Seq. 16

「エクシイ、ちょっといいか」


 ミロと練習試合をした2日後、朝のホームルームを終えたカラスマル先生に呼ばれた。


「はい」

「午後の教練時間、特別会議室に来てくれ。今日の湧者教練には出なくていいからな」


 それだけ伝えられて終わった。


「何の話だった?」


 席に戻る途中でピアスから声をかけられる。


「ただの呼び出しだよ。闘技大会も近いし、たぶんあれのこと」

「そっか、去年もやったもんね。頑張ってね」


 お互いに最小限の言葉だけを交わして最初の授業の準備に取りかかった。


◆◆◆


 さて。いよいよ教練時間だ。

 去年と同じなら呼び出されたのは3人、うち1人はミロで確定だろう。

 あとの1人はいったい誰だろうか。


「失礼します」


 扉を数回ノックしてから開く。

 特別会議室には先に来ている人が1人だけいた。

 暇を持て余していたのだろう、机にもたれかかってぼんやり首を斜め上に向けていた。


「あれ、エリー?」


 その顔を見て疑問の声が漏れ出る。

 用件の予想が間違っていたという考えがよぎった。


「エクシイ先輩じゃないですか。先輩も呼び出されたんですね」

「そうなんだけど……」


 予期せぬ事態に頭を悩ませながら答えた。


「来るようにとしか言われなかったんですが、先輩何か知ってますか?」


 まさかエリーが……? とも思ったけれど、とてもそうだとは信じられない。

 いよいよ何の集まりなのか想像がつかなくなる。


「たった今わからなくなった」

「はあ……」


 僕の困惑にエリーも困惑を返す。


「あら、ワタクシが最後だったのね」


 いつの間にかミロが部屋へ入ってきていた。


「今年のメンバーは見知った顔ぶれだわ。面白いじゃない」


 エリーを見たミロの反応は僕と全く違う。動揺なんて欠けらもなく近くの席へ座った。


「これ、やっぱりそうなのかな?」

「変なことを聞くのね。それ以外に何があるというのかしら」


 僕の戸惑いは全く伝わらず、かわりに不思議そうにされた。


「だってそれなら……エリーが学園3位ってことだよね……」


 悪い冗談だろうか。

 エリーってそんなに強いイメージないんだけど。


「なんかとっても失礼なこと考えてませんか、エクシイ先輩」


 やっぱりこの子,心が読めるんじゃないかな。

 ジットリした目を向けられてしまった。


――ガチャッ


「よし、全員来ているな」


 扉が開いて現れたのはカラスマル先生だ。


「長い話になるから席に着いてくれ。どこでもいいぞ」


 先生が手を叩いて着席をうながしてくるので手近な席に座る。


「さて,1年のバーナム以外は検討がついていると思うが、順番に話すぞ。近々ベクマス闘技大会が開催されるのは知ってるな」

「えっと、聞いたことはある気がするんですけど……何でしたっけ?」


 僕とミロがうなずく一方でエリーが首を傾げながら手を挙げた。


「まあ簡単に言えば学園内での強さの順列をつけるための行事だ。週明けにもその暫定ランキングが発表されるだろう」


 各学園生は暫定ランキングを参考にして戦いたい相手の希望を提出する。

 1学期の期末試験後、各学園生の希望をもとに組まれたカードの試合が5日間かけて行われ、最終的なランキングが決定されるのだ。


 小声でエリーに補足する。


「行事自体は自由参加となってる。戦闘向きではない湧能力だってあるしな。だが学園としては、自分たちの実力を知るいい機会になるから、ぜひとも一人でも多く参加してほしいと思っている」


 うなずくエリーを確認しながら先生が淡々と説明を続ける。


「そこでだ。闘技大会への積極的な参加をうながすための広報活動をお前たちにやってもらいたい」


 カラスマル先生は最後にこう付け加えた。


「『学園湧者会』としてな」


◆◆◆


「学園湧者会ですか……」


 ひと通りの説明を終えたカラスマル先生が特別会議室を出ていったあと、エリーがつぶやいた。


「でもどうしてこの3人なんでしょう?」


 僕も去年、エリーと全く同じ質問をした覚えがある。


「上位3名よ」


 ミロが静かに口を開いた。

 エリーは何のことかわからない顔をしている。


「……なんの話ですか?」

「暫定ランキング上位3名。その人たちが学園湧者会を運営することになっているのよ」


 去年と同じなら1位は僕、2位がミロだ。

 つまり暫定3位なのが……。


「私がそうってことですか?」

「そうみたいだね……」


 この事実をいまだに信じられない僕が肯定した。

 信じられないのはエリーも一緒なのか、目を見開いている。


「なるほどー。強さには自信がありましたけど、知らないうちにそんなところまで昇りつめていたんですね」


 ミロと並び立つ実力者として認められた感動を噛みしめていた。

 

「でも1年生で暫定ランキングの上位に入ると、いろんな人から試合希望が出されて大変なのよ?」

「あぁ……思い出したくないことを……」


 ミロの言葉に去年の修羅場が勝手に思い起こされる。


 ベクマス闘技大会において1日に行われる試合は、第一から第三グラウンドと武道場を合わせた計4カ所でそれぞれ5回。つまり20回だ。

 ただし試合は同時進行で行うのため、1人が1日に出られるのは5試合までとなる。

 それが5日間あるわけで……。


「悪夢の25連戦……」


 干からびたような声が出た。


「エクシイは試合希望者があまりに多すぎて、大会期間中ずっとどこかで戦っている状態だったの」


 うなだれる僕についてミロがエリーに解説をしていた。


 突然現れた暫定1位の新入生。その実力を確かめたい気持ちはわからなくもない。

 あわよくば勝利して自分のランクを上げてやろうと考えた人もいたのだろう。


「はぁ……」


 去年ほどではないにせよ、今年も連戦を強いられると思うとため息が出る。

 でも今はそれどころではない。僕が頭を悩ませるべきは別のことだ。


――例年通り、学園湧者会にはデモンストレーションをしてもらうから、何か考えておいてくれ


 カラスマル先生が最後に言ったことだ。


「今年、どうしようか……」


 毎年恒例らしい、学園湧者会のやる気をアピールするための出し物。

 準備の時間を考えると悠長に構えている暇はない。なるべく早くアイデアを出さなければ。

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