第十一話


「結論から言って、あたしは今回の事故は単なる事故じゃないと思っているの」


 アルカが食卓の反対側で、箸を使って器用にサトイモの煮物を掴みながらはっきりとそう言い切る。


 それを聞いて俺が疑問を浮かべる前に彼女は言葉を続けた。


「どうして?って言いたげな顔してるわね。安心しなさい、そう思う理由は順を追って話すから。でも先にことわっておくと、あたしは人に説明するのが苦手だから我慢して聞いてちょうだいね」


「わかった、ゆっくりで大丈夫だよ」


 俺がアルカにそう返事をすると、少しの間お互いに黙々と食事をしていた。


 やがて、頭の中で話す準備をしていたのだろう彼女はゆっくりと口を開く。


「まず、どうしてあたしと【シーナ】と【タツオ】と【ランサー】の四人でコラボ配信することになったかの経緯からよね」


「たしかにそれは気になるところだな」


 曖昧に返事をしてしまったが、アルカとシーナ以外の男二人については正直ほとんど何も知らなかった。


 俺には、むさ苦しい男の配信者を見る趣味はないからな。


「まぁ、あたしの動機は単純明快に売名よ。あたしのチャンネル登録者って実は千人もいないのよ。だから、とにかくどんな手を使っても数字を増やしたかったの」


「理由はどうあれ、そこまで割り切れるのは良いことだな」


 千人でも充分すごい方なのではないだろうか、と思いながら返事をするとアルカは腕を組んでうなずいていた。


「シーナは配信者としては盤石な中堅どころで五万近くも数字を持ってる。死んだタツオも二万ちょっとあったわね。ランサーはあたしと同じくらいだったかしら。まぁ、奴はタツオの後輩らしいから彼が面倒を見てあげてた感じなのかもね」


 なるほど、確かにそれだけの数字がある配信に映れば、見た目が良いアルカなら視聴者を一定数自分のチャンネルに引き込むことは出来るだろうな。


「恐らくだけどシーナとタツオが最初にコラボ配信をしようと考えて、あたしとランサーが数合わせに呼ばれたと考えるのが自然よね。パーティは四人が一番映えるから」


 不思議なものだが、冒険者は基本的に四人一組でパーティを組むのが定石になっている。


 別に二人でも八人でもいいのだが、四人から大きく外れることはあまりない。


 大人数ダンジョン凸みたいなお祭り配信は年末の企画とかで見たことがあるが、仮に百人で潜ったとしても統率は取れないし、取り分の話し合いも大変そうだからな。


「あたしはもともと他の三人とは特に関わりはなかったの。配信者としては知ってたけどね」


 まぁ、アルカの配信スタイル的にそこまでコラボ向きでもなさそうだし、交流の幅はそんなに広くなさそうだ。


 別にいじるつもりもないが、友達いないってのは本人が言ってたわけだし。


「じゃあ、それこそどうしてあたしがそんなコラボに参加できたのかって話よね?」


「それはそうだな」


 彼女は頭を働かせながら、俺が質問したいことの先回りを続ける。


 それは若干つたなくはあったが、アルカなりに話を上手くまとめようとしてくれているのが伝わった。


「シーナがたまたま知り合いの知り合いだったのよ。本当はあたしじゃなくてその子がコラボする予定だったんだけど、急遽予定がキャンセルされて代わりのメンバーを探していたの。だから、あたしはその誘いに乗ったってわけ」


「なるほど」


 知り合いの知り合い……ネットの繋がりならよくあることか。『Z』でも、フォロワーのフォロワーがおすすめで流れてきたりするもんな。


 俺はコミュ障だから、そこで話しかけようなんて決して思わないけれど。


「でも、結果としてそれはたぶん間違いだった。私は逆にタツオたちのダシに上手く使われただけ。その子は何となくそれを察して出演を拒絶したんだと思う」


「厄介ごとを押し付けられた、みたいなことか?」


「ええ、形としてはそうなるわね」


 アルカは深くため息をつきながら、肩をすくめていた。


 よくピンチはチャンスだなんて言うが、その逆もまた然りということだろう。


「事前調査しなかったあたしもバカだったけど、あの男共はセクハラばっかのクソ野郎だったのよ。視聴者を喜ばす為に、女の子を利用してるってことね。普段から女を軽く見てるのがわかる感じだった」


