシャカにされちまったけど、雨降り出したから、お客様はそろそろ帰りそうだし、なんとかなり――あ、やべ! これって狐の嫁入りじゃん。

 訂正! たった今ほかのも全部持ってかれちゃった。

 そんなわけで残りはスマホしかないけれど多分、大丈夫でーじょーぶ。いざとなったら自力で『読んで』バラすから。

 大丈夫だよ。マジでホントに。

 ……そりゃあ、予定よりはちょい遅れるかもしれないけど、まだ二十はち時からのレセプションの開始まで六時間近くあるし……約束? そんなのもちろん分かってるよ。勘当はともかくこんなタイミングで破門なんて絶対にだからね、死んだって使わないよ。

 それよかさ、今日ばかりは俺もちゃんとドレスコード守るから、アイツには『あとで会場でな』って伝えといて。

 じゃあ、両手開けなきゃ作業に支障が出るからスマホはスピーカーにしとっけど、爆弾の解体この仕事が終わったら、すぐにそっちに降りるんで会場内のことは任せるよ。


  ◇


 ――頭、痛ってぇ……けど、なんとか切り抜けたみてーだな。って、え――!?

 軋みを上げるこめかみに、内側から叩き起こされた俺は、痛む部分が他にはないことに、安堵しいしい身を起こしかけ、手のひらに感じた強烈な違和感に、目を見開いた。途端、ぶり返してきた刺すような痛みに思わず顔を顰める。

 いや、顰めたのは頭痛のせいだけじゃない。

 なんというか、まるでアイツの髪に触れた時みたいじゃなかったか、今。

 ギョッとしたあまり、引っがす勢いで離してしまった右手と、起き上がりかけの体を支えている左手。腰回りに軽く力を込めて、上半身をしっかりと支え直した俺は、自由になった両手でもって今度はこわごわと頭髪に指を這わせ、絡ませてみる。

 おかしい。俺の髪がこんなに柔らけーワケねーし、大体、ここはどこだ? 見たトコ、和室みてーだけど会場にこんな部屋あったっけかな……?

 あれ? そもそも俺、どうやってここに?

 変だな。思い出せねえや。

 いよいよ奇っ怪。痛くない方の頭の隅で、端的に浮かべると、何かヒントが見つかりやしないかと、俺はぐるりと部屋の中を見回すことにした。

 まず右手側。床の間があり、鞘におさまったままの太刀と脇差が飾ってある。

 奥側と手前には、手作り感あふれる掛け軸に、金彩の施された壺が赤白で一口ずつ。

 その反対へと首を巡らせると、モノクロの写真が額縁に入れられ、長押なげしに三人分飾られている。

 写っているのは男二人に、女性が一名。日本海軍の軍服に、袴姿に、留袖姿。服装からして戦前か戦中おおむかしに撮影されたものだろうか?

 二間続きの襖は開け放たれていて、その向こうに置かれた座卓の天板には、和室には似つかわしくないペット用のキャリーが二つ並んでいる。サイズはどうみても、小型犬用だ。

 部屋の明かりは消えているが、まだ日が高い時間らしく、自然光だけで部屋の中は十分明るい。

 だから照明はいていなくて――、って、なんか天井高くないか? 座ってるせいか?

 どこか違和感を感じた俺は、立ち上がりながら再びあたりを見渡した。

 ふうむ、レセプション会場のホテルの和室にしちゃあ、生活感ありすぎ。一般家庭の二間続きの日本間ってところだな、こりゃ。

 天井は、うん。やっぱ不自然に高い。

 俺は思った。

 三メートルじゃ効かなくね? 見たトコ、天井高以外は普通の日本間なのに、なんでこんな作りにしたんだろう。

 これじゃあ照明入れるのだって不便じゃねーか。

 実際、紐に手が届かないしさあ。

 他に妙なところは――さらに確かめようと、窓ガラスの向こう、庭先へと目を向けた俺は、ガラスに映り込んだ自身の姿に、思いがけず、うわッと叫んでしまった。

 そう、俺の喉から出せるワケのない、それこそ小学生になるかならないかくらいの、幼い女の子そのもの、な声で。

 

