第二十八話
「アキラ、止まって。あそこに誰かいる」
だいたい何層まで駆け抜けてきたのだろうか。途中までは力を温存する為、アルカに戦闘は任せきりだった。
しかし、奥へと進んでいくうちにデカい亀だの卑猥なキノコだのと対処が面倒なモンスターが出てきたので、鎌を解放した状態で薙ぎ倒すようにしてここまできたわけだが……。
ざっと、突入してから二時間くらいは経っただろうか。間に合っていればいいけれども。
「あんたのせいで、私の親友は死んじゃったの」
「てめぇはさっきからなんなんだよ。そんなのは知らねぇつってんだろうが」
アルカが指をさした方向から、言い争うような声が聞こえてくる。
片方は間違いなく聞いたことのある……シイナのものだった。
「嘘をつかないで、あなたがタツオたちのサークルを裏から取りまとめていたことはわかっているの。事件を権力で揉み消したのも冒険者協会のお偉いさんである、あなたのお父さんなんでしょ?」
「ああ、ずいぶんと古い話をしてるんだな。まぁ、昔の俺はちょっとヤンチャだったからよ、どの件について怒られてんのかわかんねぇや。でも、別に俺が隠蔽を頼んだわけじゃねぇんだぜ? 全部、親父と弟が勝手にやったことだよ、自分たちのメンツ可愛さにな」
近づいていくに連れて背の高い男……ヨルクラに跨り、胸ぐらを掴んでいるシイナの姿がはっきりと見えてくる。
そして、たまたま彼女が思い切り右の拳でヨルクラの顔面を殴りつける場面に遭遇した。
……めちゃくちゃ痛そうだったな。
「ウスイ サチ。名前を聞けば、あなたの出来の悪い脳みそでもちゃんと思い出せそう?」
「痛ってぇな。無抵抗の人間をいきなり殴ることもねぇだろうがよ? カルシウム足りてねぇんじゃねぇのか」
「ふざけるなッ!」
その返答に激昂した様子のシイナがヨルクラをもう一度殴りつける。
再び胸ぐらを掴まれて顔を起こされたヨルクラは、ペッと血の混じった唾を吐き出した。
「シイナ、もうやめろ!」
「来ないで、シキシマくん。近づいたらコイツを今すぐ殺す」
シイナは歪な形のククリナイフを腰から抜き出すと、ヨルクラの首筋に向けて構える。
その眼光は獣じみていて、脅しの類ではなさそうだった。
「ウスイ サチ……女か?じゃあ、知らねぇよ。それはタツオの奴らが勝手にやったことじゃねぇか? あいつらの女遊びは度が過ぎてたからなぁ。俺も散々悪いことはしたけど、薬と女はダメだわ。だって純粋につまんねぇもん。女なんて幾ら犯したところで殴り合いほどヒリつかねぇし」
「コイツッッ!!」
ヨルクラの嘲るような喋り方にシイナのククリを待つ手に力がこもった。
彼の首筋からだらだらと血液が垂れ落ちていく。
「落ち着けシイナ! 手紙は読んだぞ、復讐はもう終わらせるんじゃなかったのか」
「話してたら気が変わっちゃったの」
……まぁ、それも仕方ないだろうな。
ヨルクラの奴は何を考えてるのかさっきから、どう考えても火に油を注ぐようなことしか言ってないし。
よくわからないが、この状況を純粋に楽しんでいるようにさえ見える。
「トーシロの女が大層な口を叩くんじゃねぇよ。やれるもんならやってみろ」
「私はタツオもランサーも、それからあなたの元お仲間たちも全員殺してやった。あなたもすぐに同じところへ送ってやるから」
そう言いながら握りしめたククリは震えていた。
シイナの感情は怒りに押し流されてはいるものの、すんでのところで理性と戦っているのが伝わってくる。