「それは災難だったな」


 吐き捨てるように男たちの悪口をいうと、アルカは少しだけ天を仰ぐ。


「まぁ、なんだかんだでバチは当たるってことね。その後でタツオは事故を装って殺されたんだもの」


「そこがいまいちわからないんだが、なんでアルカは殺人だと結論つけたんだ?」


 俺は、アルカの説明が飛躍している部分を訊ねる。


 状況的に俺にはダンジョン内で起きた悲しい事故という風にしか思えなかったからだ。


 そもそも死因はモンスターに襲われたことだろ?


 それがなんで殺しだって話になるんだ。


「途中で喋っていて思ったのよ、何これ空気悪っ!?ってね。シーナもランサーも明らかにタツオを敵視していた。まず、それが理由の一つね」


 かなり主観的な意見だが、アルカとしては二人には殺しの動機がありそうだということを言いたいのだろう。


 強引な発想ではある、しかしコラボ配信をすると決めた人間同士がギスギスしているというのもなんだか変な話だ。


 そもそも、なんで先輩後輩のタツオとランサーも仲が悪いんだよ。


 人間関係って、なにもわからねえ。


「でもね、配信中にダンジョンの袋小路に迷い込んで、モンスターを呼び出すトラップの魔法陣が発動して、二人から嫌われている男が死んだ……。そんな都合の良い話ってありえると思う?」


「偶然にしては出来すぎてるって言いたいのか?」


「そうね」


 うーん、まだ推測としては弱すぎるけど言いたいこと自体はわかる。


 アルカはシーナとランサーのどちらかがタツオを罠にはめて、間接的に殺したということを主張したいのだろう。


「そして、あたしはその二人のどちらかから命を狙われている」


「どういうことだ?」


 頭の中で状況を整理していると、思わぬ方向にハンドルが切られた。


「きっと、何らかの口封じをするつもりだったのね。ヘルケルベロスがタツオを殺したあと、シーナとランサーはほぼ同時にあたしへ武器を向けてきたのよ」


「どういうことだ?二人が共謀してるのか?」


 少し、俺の頭もこんがらがってきたぞ。


「いいえ、そうではないと思う。恐らくどちらかは何も知らないまま、錯乱してあたしを疑ったんでしょう。『お前がタツオを罠にハメたんだろ』って具合にね。まぁ、疑いたくなる気持ちはわかる、あたしだって他の二人をすぐに疑ったくらいには不自然なシチュエーションだったわけだから」


 アルカが他の二人を疑っていたということは、他の二人がアルカを疑っていてもおかしくはない、それはそうだ。


 セクハラされていたアルカも含めて、その場の全員がタツオへ悪感情を抱いていたのだから。


「そして、犯人は都合が良いとばかりにそれに乗っかった。人狼ゲームみたいな感じで罪をあたしに被せようとしたのね。そしてあわよくば、その後でもう一人も始末するつもりだったんじゃないかしら」


 確かに強引だが、目的の殺人を成し遂げたあとで口封じの為にその場で全員を殺すことは出来るのか。


 ダンジョンの中なら大抵のことは事故で片付くし、人間同士の殺人なんてことは滅多に起こらない。


 人を殺すメリットなんてそんなにある訳でもないからな。


 でも、別にわざわざそんなことをしなくてもヘルケルベロスがタツオを殺したのだから完全犯罪は成立しているように思える。


 まだかなり引っかかる部分があるな。


「そこで、あたしはその場を混乱させる為にヘルケルベロスに魅了の魔法をかけて自分を狙わせたのよ。切り抜けるにはもうそれしかなかった。やつはタツオを殺した後で、非敵対状態になって部屋の真ん中で寝ていたからね」


