第十三話
「このアパートがあの金髪女から聞いた住所であってるのか?」
「ええ、ここの203号で間違いない筈よ」
池袋から電車で数駅移動した末に辿り着いたのは、俺が住んでいるのと大して変わらない見た目のボロアパートだった。
槍木というのはイケメンで女を食い散らかしているような男らしいが、そんな奴でもこんなみすぼらしい所に隠れているものなんだな。
「あの女がいうには『槍木は部屋に隠れてる』って話だから、犯人ではなさそうだけど……。まぁ、ひっぱり出して直接聞けば早いわよね」
アルカはそう言うが早いか203号室のインターホンを押す。
しかし、ある意味で当然というべきか数分待っても槍木がドアを開けることはなかった。
「槍木、居るのはわかってるのよ? 出てこないつもりなら勝手に入るわ」
アルカはその場で腕を組んで仁王立ちしながら大声を上げる。
それでも部屋の中からは返事一つ聞こえてはこなかった。
「もう待たないわよ」
しばらくして、彼女は深くため息を吐きながら腕一本で鍵とチェーンのかかった扉を強引にこじ開ける。
流石Cランクというべきか、細い腕から放たれるとは思えない力だった。
鉄の塊である扉が簡単にひしゃげ、鎖は千切れとび、部屋の風通しが幾分か良くなったようだ。
「おい、アルカお前まじかよ……!?」
「だって、仕方ないでしょ?」
アルカは肩をすくめながら『他にどうすれば?』とでも言いたげな表情で俺を見つめていた。
そうなんだよな、一定以上の実力を持った冒険者にとっては半端な防犯なんてなんの意味も持たない。
これじゃあどっちが犯人だかわかったものじゃないな。
「待て、追い詰められた槍木が何するかわからない。俺からいくよ」
「それじゃあ、お願いするわ。気をつけてね?」
そのまま部屋に押し入ろうとするアルカにストップをかけて俺が先に部屋へと侵入した。
玄関には女性用の靴が乱雑に幾つも散らばっていて、中身がパンパンのゴミ袋も積まれていた。
辺りにはゴミやタバコが混ざったような激しい悪臭が漂っている。元ニートの俺でさえここまで汚部屋にしたことはなかった。
相当だらしのない暮らしぶりをしているんだろう。
「おい、槍木いるのはわかってるんだぞ?」
俺はテレビドラマのような台詞で怒鳴りながら、居間へと入り込む。
すると、部屋の奥から何かが軋むような音を立てた。どうやらそこに槍木が隠れているらしい。
俺は、奴を捕まえる為に音のする方へと歩みを進める。
「違う! アキラ逆よ!!」
「……死にやがれ、このクソッタレ!!」
アルカの声に反応した時には既に遅かった。
慌てて振り返ると、俺の背後から忍び寄ってきた槍木が金属バットを振り上げているのが見える。
「アルカ!俺のことは一旦気にせず槍木を捕まえてくれ!」
そう叫ぶのと同時に、俺の頭が豪快なフルスイングで振り抜かれた。
かなりの衝撃と共に身体が宙を舞い、気がついた時には身体は床に転がっている。
「……アキラッ、わかった!『血の
俺はダメージを受けて床へうつ伏せに倒れた状態だったが、そこで初めてアルカが戦う姿を目にした。
魔術の詠唱と共に、彼女の腕から飛び散った鮮血。それらが杭状になって、槍木に向かっていき壁にはりつけにする。
槍木は必死にもがいて引き剥がそうとするが、その血の杭はまるでびくともしないようだった。
「てめぇら、俺を殺しにきたのか?」
「違うわ。あたしたちは、あんたとシーナのどっちがタツオを殺したのか確認しに来ただけよ」
焦ったように暴れていた槍木は、アルカの言葉を聞いて一瞬呆気に取られたような顔をした。
そして、やがて落ち着きを取り戻したのかもがくのをやめる。
「はぁ? そんな理由でわざわざドアまでぶち壊して入ってきたのかよ、このイカれ女が」
「なんとでもいいなさい。……立場はわきまえた方が身のためだとは思うけれどね」
アルカはちらりと一度だけこちらを心配そうに見た後で、血液から剣を作り出し槍木の前に立った。
そのまま切先を槍木の首元に押し付けると、切れ味が鋭いのかそれだけで薄く血が滲みだす。
「……わかった、その物騒なものは下ろしてくれよ。俺にはタツオさんを殺す動機なんかねぇ」
「いいえ、あんたはタツオに借金があって返すように脅されていたらしいじゃない。しらを切っても無駄、裏はとってあるのよ」
そのアルカの発言が確かなものなのか、かまをかけているのかまではわからなかった。
しかし、彼女はやけに自信あり気に言い放っているので恐らくどこかから情報を得ていたのだろう。
「チッ、どいつもこいつも口が軽いやつらばっかりかよ」
アルカの表情を見ながら、少しして槍木は観念したように口を開く。
「確かに、俺は借金の件でタツオさんに脅されていた。正直、目の前で死んだ時はこれで助かったと思ったよ」
彼は、一度深いため息をついた後で言葉を続けた。
