第12話 秘めた高熱に振り回されて ①
作業を進めながら、鉱山の外を目指す。
万が一にも火花を出さないように探知した一帯を水没させ、石の破片と共に細い水流を発生させて魔爆石を切り出す。
おそらく世界一魔法の知識を持っているシエルだからこそ出来る魔法に、聖国組含めティアやレグランド卿すらも感嘆の息を吐く中、シエルはひたすらに作業を繰り返した。
そして——
「お、終わった……」
「お疲れ様です」
鉱山の入り口で、魔力を使い果たしたシエルは座り込むことになっていた。
「大丈夫ですか?」
ミュゼが心配そうにのぞき込んでくるが、あいにくとそんな余裕はない。
軽く手を振って応じると、代わりにアイナの腰にぶら下がっている剣がカチャリと鳴った。
「まあ、聖女様は魔力を使い果たしたこと無いっスからねぇ。こうなると結構大変なんスよ? 体は怠くなるし、気持ち悪いしで」
「そうなんですか? でも、私もアイナがそうなってるの見たことありませんけど……」
「聖女様の護衛を始めてからは無いっスもん。それに、ある程度耐えられるように鍛えてるっスから。たぶんそれは、彼の従者様も同じっスね」
「そうなの?」
ティアの問い。
確認の眼差しが降りてくるが、余裕が無いため同じように手で応じる。
代わりに答えてくれたのはアントンだ。
「そうですね……皆訓練自体しているはずです。ただ、魔力欠乏は魔力量に比例して辛くなりますので、どれだけ耐えられるのかは個人差がありますね」
「そっか。でも、シエルってそれなりにはあるけど、あまり多くないって言っていたような」
「……シエル様は慣れておりませんので。今回が初めてかと」
「へぇ……」
見ないでも分かる……ティアがニヤニヤと見下ろしているのが。
おおかた「弱みを握った」とか、「可愛らしいところもあるじゃない」なんてことを後になって言うのだろう。
……それは、嫌だな。
これでも、プライドくらいはあるのだ。
シエルは馬車酔いよりはマシ——と、気合を入れて立ち上がる。
「……そろそろ戻ろう」
「そうですね。歩けそうですか? 難しいなら私が背負いますが」
「いや、大丈夫。それよりもここに居座る方がマズい」
少しふらつきはするが、歩けないことはない。
だが、周りからはそうは見えないようで、ティアとミュゼが心配そうに眉を寄せている。
「大丈夫なのですか? まだ座っていた方が……」
「そうよ。仕事は終わってるし、急ぎの用はないでしょ? もう少し回復してからでも遅くないんじゃない?」
「お二人の言う通りっスよ。具体的には日が沈むくらいまでは座っててもいいっス」
二人に続くアイナ。
しかし、彼女の言葉は少しどころか、明らかにおかしい。
シエルはため息を吐くと、非難の籠った眼差しを露わにする。
「……気付いてただろ」
「さあ、なんのことっスかねぇ」
「なんのこと?」
首を傾げるティア。
分からないことも無理はない。これは、ある程度ドラゴンの生態が分かっていないと気付くことが出来ないことだから。
だからこそ、シエルは護衛のはずの騎士の正気を疑ってしまう。
「ドラゴンは魔力を捕食したり、その危険性から魔獣の括りから外されがちだけど、れっきとした魔獣なんだ。だから、多少差異はあるけど、ある程度他の魔獣と同じ行動を予測できる」
「それがどうしたの? ドラゴンならシエルが倒したじゃない」
「そうですね。私も確認させていただきましたが、あのドラゴンは完全に凍り付いておりました。だからシエル様はわたくし共に後日回収を命じたのでは?」
ここまで説明してもティアとミュゼ、レグランド卿は気付いていない。
アントンは最初から分かっていたからこそ、シエルが帰ると言ったのを否定しなかったのだ。
あの騎士は言わずもがな。
幸い、まだ来てはいない。
なら、全員の考えを統一するためにも、ちゃんと話していた方がいいだろう。
「鉱山の奥にいたドラゴンは幼体だった。なら、親がいると思わないか?」
「ぁ——」
そう漏らしたのは誰だったか。
シエルは気にすることなく続ける。
「おそらく……というより、確実に
だから、あの幼体は鉱山の奥にいた。
おそらく、誰のいない深夜帯に鉱山に入り込んだのだろう。