 ……落ち着け。目を閉じて、最初から考えるんだ。えーと、俺の名前は、宮代みやしろ、昴。高校二年生で……十七歳。

 別に秘密ってわけじゃない、代々続く魔法使いの家の生まれ。もちろん俺自身も魔法使い。

 今日は確か、自宅からほど近い都内のホテルでレセプションがあったんだった。

 だから朝から会場入りしていて、警備に駆り出された。間違えねえ。

 しかも、しかもだ。

 ここにいる理由はともかくとして、自己認識には何一つ問題がなさそうだ。確信した上で、俺は再び目を開けた。

「男子高校生が見た目外国人な小学生くらいの女の子って、ありえなさすぎだっての。夢でも見てるのか、俺?」

 みっとも無くへたり込んだ姿勢のまま、独りち、頬をぎゅうっと抓ってみる。

 しっかり痛い。

 やっぱり夢ではなさそう。

 ああそうだ、思いだした。あの時咄嗟に撃った魔法のせいだ。信じたくないけど、それしか考えられない。

 ……魔法使いが自分の魔法を疑うとか、ナンセンスにもほどがあるけど、仕方ないだろ。

 心のなかで、誰にでもなくそうこぼすと、俺は、目にかかる、淡いブルネットの癖毛を子ども特有の丸っこい指で摘みあげた。往生際悪く信じたくない一念で、うう、と唸る。

 あんな甘い練りで補助端ほじょたん抜きで発動するとか、逆にやっかいな魔法じゃねーかよ。

 きちんと修練して先生と母さんの許しを得るまで、使うなって言ったのが、こういう意味なんだったら先に教えといてくれよ……。

 レセプション会場にいるはずの二人の顔を思い浮かべ、胸の中でクレームをいれるが、なんの慰めになるワケでもない。

 大体、あの場を収めるために、魔法を使ったのは俺自身だ。魔法使いなら、自分の魔法の責任は自分で持つしかねえ。

 ガキのころから何十遍も聞かされた先生の口癖を心に浮かべ、唇を引き結ぶと、俺は居住まいを正す。

 俺ら、宮代家の魔法使い「明かし」が使う、「読み」――自らの五感を操作する魔法とは別の、宮代の血筋に宿った、もう一つの魔法。

 親戚中を探しても、母さんと俺の二人くらいしか使い手がいない――母さんについては、正確には「元・使い手」だけど――やたらに古めかしい「あらはし」という名を持ったコイツは、思い描いたことを現実に反映させる、名前通りの単純な魔法だった。

 それだけであれば、金銀財宝でも宝石でも作り放題な、スゲー秘術にも聞こえるこの力は、シンプルさゆえに、望んだ出来栄えを得るためには、細部まで面倒をみるのが必須という性質を持っている。

 しかも、ありがたいことに、発動させるだけなら超簡単。「顕し」の魔法を生まれ持ってさえいれば、願いの中身にもよるけど、ほんのわずかな魔力消費でも発動しやがるときたもんだ。

 まあ、さっきの俺は、加減が分からないから全力を込めてしまったけれども。

『魔法っていうか、あんなの呪いよ、呪い! 本家の爺様方の決定だから、笙真のためにも『顕し封じ』は解いてあげるけど、お守りって意味だからね。勝手に使ったら勘当に破門ものってこと、覚えときなさい』

 腰に手をあて、本当に先生に破門を迫りかねない勢いを見せていた、今朝の母さんの姿。自嘲気味にそいつを思い出した俺は、心の中で詫びの言葉と言い訳を告げる。

 ごめん母さん。でも、仕方なかったんだ。

 だって、今晩のレセプションとスピーチ、それから調印式は、我が家うちはもちろん、世界中の魔法使いにとって、おそらくは史上最も大事なイベントになるからって、先生も母さんも、大人たちはずっと前から騒いでたじゃんか。

 それに、今夜のレセプションは俺たちみたいな、成年を控えた魔法使いたちのデビュタントも兼ねているって、小鳥がやたらに張り切っていたし――じゃなくて、とにかく先生か母さんに連絡しないと。

 幼馴染の姿と、先生に預けてしまった彼女への言伝のせいで、熱を帯びかけた頰をパシンと軽く張った俺は、とにかく今はスマホだと思い直した。

 

  ◇


「サイアク」

 そんなことだろうと思ったけれど、やっぱりスマホねーし。

 申し訳程度の大きさのポッケしかないブラウスに、スマホを入れておける場所はない。

 入っていたのは、小さな星のかたちの……醤油差し? 学校とかで流行ってるのか?

