第33話 敵対するは——
「ここに来ると思ってました。なにせ、あの抜け道は私の一族しか知らないですからな」
「なんでアントンが……?」
「いい加減現実を直視したらどうですかシエル様? いえ、反逆者に敬称は不要ですな。シエル・エンティア」
「っ……⁉」
シエルの表情が歪む。
……なんで?
脳内に埋め尽くす言葉は、それだけだった。
従者にして家族……それがシエルとアントンを表す関係性であり、シエルが最も気を許している相手だ。
そんな彼が、当時の装備まで持ち出してシエル達と対峙している。
さすがに年齢を重ねているせいか鎧は付けておらず、普段通りの服装であるが、彼が手に持つ剣は過去に王から賜った業物だ。
敵を切り伏せる剣を持つアントンは、半ば茫然としているシエルを冷たい目で貫きながら大きくため息を吐き出した。
「仕方ない。元とはいえ主はこの状況を飲み込めない様子……なら」
ゆらりと刃が持ち上がり、シエルの隣へ。
「ティア・ソフニール……構えろ」
「ぇ——」
ティアがすぐに動けないのも仕方がないだろう。なにせ、相手は生きる伝説であり、最強の騎士であり、多少なりとも彼女に剣を教えた師匠でもあるのだから。
だが、アントンはティアに対しても敵意を宿した瞳を隠そうともしない。
「今回の件、許されるものではない。だが、わずかではあるが剣を教えた仲……オウル殿も亡き者になった以上、せめて私の手で終わらせてやる」
「……アントンはシエルの味方じゃなかったの?」
「二人とも疑問ばかりですな。その気持ちも分からなくもないですが……まあいいでしょう」
ため息交じりに、剣をおろして。
「そもそも、私はそこの男の従者ではありますが、本来は王国所属なのです。そして、騎士は王国の剣。王国の敵となった人間を切るのに理由がありますか?」
「私が言いたいのはそうじゃない! あなたはシエルを手にかけるのに躊躇は無いの⁉」
ティアの必死の問いかけ。
しかし、アントンの口から告げられたのは何の感情も乗っていない言葉だった。
「ありませんな」
「なんでそんな薄情なこと……⁉」
「薄情? なんで? 私からしたら貴方達の方が理解できない。王国の中心に身を置く立場でありながら、王国の道具に成り切れない半端者。そんな出来損ないに価値を見出す馬鹿が何処にいる?」
「そんな言い方——!」
「呆れるほかに無いな。ここまで状況が切迫しておきながら、こうして警戒しきれていない。だからこうして——」
突如、アントンの姿が消える。
次の瞬間には彼はすぐ隣で足を蹴り上げていて、代わりにティアが後方へと吹き飛ばされていた。
「真正面からの攻撃を許してしまうのだ」
「ティア!? っ——アントンお前!」
「なんですかな? まさか、敵に容赦をしろと? 甘いな」
「な——?」
反射的に掴みかかった手を掴まれる。
そう認識した瞬間には、シエルは空中に投げ飛ばされていた。
「がっ⁉」
「うう……」
どうやら、ティアのそばに落ちたらしい。
肺から空気が吐き出される感覚と痛みに悶えながら見れば、
しかし、それをアントンは許さない。
「……ここまで王城から離れれば
「きゃあっ!」
「剣も構えないとは……剣を持つ者が蹴り殺されたいか⁉」
二度目となる蹴りによる襲撃。
地に背中を付けたシエルが庇う暇もなく、ティアも咄嗟に守ろうとするも反応が遅れ吹き飛んだ。
「共に王国を出る以上、アレは強力な魔法を使えない。なのに、その程度の覚悟で王国を出ようとしていたのか? 片腹痛いわ!」
地面に転がるティアに、アントンの怒声が降る。
ティアは決して弱いわけじゃない。少女でありながら騎士団の騎士と肩を並べられるほどの実力者だ。
だが、混乱して実力が発揮できていない。そして、それ以上にアントンが強すぎた。
初撃の影響もあるだろうが、それを加味しても一方的な展開だった。
「守るだけでは誰も守れない。世界は残酷だ。残虐だ! 手をこまねいていればすぐに死神は刃を自分に向ける。知るだけでは足りず、理解だけでも足りない。それすらも分かっていない小娘がなぜ剣を取る?」
話しながらも、アントンは止まらない。
蹲るティアを持ち上げて蹴り飛ばす。またはそのまま蹴り飛ばす。一方的に彼女を痛めつけていた。
そんな彼女たちを、シエルは見ていることしか出来ない。
……いや、違う。
武芸と嗜んでいないから? そんなのは言い訳だ。
ただただ、豹変した家族に混乱し、どうしていいのか分からなくなっているだけだ。
分かっているのに、分かっているからこそ動けない。
「まだ剣と取らないか? オウル殿も向こうで残念がるだろうな……必死に支えた主人がこんな体たらくでは」
吹き飛ばされ、木に体を持たれさせるティアにアントンがゆっくりと迫る。
「あの青年も結局は飢えた餓鬼でしかなかったというわけか……終わりにするか」
天へ向けられた刃が、木漏れ日によって煌めいて。
「待っ——」
「待つわけがない」
シエルの懇願も虚しく、その凶刃は振り下ろされた。
「ティアッ‼」
音が消滅した森で、斜めに両断された樹木が滑り落ち、轟音を立てて倒れる。
吹き付ける突風に目を細める中で、シエルは
……もう、終わりなのか?
……始まってもいないのに?
道半ばですらなく、スタート地点にすら立てていない。
ガクリと足の力が抜け、地に膝を付く。
胸の奥……徐々に灯し始めていた熱が冷めていくのを感じながら、シエルは視線を落とした。
そんな時だ。
「私の事を言うのは構わないわ……」
死んだと思った彼女の声が聞こえてきたのは。
落としていた顔を跳ね上げれば、そこには未だ立っている彼女の姿があった。
「む……」
必殺の一閃をどうやってやり過ごしたのか? 俯いているティアの前で一歩、アントンが
彼の右腕には、うっすらと赤い線が引かれていて。
「あなたの言うことはもっともだわ。私は世界を知らない。そんな私を笑う者もいるでしょうね。でも……!」
ティアが顔を上げる。
その表情は怪我の痛みを受けても揺らいでおらず、眼光は死んでいなかった。
そして、右手に持つ刃を声高々に突きつけて魅せて。
「その私の夢を信じて、命まで賭けて送り出してくれたオウルを悪く言うのは許さないわ! 勝負よ! アントン・アルトーラ‼」
「……いいだろう。受けて立とう。ティア・ソフニール」
王国最強と王国の王女……実力差がありすぎる戦いが始まった。
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