第十七話


「こんにちは、シーナと申します」


「初めまして、シキシマアキラです」


「ダンジョン課刑事のシッコウです。お二方ともわざわざご足労ありがとうございます」


あれから、あっという間に三日が経ち、俺はシッコウさんと約束した新宿駅前の喫茶店まで来ていた。


落ち着いた雰囲気の店内で、俺とシッコウさんは通路側の椅子に、シーナは壁側の黒いソファーに腰掛けている。


シーナは以前に配信で見たよりもずっと大人しそうな外見で、丸い眼鏡をかけ、黒く長い髪を三つ編みにして両側に垂らしていた。


「あれ、シキシマってもしかしてあのシキシマくん?」


「えっと、どこかでお会いしたことありましたっけ」


顔合わせが終わった段階で、シーナは壁側のソファーから少し身を乗り出しながら俺に話しかけてきた。


「私のこと覚えてない? 小中と一緒だった椎名文しいなあやだよ」


「えーっと」


フルネームを名乗られても俺の方はいまいち彼女のことを思い出すことが出来ずにいた。


シイナ アヤ? 言われてみればそんな女子がいた気もするけど……。


 正直に言って学生時代のことはあまり覚えていないんだよな。良い思い出なんて殆どないし。


「全然ピンと来てないって顔してるね? ちょっとショックかも……。図書委員とかも一緒にしたことあるんだけどな」


そこまでヒントを貰ってから、教室の片隅で本を読んでいた大人しい女の子の姿がおぼろげに浮かび上がってきた。


「あぁ、もしかして臼井とかとよくつるんでた?」


「……うん、そうそう!」


共通の知り合いを出して、ようやく互いの認識が一致したようだった。


いや、申し訳ないが配信者としてのシーナの姿を思い浮かべていたのもあって全然思い出せなかった。


だって、配信中のシーナってもっと快活そうな女の子だったし……そもそも髪の長さも色だって違う。ウィッグか何かで誤魔化しているんだろうか?


それにしても、まさかあのシーナが同級生だったとは。


「お二人が知り合いということであると話は早いですね」


「そうですね、私もどんな人が来るんだろうと緊張していたのが吹き飛びました」


シッコウさんが俺たちの顔を交互に見ながら、にこりと微笑むとシイナがそれに返事をする。


「それで、シキシマさん。多摩東ダンジョンで聞いたという声はシイナさんのものでしたか?」


「いえ、違うと思います。もっと高めの声だったかと」


「それじゃあ、シキシマくんが聞いた声はアルカちゃんのものだったのかもしれないね」


実際、シーナの声や喋り方はアルカと比べればやや低めで落ち着いた印象がある。


どちらかといえば、アルカの声が萌え声で甲高いだけかもしれないけれど。


「なるほど」


「正直、やばいモンスターを見ちゃってパニックになってたのでハッキリとは覚えてないんですけどね」


嘘がバレないように適当なことを言って誤魔化すと、シッコウさんはさらさらとメモに文字を書き込んでいた。


「それでも事故についての貴重な証言ではありますからね。今回の件は不思議なくらいに物証が出てこないものですから」


「配信者が四人も揃っていて、まともな映像一つ残っていないなんて不思議なものですよね」


シッコウさんが困ったように漏らした言葉に、シイナが同調するようなことを重ねた。


確かに、現代社会において幾らダンジョンの中で起きた事故とはいえ、ここまで詳細がわからないということはあるんだろうか。


「ええ、変に想像の余地がある映像が出回ったせいで様々な憶測が出回っておりますからね」


「殺人事件がどうとかって話ですか? 私はただの事故だと思いますけどね」


「だとしたら市民を守る警察としてはありがたい限りですよ」


二人は雑談のような体でどこか牽制し合うかのように言葉をかわしていた。


 うわ、シッコウさん口元には笑みを浮かべているのに目は笑ってないな……。こわっ。


この調子じゃきっとシイナのことも疑っているんだろうな。


「さて、これで聞き取り自体は終わりです。私はこの後にも仕事が残っていますのでそろそろ失礼させて頂きますが、お二方はどうなさいますか?」


メモを書き終えたシッコウさんは、ボールペンをシャツの胸ポケットにしまうと俺たちにそうたずねる。


「せっかく再開できましたし、私はもう少しシキシマくんとお話ししたいです。どうかな?」


「まぁ、そういうことなら」


どうにか、この後シイナと二人きりになれる機会を作ろうと思っていたら、まさか向こうから提案してくれるとは。


俺はそれを逃さないように返事をする。


「わかりました。それでは、私はこれで。お会計はこちらで済ませておきますので」


「ありがとうございます」


手短かな挨拶を済ませると、シッコウさんは爽やかにその場を後にした。


ーーー


「で、シキシマくん。わざわざ刑事さんまで使って私を呼びつけて一体何が聞きたいのかな?」


二人きりになった途端に、シイナはアイスティーのストローに口をつけながらそう言った。


……こっちの考えが読まれている?