「虚勢だな、顔見りゃわかるんだよ。おおかた、お前はただのお手伝いさんだろ? 殺しの類は全てあの男がやった。そういうのはな臭いでわかんだよ。お前みたいな平凡な女はダチの為に殺しが出来るほどの度量はねぇ」
「あなたに私の何がわかるの!?」
彼の挑発に乗るようにして、シイナは本気の勢いでヨルクラにククリを振り下ろした。
その刃が心臓を貫いてしまう前に、俺は全身の力を振り絞ってそれを食い止める。
「やめろ、シイナ。それ以上はただお前の手が汚れるだけだ」
「シキシマくん。邪魔だよ……私はサチの為ならこんな手どれだけ血に染まったっていいの」
「違う、それはサチの為なんかにはならない」
俺はククリナイフの刃を強く握りしめて止め、どれだけ血が滴ろうともそれを離すことはなかった。
「ひゅう〜。お見事、早ぇな? 今の動き俺にも見えなかったよ。お前、何者だ?」
「そんなの今はどうでもいいだろ。ヨルクラ、あんたには罪悪感ってものはないのかよ」
呑気に口笛を吹いているヨルクラを睨みつけるが、彼は全く動じる素振りさえみせずに不思議そうな表情で俺を見つめていた。
「あぁ? やってねぇことの何を悪いと思えばいいんだよ。そんなことより、俺はお前と喧嘩がしたくてうずうずしてるぜ」
「……」
ダメだ、この男に常識的な話なんて一切通用しないらしい。コイツはただ、自分が喋りたいように喋っているだけだ。
これだけの激情をぶつけられても心一つ動かない。死ぬことさえも恐れてない、獣のような男だ。
こんなやつと一体どうやってコミュニケーションを取ればいいんだろう。反省とか謝罪とかという言葉はコイツの中に存在するのだろうか。
同じ人間の筈なのに、こうも分かり合えない存在がいるなんて寒気がする。
「わかるだろ、シイナ。もうコイツに何を言っても無駄だ」
「こんなヤツらにサチは……!サチはッッ!!」
シイナはつんざくような大声を出しながら、振り上げたククリを遠くへ投げ捨てた。
そのまま興奮したように肩で荒い息を吐き、どうにか精神を落ち着かせようとしている。
シイナはどうにか踏みとどまってくれたようだ。
「へぇ、タツオたちに悪戯されて死んじまったのはサチちゃんっていうのか。それはご愁傷様だな。でも悪ぃけど、なーんも覚えてねぇよ。だって死んじまったってことはそいつ弱ぇんだろ? 俺は弱ぇやつの名前なんて一々……」
「良い加減に、お前は少し黙ってろよ」
俺はヨルクラの煽るような言葉を聞き終える前に、渾身の力を込めてその顔面を殴りつけた。
物凄い衝撃がフロア全体へ伝わり、石畳には大きな亀裂が走り、ヨルクラの身体がクレーターのように地面へめり込んだ。
それでも流石はAランクだ。肉体は相当頑丈なのか、血塗れの顔で獰猛に笑いながら口を開く。
「おいおい、今のはマジで効いたなあ……。これまでにやりあった誰よりも良い拳だったよ。あんた、名前は? 教えてくれよ、あんたの名前なら覚えていられそうだ」
「いいか、ちゃんと一回で覚えやがれ。 俺の名前はシキシマ……【不死身】だ。それ以上、無駄な口を開けば次は確実に息の根を止めてやるからな」
「あんたがあの【不死身】か……! その目いいね、ゾクゾクするよ。惜しいなあ、あの男の不意打ちで毒さえ回ってなけりゃ今すぐこの喧嘩買ってやるのによお」
それだけいうと、ヨルクラはそのまま大の字になって目を閉じてしまった。
どうやら毒とさっきの一撃で体力の限界を迎えて気絶してしまったらしい。
これでもうあの減らず口を聞かないで済むわけだな。
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