ドラゴンは魔力に敏感ではあるが、人間のように魔法を使うわけじゃない。地中深くの魔爆石に気が付いて入り込んだというよりは、偶然入り込んだ洞窟の奥に運よく高純度の火の魔力があった……そう考えた方が妥当だ。
そして、子供にその魔力を与え、親は外に餌を探しにいった。
だけど——
「ドラゴンは魔力に敏感だけど、地中の魔力を探知出来るほどじゃない。でも、それにも例外がある」
魔力を主とする生物だからこそ、他の魔獣とは違った生態。
「ドラゴンは同じドラゴンの魔力に関しては恐ろしいほど知覚能力が高いんだよ。もちろん個体差はあるし、若い個体ならその分能力は低いけど、それでも子供の魔力の異変は——」
「すぐに気付く?」
「そういうこと。火を吐けなくしたし、すぐに凍らせたから多少は時間も稼げたとは思うけど、それでも気付いた段階で戻ってくる。幸いここは街から結構離れてるから、子供の死に気付いても街にくる可能性は低いけど……」
最悪、街を襲ったとしてもシエルならば対処できる。
今の問題はこの場に聖国の人間がいることであり、いないのであればシエルが力を隠す必要なんてないのだから。
「それなら、早く戻りましょう。使用人の馬車を待機させて——」
「いえ、もう遅いでしょう」
カチャリと。
アントンが服に忍ばせている仕込みの剣を露わにした。
その場にいるほとんどが彼の行動に目を見開く中、例外であった少女が口を開く。
「いやぁ、最近良い相手がいなくって不完全燃焼だったんスよね! ドラゴンなら楽しめるっス!」
すでに剣を抜き放っていたアイナは、オパール色の眼差しを空へと向けていた。
彼女につられて、全員の視線が空へと吸い込まれる。
夕暮れになる少し前——日が傾き始めた空の向こう。まだ青色を保っている空には赤いシルエットが飛んでいて。
「……夕暮れまで待つんじゃなかったのかよ」
「合ってるっスよ? 夕暮れには終わらせらるっス!」
「終わる時間かよ……」
赤いシルエットがどんどん近づく中、シエルは思わず顔を覆った。
だが、それより前にやるべきことがある。
「レグランド卿、ティア、ミュゼを頼んだ。アントンは——」
「いらないっスよ」
「なっ——」
シエルの視界を覆ったのは、鈍い光を放つ剣身だった。
すぐさまアントンが敵意をむき出しにするが、剣の持ち主は構わず続ける。
「私だけで十分っス。っていうか、その剣じゃ耐えられないっスよね?」
彼女の視界に収められていたのは、アントンの持つ剣だ。
従者であり護衛も務める彼の剣は、衣服の中に隠せるように細く、軽量化されたものである。対して、相対する火竜の鱗はそこらの鈍らではどうにもできないほど固い。
いくらアントンが歴代最強と称される技術を持っていようとも、この差はどうにもならないだろう。
「ドラゴンくらい私だけで大丈夫っスよ。聖女様にドラゴンが降ってきた時、誰が対処したと思ってるんスか? 従者様は他の人を頼むっスよ」
「……分かりました」
アイナの告げたことが正しいと判断したのだろう。アントンが柄から手を放す。
「では、ご武運を」
「あれぇ⁉ そこは私も手伝います! っていうところじゃないっスか⁉」
「いらないといったのは貴方です。それに、私には主人の護衛という仕事がありますので……その主人に剣を向けたことを許してもいません」
「世知辛いっスねぇ」
やれやれと、肩をすくめてみせるアイナ。
その直後だ。巨大な体躯を持つドラゴンが鉱山の入り口に降り立ったのは。
「おやおや、もう到着っスか。お早いことで」
ゆったりとした動作でアイナが歩き出す。
その向こう側、舞い上がった砂埃の中には黒い影が蠢いていた。
やがて砂埃が収まっていき、その全容が露わになっていく。
人の腕ほどもある爪は鉄すらも容易く引き裂き、むき出しの牙は人の骨など容易に嚙み砕いてしまう。
体躯は見上げるほどで、鱗の大きさですら人の頭と同じほどだ。
子の異変を察知したことによって血走った眼はすでにシエル達を捉えており、敵意を向き出しにしていて。
「まず——⁉」
瞬間、がぱりと開かれた鋭い牙が並ぶ喉奥から高熱の炎が吐き出された。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます