平成プロレタリアート
as
真夜中のタクシィ
その日は飲み会で遅くなってしまい、最寄駅に向かうための最終列車に乗り過ごした。
乗り継ぎに使っているターミナル前は、タクシィを待っている人々がうんざりするくらい長い列を作っている。
平日の真夜中。
あまり乗り気でもなかった会の飲み代を出すことすら惜しかったのに、ここにきて更なる出費を強いられるなんて泣き面に蜂とはこのことである。
酒に酔った赤ら顔に追加料金。
にもかかわらずスマホを出して検索。雑居ビルの上階にあるチャイエスやマンションの一室のメンズエステなど適当に時間を潰せるところを探す。
残念ながら徒歩圏にそのような店は見つからない。その他の下品なお店はターミナル駅周辺には皆無。
諦めて難民の行列に加わることにした。
20分くらいゲームをしながら待っているとスマートフォンのバッテリがついになくなった。
わずかにどよめきが起こったので顔をあげると、急に大柄な男が列を割って入ってきたところだった。
顔面に手術痕のような引き攣った傷があり、見る者の目を背けさせるような威圧感があった。
一瞬、気づかなかったが足元には(と思えるくらい背丈に差があった)小柄な男を子分のように連れていた。
こちらは繁華街の街路樹の間をコソコソと縫って這い回るドブネズミを彷彿とさせる。
二人揃ってみると人間というよりも人の皮を被った獣物のようだ。
コンマ数秒で見る者に醜悪な印象を与えて萎縮させる。そして即座にその場の主導権を握る。
帷がおりて、夜の人種が暗闇で跋扈する。
二人組は列の一番先頭に立っていた人間と何やら交渉して(おそらく小銭を掴ませて)到着したばかりのタクシィへと乗ってしまった。
15人飛ばし、待機時間30分巻きくらいだ。
列の前から2番目のサラリーマン風の男性が何やら抗議していたが「風俗店にいる怖いお兄さん」を絵に描いたような二人組に圧倒されて引き下がった。
飛ばすなら列の全員に5000円ずつ払えや、と思った。
まぁそうはいかないか、とひとりごちた。
彼らを乗せたタクシィドライバーに罪はない。
どれだけ車を待ってくれたか、外はどれだけ寒かったのかに対して労うことは基本業務の外にある。
移動距離と時間に対してリワードをもらって単価を稼ぐのがシゴトだ。
真夜中のタクシィは憂いや厭悪も同乗させる。
夜を持ち越した不平や不満でメータが回る。
夜風にあたって酔いが醒めた後も世界が歪んで見えるのに変わりはなかった。
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