あまりにも核心をついた問いに心臓がきゅっと縮むような感覚がしたが、唾を飲み込んで頭を落ち着かせる。


「じゃあ、シイナ。単刀直入に聞くけどさ、お前は本当にこの件に何も関係はないのか?」


「ふーん、シキシマくんは私を疑ってるんだね」


彼女は余裕を崩さない表情を浮かべながら、ストローの包み紙で手遊びをしていた。


「いや、単なる確認だよ」


「じゃあ、逆に質問するけど君から見て私は人を殺すような人間に見える?」


ジッとこちらの瞳を見透かすように覗き込みながら、シイナは首をかしげてみせた。


数秒の後に根負けして、俺の方から視線を外してしまう。


「うーん。君がランサーと繋がってるとも思えないし……アルカちゃんの差し金かな?どう?当たってる?」


「……」


コイツはなんでこうもこちらの頭の中をズバズバ言い当ててくるんだ。エスパーかよ。


それが実質的には肯定になってしまうことがわかっていても黙りこくることしかできなかった。


「君は、昔から嘘をつくのが下手くそだね。こういう探偵みたいな真似は向いてないんじゃないんかな」


半分、煽るような態度でそう言われて内心ムッとしたものの何も言い返すことは出来そうにない。


仕方がないので開き直って、正面からぶつかってみることにする。


「訳があって俺もこの件に巻き込まれているんだ。お前のいう通りアルカから話は聞いてる。ランサーにも会った、あいつは誰かに命を狙われてると言っていたよ。……動機はわからないけれど、消去法でお前が犯人だと考えるのが自然だ。だからこうして直接会いにきた、もしお前が犯人ならこんなことはもうやめて欲しい」


今度は俺の方がシイナを見つめながら、はっきりとそう告げた。


シイナは一瞬だけ視線を外すと、再びこちらを向きながら言葉を発した。


「私の友達、君も知ってる臼井ちゃんはね、タツオたちのグループに酷いことをされて自殺しちゃったの。だから、あの男が死んだ時は心底すっきりしたなあ」


「……それは、お前が犯人でいいってことなのか?」


俺の問いかけに、シイナはストローでグラスをかき混ぜながらにんまりと笑みを浮かべた。


「そんなことは言ってないよ。私には確かに動機がある。でもそんなのは他の二人だって同じかもしれないでしょ? ランサーは動機を隠して命を狙われてる演技をしているのかもしれない。アルカちゃんだって同じ」


「少なくとも、アルカは嘘をつくような奴じゃない」


シイナの台詞をさえぎるように俺が声を荒げると、彼女はおかしそうに笑った。


「なんか気持ち悪いこというんだね。厄介な配信者ファンみたいなこと言い出してさ。盲目な信者ってみんな君みたいなことをいうんだよ『オレたちのシーナはそんなことしない』なんてね。あのさ、君は一体アルカちゃんの何を知ってるつもりなの?」


「気持ち悪い……か、それでもいいよ。盲目と言われようが、俺はちゃんと自分で見て聞いて判断してるつもりだ。全部なんか知らなくても、信じるにはそれで充分だろ」


この返答がシイナを納得させられるとははなから思ってはいなかった。


しかし、そもそも人が人を信じるかどうかなんて説明して納得のいく答えが出せるものだろうか。


結局のところ、誰を信じたいかどうかのバイアスから人は逃れられない。


「変なの。だって、私と君は九年間も同じ空間にいたのに私が思い出させてあげるまで覚えてすらいなかったんだよ。そんな君が、たかだかちょっと話しただけの女の子の何がわかるっていうの?じゃあ、君は私が必死で可哀想アピールをすれば私に味方してくれる?知ってるかな、女の子はね、嘘をつくのが得意なんだよ?」


「……それでも俺は自分の感覚を信じるよ」


「ふーん」


かたくなな返答に彼女は呆れているようだったが、シイナに何をどう言われても一度信じたアルカを疑う気にはならなかった。


ただ、もしも出会う順番が逆だったならどうだったのだろうか。シイナを信じて、アルカをここで詰問する未来もあり得たのだろうか。


わからない。そんなことはどれだけ考えたって仕方がない。


それから、お互いに沈黙していると不意に俺のスマートフォンが振動を始める。


それは長い長い着信だった。


「電話がなってるよ、出なくてもいいの?」


シイナに促されるままに、電話をとると「おい、頼む!助けてくれ!」という聞き覚えのある必死な声が聞こえてきた。


……それは槍木のものだった。



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