ガチ恋にハマった私⑪
結局遥香は引き返せない最後の一歩を踏み留まることができた。
もちろん陽向からしてみれば刃物を向けられたという事実は消えることはないが、遥香が心の中でこのようなことになってしまった責任をずっと感じてはいた。
あの時軽い気持ちでホストへなんて誘わなければ、好きなゲームやアイドルを否定されたような気がして多少ムキになったことも憶えている。
ただそれでも遥香を嵌めようだとか痛い目に遭わせようだとかは思ってはいなかった。
付き合っている彼氏からは『今後は付き合いを控えた方がいい』とは言われたが、もう一度信じてみようという気持ちにはなっていた。
もっともここで遥香が封筒を受け取ればキッパリと関係を断つつもりではあったが。
そのような陽向の想いなんて露とも知らず、遥香はトボトボと自宅へ帰ると早速パソコンをつけた。 これは配信をして稼いでホストへ行こうと思ったからではない。 あるけじめをつけるためだ。
配信を始めるとすぐに常連を中心にある程度の人が集まった。
「みんな、いつも早く来てくれてありがとー!」
“こんな時間帯に配信してくれるの久々な気がする”
“何かあったの?”
「うん、あのね。 突然なんだけど決めたことがあるから発表するね」
“え、もしかして引退?”
“そんなの急過ぎるって”
「引退なんかじゃないって。 みんなと一緒に過ごした時間は楽しくて私にとってかけがえのない日常の1コマになっていた。
・・・だけど投げ銭のランキングシステムを始めて思うように楽しめないと思うことが多くなったの」
反応が少なくなった。
「だからこのランキングシステムは今月をもって廃止します!!」
“え・・・!?”
“止めちゃうんですか?”
「今までたくさんスパチャをしてくれた人はごめんね。 これまでのランキングの結果はちゃんと+αしてお礼をするから」
“まぁ投げ銭をほとんどしていない自分にとっては問題ないし、それでモチベが上がるならそうすべきだと思う”
「そう言ってくれてありがとう」
“個人的にする分には問題なしですか?”
「もちろん! 応援してくれるのは嬉しいから。 お礼とかはまた考えるよ」
“分かった。 それじゃあランキング廃止記念のスパチャ”
そう言って5000円を投げてくれた。 早速の投げ銭に少し安堵した。
―――よかった、正直不安だったけどそれ程問題なくランキングを廃止できそう。
そう思った時だった。
“おい、ふざけるなよ。 自分勝手にランキング廃止とか許されると思ってんのか?”
それは久しく見ていなかったTrueという名前。 最近投げ銭が少なくなり顔を出すことも減ってきた人だ。
「Trueさん・・・! 来てくれたんですね!」
そのことに喜びを感じたがTrueの様子がいつもと違うことはすぐに察した。 このままランキングを廃止すれば今月で最後となるお礼は投げ銭をしていないTrueはもらえないだろう。
“Trueさん、見ていたんですね”
“は? 金投げないと見ることも許されないって言ってんのか?”
“いや、そういうわけじゃないですけど。 俺も今日スパチャしていないし”
“投げ銭はしなくても配信は毎回見に来てるわ。 最近顔を出さないからって俺の悪口を言いやがって”
これがきっかけでコメント欄が荒れ出し遥香の手には負えなくなってしまった。
「あ、あの、Trueさん! Trueさんは今までたくさん応援してくれたから特別に何かお礼を考えるよ。 でもごめんね、今日はこれからちょっと用事があるからこの辺で終わります!」
“はあ!? おい、ちょま”
「じゃあまた次の配信で!!」
コメントが来る前に遥香は配信を切った。 これ以上配信を続ければ視聴者同士での喧嘩が激しくなってしまうと判断したためだ。
―――荒れるとは思っていたけどまさか違うことで・・・。
―――でもまさかTrueさんが配信には来てくれていたなんて。
―――スパチャどころか普通のコメントも残していなかったから気が付かなかった。
―――でも今はこうしちゃいられない、もう一つけじめをつけなくちゃいけないんだ。
遥香は準備をするとホストクラブへと向かった。 陽向との約束を果たすためだ。 店内へ入ろうとすると丁度裏口付近でシンジの姿を発見する。 ただどうも様子がおかしい。
いつもは綺麗に整っている髪がぐしゃぐしゃで息も荒い。 怪我をしているような感じではないがまるで喧嘩でもしてきたようだ。
「あ、シンジくん! ちょっと話が・・・」
「邪魔だよ!! 今急いでるんだ!!」
「痛ッ」
物凄い形相のシンジは遥香を思い切り突き飛ばすとどこかへと行ってしまった。
―――シンジくん、女の子に暴力を振るうような人だったんだ・・・。
元々決別を覚悟していたがこれで本当に決心がついた。 とはいえ時間が空くとまた気持ちが揺らいでしまう可能性があるため急いでシンジを追いかける。
「シ、シンジくん! 待ってよ!!」
シンジは急いではいたが格好のせいかそれ程速くなく見失うようなことはなかった。 とはいえ先程突き飛ばされた時に腰をぶつけていて、見失わないようにするのがやっと。
―――こんなに慌てているシンジくんは見たことがない。
―――そんなに急いで一体どこへ・・・?
追いかけているうちに何となくおかしいことに気付いた。 遥香の自宅であるマンションへどんどん近付いているような気がするのだ。
―――あれ、偶然・・・?
だが偶然ではなく遥香の住むマンションへと辿り着くとシンジはエントランスから侵入しようとした。
「ちょ、ちょっとシンジくん!!」
「・・・は? え、どうして遥香がここにいるわけ?」
「え、だって私、このマンションに住んでいるから」
「住んでる? それは丁度いい、ここを開けてくれ」
「え?」
当然ではあるが部外者はマンションには入れない。 だが遥香なら確かにエントランスの扉を開けることができる。 だが本当に彼を入れてもいいのだろうか。
「・・・いや、そんな血相変えた人を入れられないよ」
「はぁ!? ちッ、使えねーな」
そう言いながらシンジはスマートフォンを取り出し何かを操作して耳に当てた。
「・・・け、警察呼ばれるよ。 ここにいたらマズいから一度マンションから出た方がいいかも」
そう言った瞬間シンジは何とも言えない間抜けな顔をしてこちらを見た。
「・・・ど、どうしたの?」
「どうして盗聴器から遥香の声が聞こえるんだ?」
「へ? 盗聴器・・・?」
「まさか・・・」
そこで先に理解したのはシンジだった。
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