 ついでに言えば、チェック柄のスカートにはポケットすらない。

 靴下に至っては言わずもがなだから、見るまでもない。

 ……そういや、そもそも魔法使えるのか、今の俺って。

 短い身体検査の結果、予想通りスマホが見つからなかったことで、すっと冷えた頭が、スマホよりももっと大切なことにようやく思い至った。

 いつの間にか崩してしまった足で正座し直して、スカートの裾を整え、深呼吸。

 「読み」を使うだけだってのに、可笑しいくらい緊張しているのは、十中八九駄目だろうってのわかっているからだが、万が一ってこともあるだろうからと自分に言い聞かせて、いつもと同じように……あ、だめだなこれ。

 このちびっ子、魔力自体はあるけど、宮代の子供じゃあない。

 補助端を使って、ブーストをかける時の要領で、体内を巡る魔力の微かな熱を捕捉した俺は、「読み」を使えなかったことへの落胆八割、スマホがあればどうにかなりそうという、二割分の楽観的観測がマーブルに混じり合ったため息を吐く。

 窓ガラス越しに見える外の景色は十分明るい。

 レセプションは二十時からだ。まさかここが国外なはずはないし、電話くらいあるだろう。

 となれば、住民に接触すれば問題なしだ。

 よーし、そうとなれば――ん、足音。

「レベッカちゃん、起きてる? お部屋、開けてもいいかな?」

「う、うん。いいけど」

 いやに探るような声音が、閉め切られた襖越しに届くもんだから、俺も怪訝そうな声音をつくり、眉をへの字に寄せて答えてやる。

 すると、ゆっくりと開いた襖の隙間から顔を覗かせたのは見知らぬ女だった。

 年のころは、四十くらいで、髪はひっつめ。日焼けをあんまり気にしないたちなのか、ソバカスがあるけれど、まあまあ美人と言えなくもない顔立ちに見える。

 そんでもって、俺の知らない顔。いかにも怪しい。

 女は、警戒心を露わにしている俺を安心させたいのだろう。畳に女座りをして俺と目線を合わせ、そう努めているのが見え見えの穏やかな声音で話しかけてきた。  

 泣き黒子がチャーミングに見えるように、ちょいと首を傾げているのは、わざとだろうなと思いつつ、俺は彼女の言葉を聞く。

「ごめんね、知らないおばさんのうちだし、心配だよね。でもね、レベッカちゃんは、当分このお家に泊まるから、早く仲良しになってくれると、おばさん、嬉しいな?」

「えっ、どうして……?」

「東京の宮代さんの御屋敷で言われたでしょ? お母さんたちを探しに家出や無理ばっかりしちゃうから、人がいっぱいいる都会じゃあ危ないし、ここなら東京より落ち着いて過ごせるだろうからって」

「ママたちは……?」

「おばさんちからだと連絡がつかないの。でもね、きっと迎えにきてくれると思うわ。だからね……」

スゥ、と一呼吸置いてから、女は続けた。

「この町で過ごす間のお名前は、何がいいかな?」


 …………、……はい?


 えーと、見知らぬおばさん、さらりと言ってくれたけど、年端もいかない子どもに偽名を名乗れって普通の会話じゃないぞ。

 俺、じゃなくて、この子は一体、何者なんだよ?

 それに、今、東京の宮代の御屋敷って言ったよな。

 まさかとは思うけど、俺んちのことじゃあ……。でも、この子のことなんて、俺、何も聞いてないぞ。どういうことだ?

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