第四十話 アイドル『パンタロニ・カルディ』のライブへご招待

 闘技戦が行われるまでの三日間、私たちは宮内庁が用意してくれた、王宮のすぐ隣にある豪華なホテルに滞在して美味しい料理を頂いたり、昼間は外出して王都見学をしていました。


 初日の話に戻りますが、宮内庁訪問の後、外から闘技戦が行われるコロッセオを見てきました。

 まるでイタリアのローマにあるコロッセオのようですが、そこよりは近代的な作りになっていますね。


「あたしたちこんな大きなところで戦うの? 観客いっぱいいるんじゃね?」


「このアルテーナコロッセオは三百年前から有る闘技場よ。五万人以上は入ると聞いているわね」


「ひー! そんな大勢の観客に見られてどうすんのさ! 王様だけでいいじゃん!」


「うへえ…… 今から緊張してきた……」


 と、三人は話していました。

 この日は夜にアイドルのライブがあるようで、ボチボチと人が集まってきているようです。

 そうそう、この国にもアイドルがいるんですよ。

 ポスターが貼ってあるんですけれど―― 何々?


 ――Pantaloni Caldi(ホットパンツの意) 結成3周年記念ライブ  『あなたの心を暖めたい! ズッキュンドキュン!』――


 何のこっちゃ。

 三人の女の子がポスターに写っているんですけれど、なかなか可愛いわね。

 でも私の若い時のほどでもありませんわ。

 あっ ジーノがそのポスターを見つけたようですよ。


「あああっ パンタロニ・カルディって、今人気絶頂のアイドルグループじゃん! まさか今日がライブなんて…… チケットなんて絶対売り切れているんだろうな……」


 と、ジーノはがっかりし、地面に手をついてorzのポーズ。

 彼がアイドル好きとは知りませんでした。

 きっと学校の男子たちで流行っているんでしょうね。

 彼の様子を見たビーチェが、ポスターを見ながらこう言います。


「どれどれ―― ふーん、おまえいのかよ。みんな大したことないじゃん」


「何言ってんだよっ エルマ(Elma)ちゃん、こんなに可愛いじゃねえか!」


「けっ エルマちゃーん! って吠えてろ!」


「ビーチェったら、ジーノに夢ぐらい見させてあげなさいよ。アイドルとデートや結婚なんて出来るわけじゃあるまいし、あなたは誰かといつか結婚するんでしょ?」


「「けけけけけ結婚!?」」


 ビーチェがジーノに噛みついて、ウスルラがビーチェをなだめてますが……

 二人とも結婚という言葉に反応してしまいました。

 まだ若い二人に異性と結婚なんてずっと先の儀式だと思っていて、特にビーチェは母親が再婚したばかりだから、自分がいつか当事者になると考えもしなかったでしょう。


「結婚だなんて…… そそそそんなこと考えてないし…… その……」


「エルマちゃんと結婚かあ…… うへへへ」


「バカタレがぁぁぁぁ!!」 バシイィィィッ


「痛たたたたたあっっっ」


 ビーチェは恐らくジーノと結婚することを想像しデレてしまったんでしょうが、ジーノの言動で一瞬で消え失せ、彼の頭をぶっ叩きました。

 まあ、ジーノはガキですからね。


「ハァ―― しょうがない子たちね。ホテルへ行くわよ」


 こうして三人はコロッセオを後にし、宮内庁指定のホテルへ向かいました。


---


 王宮からほど近い高級ホテルです。

 主に外国からのお偉いさんや、地方の有力な領主が泊まるようなところですね。

 パウジーニ伯爵ではランクが高すぎるかしら。うぷぷっ

 ロビーでは、秘書のアデーレさんが待っていました。


「あら、お早い帰りですね。ん? ジーノさん、どうかされたんですか?」


「アデーレさん! こいつですねえ。今晩コロッセオでやるライブに行きたかったみたいですよ」


 ビーチェがジーノを小バカにした表情でアデーレさんに言いました。

 続いてジーノが残念そうに言います。


「大人気のパンタロニ・カルディだから、チケットなんて売り切れてますよねえ……」


「そうですね…… おっしゃるように、毎回ライブチケットは発売から数日で完売という人気ぶりと聞いてます」


「ですよねえ…… 仕方ないです……」


 ジーノががっかりしていると、アデーレさんは少し考えている様子で再び彼の方へ顔を向けました。


「もしかしたら、何とかなるかも知れません。でもあまり期待しないで、お部屋でお待ち下さい」


「ええ!? 本当ですか!? よろしくお願いしますぅ!!」


 アデーレさんには空席の心当たりがあるようですが、何故宮内庁長官執事の彼女がどうにか出来ることが出来るんでしょうか。


 アデーレさんがホテルのチェックイン手続きをしてくれたので、ウルスラがサインだけをして部屋へ入ることになりました。

 そして私たち四人は、二十代後半と思われる部屋付きメイドさんとアデーレさんに部屋まで案内されると……


「お客様、こちらのお部屋でございます。お一人ずつの部屋をご用意いたしましたので、ごゆっくりおくつろぎ下さいませ」


「一人ずつぅ!? やったぁ!」

「ビーチェがいないと静かでいいよなー」

「何だと! おまえこそいなくてせいせいするわ!」

「あなたたち、ちょっと恥ずかしいからやめなさい!」


 メイドさんの説明で一人部屋とわかり喜ぶ二人ですが、ジーノの揶揄(からか)いでビーチェが怒鳴るといういつもの言い合いに、ウルスラが母親のように叱ります。

 それについてアデーレさんとメイドさんはさほど気にせず、連なっている四部屋のドアを次々に開けました。


「さっ どうぞ。お好きな部屋へ」


「わーい!」

「うひょほーい!」


 ビーチェとジーノは早速部屋へ飛び込み、バタンとドアを閉めてしまいました。

 ウルスラは呆れ顔。


『さて、私たちも休ませてもらいましょう』

「そうね…… お言葉に甘えます」


「では詳細がわかりましたらお呼びしますので、一旦失礼します」


 アデーレさんとメイドさんはお辞儀をして下がりました。

 あら? もし空席があったら私もライブへ行くことになるのかしら?


---


 アルテーナコロッセオにて行われる、パンタロニ・カルディのライブ開場時間が午後五時。

 現在、私たちがいる場所は――

 そう、客席の高階層にあるガラス張りのVIP席!

 なんとアデーレさんが用意してくれたんです!

 そのアデーレさんも付き添いで観覧しに来られ、その個室には合わせて五人いるわけですが――


「で、ビーチェは何でここに居るんだ?」

「べ、別にいいだろ!」

「何だよ、大したことないんじゃなかったのか?」

「歌とダンスが上手いかどうか確かめに来ただけだ。下手なら目も当てられないからな」

「全部下手ならこんなに観客が集まらないってば」

「――」

『まあまあ。みんなで楽しく観ましょうよ』


 ビーチェは気になって仕方がないようで、結局ライブを見に来てしまったのですね。

 ガラス越しから見える客席は、チケットが売り切れしまった通り満員御礼。

 約五万人がざわめきながら開演を待っています。

 それにしてもアデーレさんがVIP席を用意して下さるとは、何という好待遇なんでしょう。

 何か裏があるとは、考えすぎでしょうか。


「そ、それよりもさっ。あの真ん中のステージがあるところで、今度あたしたちが戦うことになるんだぞ。こんな大勢の観客の中で―― 今から緊張してきたああ!」

「うっ…… そう言われると俺もビビるわっ」

「私もあそこでやるの? どうしても目立っちゃうわね――」


 ビーチェは話を自分たちの戦いの事へらしましたが、ジーノは単純なのであっさりと話に乗ってしまいました。

 確かにこの五万人の群衆の中で、田舎街出身の二人がコロッセオの真ん中で戦うことは震えるほど緊張することでしょう。

 ウルスラもぼやいています。

 良かったです…… わたくしがその中に入っていなくて……


 ――ズンズンズンズン


 そろそろ開演の時間ですね。

 オープニングの、インストゥルメンタルの曲が流れてきました。

 会場もざわざわと盛り上がってきており、ジーノの表情もドキドキワクワクと楽しみで仕方がないようです。

 一方、ビーチェは無表情で腕を組んで座っています。


 ――ドヤドヤドヤドヤッ


 おや? VIP個室の裏が騒がしいですね。

 そこは私たちも通ってきた通路になっているので、他に誰か来たんでしょうか。


「――ハァ…… ようやくいらっしゃいましたね」


 アデーレさんが溜め息を吐き、そうつぶやきました。

 彼女のお連れ? 一体どなたが? もしかしてもしかすると?


