第10話 司書の力 ①
「事情を聞いた限り、ドラゴンは幼体。しかし——」
「下手に刺激すれば、皆まとめてボカンって事っスねぇ」
「大変じゃないですか! 怪我人は? 怪我人はいないんですか⁉」
「っと、聖女様、ストップっス。今は状況が切迫してるんスから、平常心が重要っスよ」
「っ……わかりました」
胸に手を当て、深く息を吐くミュゼ。
さすが護衛といったところか。普段の言動はアレではあるが、ミュゼの言うとおり有能ではあるのだろう。
そんな彼女達に視線が集まる中、シエルの真後ろから声が届く。
「どうするの? 聖女様に怪我を負わせるわけにはいかないし……一度戻る? それとも、レグランド卿に二人を連れ出してもらう?」
「ティアは——」
「もちろん、付いていくわよ」
「はぁ……聖女様を連れて行かないんだから、王女様のティアもそうだろ?」
「あら? 危険は無いって言っていたけど、もしかして自信がないの?」
「そんなことは無いけどさ」
「ならいいじゃない」
どうやら婚約者様は引く気が無いらしい。
とはいえ、危険がないというのは本当だ。どちらかといえば、面倒くさいという気持ちが強いというのが本音である。
幼体のドラゴンといえ、ドラゴンはドラゴン。成体ほどではないが、依然として魔獣の中では群を抜いて危険度が高い。
それに加えて、今回は魔爆石という別の危険も存在している。
シエル一人であれば何の問題にならないというのは予想ではなく事実だ。
しかし、リスクを背負いたいかと言われれば、否と言うしかないわけで。
「ティアも——」
「私たちも戻らないっスよ」
アイナの声が被せられた。
「聖女様を見てくださいっスよ。戻ると思うっスか?」
呆れを含んだ問い。
彼女が示している少女の表情を見れば、
「お供します!」
「予想通りか……」
これには、シエルも天を仰ぎたくなった。
本気で拒めば、彼女たちを帰らせることは可能かもしれない。
しかし、それには相応に時間がかかるだろう。それはミュゼの頑なな表情を見れば想像できる。
そして。
「
今は時間が限られていた。
もしドラゴンが火でも吐けば、その時点でこの鉱山は爆発するかもしれない。
「仕方ない。邪魔だけはしないでくれよ」
「ありがとうございます」
シエルはまばゆい笑顔から目を逸らして。
「レグランド卿」
「わかりました」
シエル達一行は、全員でドラゴンのいる鉱山の最奥へと向かうこととなった。
鉱山の最奥は開けていた。
おそらく、発見した魔爆石の量を図るためだろう。周囲を掘り広げ、かつ周辺の鉱脈から鉄などの鉱石を出来るだけ回収しようとした結果、数十人規模で作業しても問題ないほどの空間が広がっている。
「……いた」
最奥。
荒々しい岸壁から覗く紅の石——
大きさは大人二人分程。
赤い鱗に覆われた体は幼体だとしても鈍らでは傷一つつかず、吐き出される火炎は魔力の保護無しではたちまち溶けてしまう。
魔力を持つ獣——魔獣。
その括りに在りつつも、それから逸脱している絶対的強者の子供が、魔爆石の近くに伏せていた。
「あ~気持ちよさそうに寝てるっスねぇ……大方、魔爆石の表面上の魔力を食って、ご満悦に昼寝ってところっスか」
「魔獣って魔力も食べるんですか?」
「ドラゴンっていうか、高位の魔獣はところっスかね」
「それって本当?」
ティアの問いに、シエルが説明を引き継ぐ。
「本当。基本的に魔獣は魔力を持ってるただの獣だけど、ドラゴンとかの大きい魔獣は栄養というよりも魔力で肉体を保持するんだよ。それでも人間とか他の魔獣を襲うのは、体に宿っている魔力を求めてるっていうのが定説だな」
「へぇ……知らなかったわ」
「ティア様が前線に出ることは無いですから、知らないのもおかしくありません。ただ、騎士や魔術師では常識ではありますな。故に、高位になればなるほど魔獣との戦闘は魔術師を守るべし……アルトーラ卿がお作りになられた魔獣戦の教訓です」
「昔の話ですよ」
謙遜するアントンではあるが、少し嬉しそうだ。
シエルは一歩踏み出すと、後ろにいる全員に向けて口を開く。
「それじゃあ、行ってくる。全員、ここにいてくれよ」
「本当にいいんスか? これでも腕は立つっスよ?」
「そうかもしれないけど、本業は護衛だろ? だったら、ここで聖女様を守ってくれ。それよりも不確定要素が混ざる方が嫌だな」
「そっスか。なら、ご武運をお祈りするっスよ」
興味が無くなったのか、おざなりになった騎士に軽く息を吐いて。
「気を付けてね」
「気を付けてください」
心配そうに見送るティアとミュゼを一瞥する。
「「ご武運を」」
武人であるアントンとレグランド卿の重なった声を背後に、前へ。
作業用に最低限整えられた通路を歩き、眠っているドラゴンへと近づいていく。
コツコツと高い音が響いているが、目は覚まさない。強者故の余裕か、それとも幼い故の無警戒か……どちらかは分からないが好都合だ。
近づいて、近づいて。
入り口から八割程。幼いドラゴンといえ一息でシエルの首に噛みつける……それほどまで近づいて、ようやくシエルは足を止めた。
「ここまで離れたら聞こえないよな」
視線は向けないまま呟く。
それに、あの街並みの中でシエル達三人に気が付いたほどだ。唇を読める可能性もある。
シエルはじっと眠り続けるドラゴンを見据えながら、ゆっくりと
「■魔外■……第二十一頁
瞬間、ドラゴンが目を覚ました。
異変を感知し、敵対対象を知覚し、火竜を象徴する火炎を吐き出そうと口を開いて。
次に、火炎を吐き出せない異変に吠えようとした音すら、眼前の竜は出すことを許されなかった。
敵を燃やせない……そう判断したのだろう。ドラゴンは唸り声を出す真似事をした後に駆け出した。
一目散に首へ。
怒り狂う眼差しは完全にシエルを捉えており、竜は間違えることなく己の敵を理解していた。
ただ、理解出来ていなかったのは——
「■魔外■……第三十二頁
己の命を終わらせる一節が、すでに紡がれていたという事実だけだった。
「これで終わり」
シエルの目の前に氷像が転がった。
呆気なく転がった絶対的強者であったそれに視線を落とす。
しかし、すぐに興味は消え失せて。
「■魔外■……第一〇一頁
再び知識を紡ぐ。
これで本当に終わりだ。
「はぁ……早く帰りたい」
シエルは踵を返すと、ティアたちが待つ入り口部分へと戻っていく。
その背後。
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