第20話 小さくて大きな悩み

 ロヴェによる狩りの詳細は、リトの範疇外なので聞かされなかった。

 ただベルイからの提案で婚約が整うまで、外出の禁止になってしまい、許可を得ていた祝祭の参加ができなくなると少し落ち込んだ。


 王宮に来てすでに十八日ほどは経ったので、リトは城下へ下りるのに合わせ、宿屋の面々に挨拶へ行こうと思っていたのだ。

 婚約、婚姻ともなれば気安く会いに行く機会もなくなる。


 気持ちとしては残念でならないが、現在の騒動の最中わがままを通すわけにもいかないため、大人しくリトは提案に従うことにした。

 代わりに手紙を書くのを許してもらえただけ、大きな譲歩だろう。


「本日は婚約者に内定されたリトさまに、陛下の御子を身ごもる方法を教えるよう、ベルイさまよりご指示いただきました」


「そういえば準備が必要と聞きました。特別な方法とも」


 午後の時間、いつものように授業の続きと思いきや、いきなり後継者作りに方向転換されて些か驚いた。けれど準備に時間がかかるなら、早いほうがいいのだろうとリトは納得する。

 まだ書庫の鍵をもらっていないので、王家の秘密に関する内容はさっぱりだった。


 ロヴェに同性同士で子をもうけられるとは言われたものの、いまいちピンときていない。

 それでもお腹に子を宿すのなら、体のつくりが変わるほどではないのだろうかと、思わず息を飲んだ。


「始祖さまが遺された古代樹に実る果実を、十日ほど欠かさず召し上がっていただきます」


「果実? それを食べるだけでいいんですか? しかも十日だけ?」


「十日後にお身体は受け入れる準備が整いますので、御子を身ごもるためにもなるべく多く陛下と閨を共にされてください」


「…………っ!」


 思わぬ方向から衝撃が来てリトは言葉に詰まる。だというのに教師である女性はニコニコと笑みを崩さぬままだった。

 いくら母親くらい歳が離れているといっても、明け透けに性行を推奨されると羞恥が湧く。


「男女の番に比べ、同性の番は子を授かりにくいのです。陛下もリトさまも御子をお望みと聞きましたので、婚姻前から閨を一緒にされることをお勧めいたしますわ」


「は、はい。陛下に相談してみます」


「ええ、ええ、ぜひ。それとリトさまは陛下に比べてお体が小さくいらっしゃいますので、閨で過ごされる前に準備をされたほうが良いかもしれませんね。方法はのちほど書面でお渡ししますが、ご自分でなさるか陛下にお手伝いいただくか、そちらも相談をされてください」


「……は、い。相談、します」


 顔が茹で上がって、湯気でも出ているのではと自身で錯覚するほど熱くて、耐えきれずリトは顔を覆って俯いた。

 室内にはミリィもダイトも控えており、黙っていても教師と同様に微笑ましそうに見ているのが気配でわかる。


 そのあとも妊娠出産について様々な講義を受けた。

 やはり男性体では女性ほど長く体内で育てられないようで、早産になりがちだと聞いたリトは、もっと健康に気をつけなければと意気込んだ。


 ミリィの淹れてくれる薬草茶のおかげで、貧相な体もわずかに肉がつき始めた。だがまだまだ華奢に見えるらしく、周りの者たちはガラス細工でも扱うような対応だ。


(女性と違ってふくよかさもないし、体が薄っぺらかったらロヴェも抱き心地が悪いよなぁ)