 ――ガチャ


 ドアが開くと、アデーレさんにそっくりな女性が先に入り、次に青いドレスを着ているビーチェと同年代らしき女の子がドタドタとVIP室へ入りました。

 その女の子はスカートの裾を太股まで持ち上げて部屋まで駆け込んで来たので、それを見てしまったジーノは仰天!

 もうちょっとで見えてしまいそうです!

 え? 彼女からもオーラを感じる?


「ふうぅぅっ 間に合ったか? あっ まだ始まってないな。良かった!」

「陛下! そんなにスカートをはだけさせてみっともないです!」

「私がアイドルみたいなホットパンツを履くわけにはいかないだろう?」


 と言いながら彼女はスカートを下げました。

 ミニスカじゃなくても、パンツスーツスタイルもあるでしょうに。

 アデーレさんそっくりの女性は彼女に注意しながらも、たじたじになっています。

 相当なおてんば娘のようですが、今陛下と!?


「「「『へ、陛下ぁぁぁぁ!?』」」」


 私たち四人はそう叫びました。

 この女の子がガルバーニャ国の国王陛下、アルフォンシーナ様ですって?

 まるで地球の北欧にいるような、薄い色の金髪ボブヘアーにややきつめな目つきの碧眼をキラキラと輝かせている少女でした。

 おっぱいは…… ビーチェより一回り小さいですが、それでも立派ですよ?


「ああっ 君たちだね。ゴッフレードを倒したという強者つわものは!」


「すみません、皆様…… 陛下がびっくりさせようと、こちらへいらっしゃるのを口止めされてたんです……」


 アルフォンシーナ様がそう言った後、アデーレさんがとても申し訳なさそうに訳を話しました。

 私たちの会話にも反応しなかったのは、そういうことだったんですね。


「ふっふっふっ 驚いたか!? そう、私が国王のアルフォンシーナ・ディ・ステファーノだ!」


「「「『あっ ああっ…… よっ よろしくお願いします……』」」」


 陛下は私たちが驚いているのを見て、ドヤ顔で名乗りました。

 学校の教科書には陛下の絵が載っていると思うんですが、この世界は安い紙の本に写真を印刷出来る出来る技術が確立されていないので、本人を目の前にしてもひと目ではなかなか分かりづらいんですよね。

 魔法で撮影して映像化は出来るのですが、教科書に載せるまではしないようです。


「その驚きよう、取りあえず成功だな。たまにお忍びで出掛けて街の人たちに私の身分がバレたとき、彼らの顔を見るのが楽しみで仕方がなくてなあ。あはははっ」


「陛下、お戯れは程々になさい。申し遅れました。わたくし、国王陛下の執事、ルイーザ(Luisa)と申します。そこのアデーレの姉で、双子かとよく言われますが私が一つ上です。まったく陛下はいつもいつも私に苦労を掛けて…… あっ わたしの好物はボロネーゼとティラミスです。それから――」


「ルイーザ、そういうのはいいから。この所忙しかったから、久しぶりのライブを楽しむぞ!」


「は、はぁ……」


 ルイーザさんの自己紹介が止まらないので、陛下が強制的にめさせてしまいました。

 なるほど、アデーレさんのお姉様でしたか。

 陛下は面白そうな人柄ですが、ルイーザさんも変わっている方ですね。

 二人のやり取りをアデーレさんが見て、呆れ顔をしています。

 お堅い雰囲気ではなさそうで、粗暴なビーチェとは馬が合うかも知れませんね。

 さて、いよいよライブが開演しますよぉ!

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