「そんなことがあり得るのか?」


 ちょっと待て、ダンジョン内で非敵対状態になるモンスターなんて俺は見たことがない。


 まぁEランクだし、そんなに経験があるわけでもないけど。


「狙った冒険者だけを殺して満足するような意地悪な罠が下層にはあるのよ。ダンジョンには意思があるって言葉を聞いたことはない?」


「あるにはある」


 ダンジョンの意思というワードは、俺にとってある意味で馴染み深いものだった。


 それは俺にかけられた不死の呪いと関係があるからだが、それは今は置いておく。


 その返事を聞いて、アルカは話を続ける。


「世の中にはとんでもなく意地悪な罠だらけのダンジョンもあれば、人間に好意的と思えるくらい宝物だらけのダンジョンもある。そのダンジョンごとの傾向みたいなものを先人たちは意思なんて呼んだのね。冒険者にはセオリーがあるけど、基本的には何が起こってもおかしくはない」


「それはそうなんだろうな」


 実際問題として、理不尽にダンジョンが冒険者を殺すようなことだってある。


 かくいう俺も大昔そういう災害に巻き込まれた張本人なわけだしな。


 突然、ダンジョンの最下層に飛ばされて呪いをかけられることがあるくらいだ。モンスターが人を食べてから眠りにつくことだってあるんだろう。


「でもまさか、ヘルケルベロスが二層まで追ってくるのは想定外だったけれどもね。あたしがちょっと魅力的すぎたのかしら」


「まぁ、顔は可愛いからな」


「褒められてると受け取っておくわね」


 ほんの冗談のつもりだったが、アルカは軽く咳払いをして目を逸らした。


 それにしても今回の事件はイレギュラーが起こりすぎている。そこには俺たちの知り得ないような何かが隠されている筈だ。


「それで、逃げている間にたまたま俺と出会ったと」


「そうね、あの時あんたと会えたのは人生でもっともラッキーな出来事といえるかもしれないわ」


 誤魔化すように言葉を続けたが、今度はこっちが恥ずかしくなるような言葉をかけられてしまった。


 人生でもっともか、それはなんというか光栄な話だな。


「でも、命を狙われてるなら素直に警察を頼るんじゃダメなのか?」


「公組織がそんなあやふやな証言で動いてくれると思う?」


 それもそうか、警察はストーカーの対処もあまり積極的ではないと聞く。


 せっかく刑事から名刺をもらっていたので何か活かせるかと思ったが期待は出来なさそうだ。


「で、誰にも頼れないから、あたしは自分で決着をつけるつもりだったのよ」


「具体的には?」


「シーナとランサー、どちらかに自分から接触して反応を伺う」


「危険すぎるだろ」


 犯人……がいるとして、それがどちらかはわからないが、自分からわざわざ会いにいくなんてとても正気とは思えない。


「でも、あたしは命を狙われるのをジッと待ってられるようなタチじゃないのよ。どっちがあたしを狙ってるのか敵をはっきりさせておきたいの」


 そう言ったアルカの気持ちも、何となくわかる気がする。その二人のうちどちらかが、今も自分を殺そうと機会を伺っているとしたらおちおち眠ることだって出来ないだろう。


 だったら、いっそのこと敵の懐に飛び込んでどちらが真の敵なのかを見定める。


 ある意味では合理的な判断だ。


「なぁ、そういうことなら俺にも手伝わせてくれないか。きっと力にはなれると思う」


 アルカは俺の提案にかなりためらいながらも、最後には諦めたようにつぶやいた。


「どうせ今更、迷惑なんて気にしないっていうのね」


「ああ、それに巻き込まれたところで俺はそんな奴らにやられはしないよ」


 それは自信過剰とかではなく、本心からの言葉だった。というか、仮に死のうとしたところで死なないのだ。殺してくれるっていうのなら、俺としては本望だからな。


 それに俺だって面倒なことはとっとと解決したい。アルカへ同情する気持ちだってあるし。


「あんたって、ひょっとして頼りがいがあるタイプ?」


「実はな」


 俺が冗談めかして笑うと、アルカはこの話題が始まってから一番の笑顔を見せてくれた。


「それじゃ、さっそく明日の朝に付き合ってもらいたい所があるの」


 意を決したようなアルカの言葉に、俺は力強く頷く。


 その選択が、今後の俺とアルカにとっての大きなターニングポイントになるとはその時はまだ思いもしなかった。

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