第30話 七海視点
「あー。ヒサシ?俺。七海。うん、今から鍵貰う、じゃあ、10時半に駅でいい?アリガトー、助かるー。マジ感謝。じゃー」
友達のヒサシに連絡をし、電話を切ると、不動産屋に向かうバスに乗った。
家を出て、ユイねえと久しぶりに会えて、二人でゆっくりと過ごすのかと思ったら、昨夜はわいわいとパーティみたいになった。
最初はがっかりしたけど、日吉田さんって言う大学の先輩に会えて、色々話も聞けたし、ご飯も上手かった。ユイねえの先輩の田中さんも優しくて面白かったし、簡単レシピってヤツを沢山教えてくれてびっくりするくらい楽しかった。
疲れてたのか、夜はあっという間に寝ちゃったけど、ユイねえの彼氏とかいう、鳥飼さんが俺の面倒を見てくれたんだと思う。
「あー」
ユイねえ、やっぱり綺麗だったな。
鳥飼さんも大人だったし。
こっちに来る前におばさんにユイねえの事を聞いたら、「最近のユイ?前のカレとは結構前に別れて最近お付き合いしている人がいるらしいわよ。あんまり自分の事言わないからね。ほら、ちょっと前に引っ越ししたっていったじゃない?あの時に彼と同棲するの?って聞いたら別れたって教えてくれたのよ。理由は聞いてないけど。ユイ、連休、帰らないって言うから。だから、彼氏できたの?って聞いたら、うんって言ってたのよ」って聞いた。
その時はマジ、ショックだった。前の彼氏はイケメンっておばさんが言ってたから多分、相当なイケメンだったんだと思う。
新しい彼氏はどんなのだよ、と思って、そうだ、彼氏の顔を見てやろう、ユイねえとの仲、邪魔してやろうって思ってたんだけどなあ。
まさか、一緒に寝る事になるとは思わなかったな。
飯も食ったし。
話しもしたし。
邪魔もしたけど、相手にされなかったし。
ふわふわした人だったけど、まあ、悪い人ではなさそうだった。
むしろ。
「鳥飼さん、めっちゃいい人じゃん。俺みたいなのに、真面目に話ししてさ。」
大人で、割とイケメンで、身長も俺よりでかいし。多分、それなりに金も持ってる。
ちょっとおじさんだけど、まあ、のんびりして余裕ありそうに見えて。俺にもガキだからとか、そんなんなくて。真面目に色々答えてくれた。
「俺、ガキだもんなあ」
幼稚園から数えたら多分、十回以上はユイねえに告白して振られてる。
もう、ユイねえへのこの気持ちはよく分からないけど、ユイねえの事が特別に好きって事は分かる。
俺は小学校から高校まで、まあまあの数の女の子に告白されて、結構好きな女の子から告白された時に、付き合ったんだけど、「七海ってさ。私の事、好きじゃないでしょ?」って振られた。
いや、ちゃんと好きだったけど。
でも、そう言われたら、ああ、ユイねえ程好きにはならなかったな、って思って、振られても納得した。
俺を振った女の子は一月後には新しい彼氏が出来てたし、そっちも俺の事、そんなに好きじゃなかったんじゃないの?とも思ったけど、まあ、そんな事言っても恰好悪いし、そんなものか、と思った。
考え事をしていたらあっという間にバスは不動屋さん前に着いた。
俺はバスを降りて、不動産屋に行って鍵を貰って、なんだかんだ注意事項とか、書類の確認とかして駅に行くと、友達のヒサシが待ってくれていた。
「七海、久しぶりー」
「ヒサシー、元気ー?マジ、アリガトー」
パンっと手を叩き合って挨拶をして、一緒に部屋に行くと、ヒサシから教えられるまま、水道やらの電気の手続きをしたけど、すぐに使えるわけじゃないらしくて、ヒサシの家にその日は泊めてくれることになった。当たり前だけど、水道も電気も契約ってしないと使えないんだな。
あー、俺、マジ何も知らなかったな。
「マジ助かった。俺、なんにも知らなくて出て来たから。荷物も後で親に送って貰う事になっててさ。親も何も手伝ってくれねえんだもん。社会勉強とかなんとか言われてさ。準備しておけとか、調べろとか言われてたけど、ま、部屋も契約出来たし、分かんない時はスマホで調べればどうにかなるかって思って、準備も何もしてなくてさ」
「あー。それ、やばい。せめて来る前に調べとけよ」
「うん、反省してる。勉強の反動でマジ何もしたくなくて。でも、もうちゃんとする」
「まあ、気持ちは分かるけど。七海の親、自由だなー。ま、過干渉よりよくね?親とかがなんでも決めてくんの嫌じゃね?うちも結構放任だけど」
「まー。そうかも。そうそう、俺、布団も何もないんだよね。布団とかはこっちで買えばいいやって思ってたしさ。何が必要とかも何も分かんねえの。ヒサシ、買い物も手伝って」
「あー。分かる。俺も布団最初買わなくて。寝袋一つ持って来たって言ったら、ねーちゃんに笑われた」
「え。寝袋よくね?俺も、寝袋持ってくればよかったな」
「布団は買えよ。身体痛くなるから。でも寝袋、買っといていいぞ。毎日はきついけど、友達来た時に使えるしな。布団もう一組買うより便利じゃねえ?」