「でもよ、それが何だっていうんだ? そんな揉め事は俺らの周囲じゃよくあることだし、それを差し引いても俺はタツオさんには世話になったんだ、殺す理由になんてならねぇ。それに俺には殺しなんざする度胸はねぇよ」
潔白を訴えながら自嘲げに呟く槍木。それを聞きつつ俺はおもむろに立ち上がる。
ようやく、呪いによる自動回復が済んできた。目の覚めるような一撃だったな。
「いやいや、金属バットで思いっきり不意打ちするようなやつに『殺しをする度胸はない』なんて言われてもな。俺じゃなきゃお前はもう立派な人殺しだったぞ?」
そう言いながら九十度ひんまがった首を強引に腕で元に戻すと、二人が怪物でも見るような目でこちらをジッと見つめていた。
「な、なんて生命力だよテメェは」
「……呆れた、あんたって本当に人間なの?」
なんだよ、そんなに熱い視線をぶつけられたら照れるじゃないか。
そんなに曲がった首が戻るのが珍しいかな。もう慣れてしまったから自分ではよくわからない。
「今、俺のことはどうでもいいだろ。じゃあ本当にお前がタツオを殺したわけじゃないんだな?」
そのままでは話が進みそうになかったので、俺が口を挟むことにした。
その質問に、槍木は首を縦に振りながら返事をした。
「そうだ! それにむしろ、俺の方が殺されそうになったんだよ。だからこうして隠れてたんだ」
「誰に?」
アルカの追求に槍木は肩をすくめて返す。
「しらねぇな。なんなら俺は、今の今までアルカ。テメェが犯人だと思ってたんだよ」
「わかってるとは思うけれど、あたしじゃないわ。もしその気ならあんたはもうとっくに死んでる」
「それはそうだろうな。じゃあタツオさんを殺って俺を狙ってるのは【シーナ】のやつってわけか」
考え込みながらそう溢した槍木が嘘をついている様子はなかった。
つまり、犯人はおおかたシーナに決まりという事になるのだろう。
でも、だとしたら動機は何なんだろうか。
「それで、あんたまで狙われる心当たりはあるの?」
「いや、少なくとも俺がシーナと関わったのはあれが初めてだよ」
気になっていたことをアルカが聞いてくれる形になったが、槍木は首を横に振った。
「じゃあ、シーナが誰かに依頼されて殺しをしてるとしたら……あんたらには誰かに恨まれるような心当たりはないの?」
「さぁな。俺もタツオさんも若い頃はやんちゃし過ぎた。だから、俺らを恨んでるやつなんて山のようにいると思うぜ。逆にどうして今更狙われなきゃならねぇのかなんて検討もつかねぇよ」
槍木が開き直るようにぺらぺらと喋り出すと、アルカは見るからに険しい表情になった。……これは割とイライラしてそうだな。
それにしても、やっぱり見た目通りのクズってのはいるのか。
槍木はモデルか俳優みたいなイケメンで、金髪マッシュにピアスとタトゥーといったチャラ男的な雰囲気だ。
そういうファッションが全員こうだとは言わないけど、こういうのがいるから偏見がなくならないんだろう。
「ふーん、それは例えば女の子にお金を貢がせて、やり捨てしたり?」
「俺はその程度のことしかやってねえ。けど、タツオさんは半分ヤクザ同然だったからな。……それ以上のこともしてた。遊びで女の子に薬物を使って、廃人同然にしちまったりな」
ヤ、ヤクザに薬物か、そんなワードを出されたらチビっちまうぜ。
しかも、それはクズとかそういうレベルじゃないだろ。
ちゃんと法で裁かれるべきじゃないか?
「なるほどね、どのみち死んだ方がいいカスだったってことか」
「おい、お前らも巻き込まれただけなんだろ!? 一緒にあのイかれた女を倒す為に組まないか?」
アルカが吐き捨てるように言うと、槍木は一転して俺たちを順に見ながら必死にそんな提案をしてきた。
「はぁ!? あんたみたいなろくでなしと組むなんてまっぴらごめんよ。シーナとはあたし達だけで接触する」
「なぁ、俺はまだ死にたくねぇんだ。言われたことは何でもする!頼むよ!!」
大の大人が懇願するところなんて初めて見た。もし杭から解き放たれていたら、その場で土下座でもしそうな勢いだ。
「あんたみたいなクズがどうなろうが、あたしには知ったこっちゃないわね。そんなに怖かったらここでいつまでもビクビク震えてなさいよ」
が、アルカはそんな槍木のみっともない素振りをみても全く取り合わなかった。
「くそ、俺はこのままじゃアイツに殺される……」
アルカの捨て台詞と共に魔術から解き放たれた槍木は、その場で項垂れたままぶつぶつ何かを呟いていた。
あまりにも槍木のその姿が哀れで、俺はポケットからメモ張を引き裂いて、電話番号を走り書きして槍木の足元に落とす。
「なぁ」
そして、呆然と煙草を吸い出した槍木へと去り際に何か言葉をかけようと思った。
「何してるの? はやく行きましょ」
しかし、強引にアルカに引っ張られ、結局は何も言えないまま部屋を後にしたのだった。
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