 かといって太っては体に悪く、筋肉を付けすぎても柔らかさが失われる。

 男の体に女性のような感触を求めるのは間違っているのだけれど、どうせならロヴェに喜んでもらいたい欲が出てしまうのは致し方ない。


「リトさまは大変細いですが痩せこけているわけではありませんよ。必要な筋肉はしっかりついていますから、とてもしなやかな身体つきをされています」


「そう、なのかなぁ」


 授業が終わって考え込むリトに気づいたのか、すかさずミリィが補足してくれる。

 普段から身の回りの世話をしてくれているので、彼女の私見は間違っていないのだろうがリトはなかなか不安が拭えない。


「陛下に直接伺うのが早いかと」


「えぇ?」


「それもそうね。ダイトの言うとおりですよ。丁度このあと、新しいお部屋が整ったか確認に行くところです。陛下をお茶に誘いましょう!」


「えーっ? ちょ、ちょっと待ってミリィ!」


 返事をする前に決定事項とされて、あっという間に新しい私室――番専用で国王の私室と隣接した部屋――に連れて行かれてしまった。


 引っ越しはリトがいないあいだに着々と進んでいたようで、普段から使っていた品や、ロヴェと食事をしていたテーブルもしっかり運び込まれている。

 王宮に来てひと月も経っていないのに、随分と物が増えたと、改めてみると驚く限りだ。


 ほとんどがロヴェから贈られた品で、衣装もクローゼットにたくさん入っているのをリトは知っている。

 ミリィ曰く、婚約が決まったので今後は服だけでなく宝飾品もいま以上に増えるらしいので、自分は一体何人いるのだろうと呆気にとられた。


「今日はリトさまのお部屋でお茶をされたいそうですよ」


「そうなの? ここまで戻ってくるのも大変なのに」


 王宮と獅子宮殿は合間に庭園を挟むほどなので距離がある。

 二つを繋ぐ秘密の近道はあるものの、執務室からここまで決して近いとは言えず、まだ庭園のほうが距離が短い。


「リトさまの本日の時間を空けるようおっしゃっていたので、執務を切り上げてくるのかと」


「えっ? ミリィ、なにか余計な言付けをしていないよね?」


「余計な真似はしておりません。ただリトさまが陛下に大切な相談があるとお伝えしただけです」


「確かに……でもそんな言い方をしたら、誰でも気になってしまうじゃないか」


 相談しますと答えたものの、まさかロヴェが仕事を切り上げてまで話を聞きに来てくれるとは思わず、内容が内容だけにいたたまれない気分になる。

 さらにはもう部屋を出る予定もないだろうからと、簡易の室内着に着替えさせられて、これからどうなってしまうのかと落ち着いた頬がまた熱くなった。


「リト、待たせたな」


「ロヴェ! ……って、わっ」


 しばらくしてやって来たロヴェを迎え出ようとした途中で、まっすぐに向かってきた彼にリトは捕獲される。

 流れる動作で抱き上げられたと思ったら、そのままソファに腰を下ろしたロヴェの膝に収まった。


 前回に引き続きだが今日は背後からではなく横抱きで、膝の上に載せたリトを満足そうに見つめたロヴェは額に口づけを落としてくる。


「俺に相談とはなんだ?」


(……あ、これ絶対に授業の内容を把握している顔だ)