「あー。マジだ。俺、買う、絶対買う」
「七海、明日は買い物付き合ってやるよ。百均とか回ろうぜ」
「サンキュー。マジ、サンキュー」
そう言って、ヒサシとスーパーで出来合いの唐揚げ買ってレトルトカレー食って、ジュース飲んでお菓子食べて楽しく過ごした。
夜中になって寝ようとすると、いきなりヒサシが「俺、彼女と別れた」と言って電気を消した。
「は?」
「いや、七海に報告、一応しておこうって思ってさ」
暗がりでヒサシが俺の方に寝ころんでいるのがシルエットでなんとなく分かる。
俺は身体を起こして「マジ?」と聞いた。
「うん、マジ。俺達、受験前から気まずくなっててさ。お互いの大学、離れてるじゃん?志望校決める時から色々あったんだよね。で、遠距離決まって、無理って言われた」
「え。仲良かったじゃん。え、マジ?」
「マジだって」
「えー……。彼女、ヒサシにべったりだったじゃん。めっちゃ好き好きって感じの子だったのに」
「あー。まー。俺はね、遠距離になってもバイトしてさ、お互いが交互に会いに行ったり、夏とか冬は地元に帰るじゃん?だからその時はゆっくり会えるし、どうせ大学違ったら近くても毎日会うなんて無理だしさ。一ヵ月に一回くらい頑張ったら会えるかなって思ってたんだよね。でも、毎日連絡は出来るし、お互いの志望校がそもそも違ったんだからしょうがないじゃんって。でも、なんだか、俺のそういうのも悪かったみたい」
「は?毎日会いたいって事?実際、無理じゃん?何が悪いの?」
「毎日会いたいって言って欲しかったって。いや、無理なのに。無理なこと言ってどうすんの?って言ったら私の事好きじゃないんだね?って。もう、俺もよく分からなくなってさ」
「え、うざ。あ、ごめん」
「いや、いいよ。俺、好きだったよ。だから会いに行きたかったし、大学卒業後の事も考えてた。でも、喧嘩が増えてさ。勉強もあるから、連絡も頻繁に出来ないんじゃん?受験のストレスもあったと思うけど。言い合いになった時に、『私の事好きなら、志望校変えて良いんじゃない?』とか、『どうせ浮気するんでしょ?』とか、『離れて不安じゃないの?私だけ、悲しいみたいじゃん!』とか言われてさ。俺、あー、ってなって。で、俺が黙ってたら、『好きなら私に合わせたら?』とか。色々、要求されて、最後に、『もう、遠距離無理っ別れる』て言われた時に、あ、俺も、もう、別れたいって思ったんだよね。で、終わり」
「長かったよね?」
「うん、高校入学してすぐからだから、三年ないくらい?」
「あー。そっか」
「なんかさ、今日、七海に言おうって思ってたんだけどさ。飯食べてる時にして、気を使わせたら嫌だしさ。飯が上手くなる話しでもないし。でも、明日言うのも違うかなあって思ってさ。で、今」
「うん、ありがと」
「ま、俺の事はいいけど、七海は?モテモテじゃん。最近どう?」
「俺?あ、そう言えば、俺も失恋した」
俺はコテンと寝袋の中で天井を向いた。
失恋。
うん。俺、ユイねえと鳥飼さんの事、認めたんだよな、じゃあ。俺、もう、ユイねえの事諦めたんだ。
あ。マジ、なんか悲しくなった来た。
俺、失恋したのはユイねえしかない。だって恋したの、ユイねえだけだし。多分、好きと恋は違うんじゃないかな。だから俺、前の彼女にも振られたんだろうし。
うん、ユイねえの事やっぱりずっと好きだったからさ。憧れでもなんでもやっぱりユイねえ好きだし。
「は?」
「うん、多分。そう。俺、ずっと好きな人がいたんだけどさ。その人と彼氏の事、認めたんだよね。だから、俺、もう諦める。うん、失恋かな」
「は?え?マジ?」
「うん、その人の彼氏、マジいい人だったから。幸せそうだったし。あんな笑顔、見た事なかったし」
「そっかあ、七海、明日も泊まれよ。それか、俺が寝袋持って七海んち行くからさ。引っ越し、手伝ってやるからさ。その話、聞かせろよ。明日はピザ買おうぜ。どうせ、まだ料理は出来ないだろうからさ。ピザ食って話聞くからさ」
「えー。マジで?面白い話じゃないんだけどー」
「いいよ。俺の話も面白くねえし。とりあえず、今日はもう寝ようぜ。明日は一日買い物だろうしさ。じゃ、俺ら二人共フリーだな」
「そーだなー」
「あー。大学生活楽しもうぜ。俺らモテちゃったりして」
「うん、ヒサシは普通にモテるんじゃない?俺もがんばろうかな、色々」
そう言うと、ヒサシから「じゃ、おやすみー」と言われて布団の音がした。
「おやすみ」
俺も返事を返すと暗闇に慣れた目でヒサシの家の天井を見た。
昨日と違う天井。
あー、今更、胸が痛い。
鳥飼さん、ユイねえ幸せにしてやってよ。俺の初恋だったんだからさ。
俺はそう思いながらにじんだ天井に目を瞑って、寝袋にもぐりこんで寝た。
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