 雰囲気で察したのか、お茶の用意をしたミリィだけでなく、護衛中に傍を離れたことのないダイトまで部屋を出て行ってしまった。

 残されたのは機嫌の良さげなロヴェと、いたたまれなさ全開のリトだ。


「授業で、色々と聞きました。えーと、子を宿す準備とか、僕がロヴェを受け入れる準備とか。できたら今夜からでも閨を一緒にして二人で準備をしたほうがいいとか」


「それで? 実際に聞いたら嫌になったか?」


「そうじゃないです! そうじゃなくて、その、あの……僕って、貧相でしょう?」


 リトの言葉を聞きながら心配の色を浮かべていた瞳が、最後の言葉でまん丸く変化した。

 ロヴェの顔は、なにを言われているのかさっぱりわからないと書いてありそうな表情で、言ったリトまで驚く。


「まさか相談とは先の内容ではなく、それなのか?」


「うっ、ロヴェには馬鹿馬鹿しいって感じるかもしれませんが、僕には死活問題です!」


「まったく、どうしようもない子猫だな。そんなにも気になるならきちんと教えてやろうか? 君の体がどれほど魅力的か」


「へっ? なに? ちょっ、ロヴェ?」


 上掛けを締めていた帯をするりと解かれたと気づいたときには、シャツの裾から手が忍び込んできた。

 都合良くいつも着ているシャツとは違い、襟ぐりの開いたゆったりとした作りで、こういった展開が予想をされていたのではと疑問が湧く。


 肌着も身につけておらず、素肌に触れられるとゴツゴツした指やざらついた手のひらの感触がリトに伝わった。ロヴェの手は長く剣を握ってきただろう、努力の跡がわかる。


「ほら、君の体はとても華奢だが骨は浮き出ていないし、程よい筋肉をまとっているから滑らかだ。肌はきめ細やかでしっとりとしていて、吸いつきたくてたまらない」


「んっ、待ってロヴェ、くすぐったいです」


 大きな手で体を撫で回され、慣れない感覚にムズムズとしたリトは体をよじるが、抱き込むように首元に顔を埋められて逃げられなくなった。

 そのあいだもロヴェの手は不埒に肌の上を這い回り、ついには胸の尖りまでたどり着く。


「ツンと立って愛らしいな」


「わかった! わかりました! ロヴェには僕でも十分だってわかったからぁ」


 胸の先を指先でやんわりつままれ、首筋をきつく吸われて、リトはたまらず情けない声を上げる。鼻先にかかった甘え縋る声が出て、恥ずかしさに目をつむれば小さく笑われた。


「ならば許す。また言ったときには理解できるまで寝室に閉じ込めるぞ」


「そ、それは未経験の僕には段階的にちょっと早い、です」


「そうだな。俺も初めてでリトに怪我などさせたくはないから、少しずつ触れ合うのも慣れていこう」


「……ロヴェも、初めてなんですか?」


 いたって純粋な疑問だったが、なにやらいまの発言はロヴェの機嫌を損ねたようだ。

 深いしわが眉間に刻まれたと思ったら、リトを乱雑に肩に担ぎ上げたあと、大雑把な足取りで部屋を横断していく。


 足早にリトの寝室を通り抜けるとロヴェはさらに奥の扉を開いた。


 下ろされた場所は、至極見覚えのあるベッドの上だった。

 今朝ロヴェと目覚めた際、見たばかりなので忘れる間もなかったけれど、自室から一瞬の感覚でリトは状況を理解ができないでいる。


 そうこうしているうちに、ロヴェがベッドに乗り上がってきて、まるで押し倒されたかのような体勢になった。


「リトの寝室と俺の寝室は繋がっている。君のほうから鍵もかけられるので、自由にするといい」


「は、い……というか、ロヴェはなぜ怒ったんですか?」


「俺が君以外に欲情する男だと思われたから腹立たしかった」


「ご、ごめんなさい! そんなつもりではなくて! ふっと、何気なく、ちょっと気になっただけなんです!」


 眉間のしわを深くして、どこか拗ねた物言いをするロヴェの様子に、リトは慌てふためいた。

 男は性欲処理に愛情は関係ないと聞いた覚えがあり、もしかして何度か経験があるのではと思ってしまった自分の失態を悟る。


 王族はほかの獣人よりも輪をかけて番主義なのだ。

 先ほどの発言はある意味、ロヴェへの侮辱と取られても仕方がない。


「リト以外など無理だ。そもそも使い物にならない」


「なる、ほど、気持ちに直結するって言いますしね。でもいままで一度もそういう気分にならなかったんですか? 僕も性欲は薄かったけど、まったくではなかったし」


「戦闘のあとは気分が昂ぶりがちではある」


 なにやらその先は言いにくいのか、いままでまっすぐに自分を見下ろしていた黄金色の瞳が口ごもった途端、そらされた。

 ひどく気まずそうな表情から、リトは自身が彼の右手のお供になっていたと察する。


(これは止むを得ないかな? 僕と違ってロヴェはまだ見ぬ僕の存在がずっと大きかったのだろうし、想像してしまうのは、うん。そう考えたらやっぱりロヴェってすごく理性的。こんな状況なのに)


 男は時としてケダモノだ――という、村の女性たちの言葉はちっとも当てはまらない。

 番のためにすべてを押さえ込んでしまえるロヴェが、リトは改めて愛おしくてならないと思った。


「あの、ロヴェ。僕、最初はロヴェによく似た獅子が生まれたら良いなぁって思ってます。それでうんと可愛がって、ロヴェみたいに立派な王様になれるよう育てたいです」


「……俺は君によく似た子が欲しい」


「じゃあ、二人は確実ですね」


 ようやく落ち着いたのか、リトが笑んでみせると覆い被さるように抱きついてきたロヴェが、ゆっくりと長い息を吐き出した。

 そっと横顔を盗み見れば、さりげなく押し潰さないよう体勢を変えてから、彼はリトを抱きしめたまま目を閉じている。


「こんなに小さくて、壊してしまったらどうしようか」


「僕は結構丈夫ですよ」


 心配してしまうのも無理はない。抱きしめられているいま、リトはロヴェの腕の中にすっぽり収まってしまっている。

 体だけでなく手足の太さもまるきり違う。


 感情の赴くままに貪られたら大変な結果になりそうであるものの、ロヴェがうっかりでもそんな真似をするのは想像ができず、彼に火を付けるのはきっと自分だと思えた。

 触れ合って口づけするだけで、リトの理性は簡単に溶けていくくらい脆弱なのだ。


「リト、俺の可愛い子猫。君が壊れてしまったら俺はどうにかなってしまう」


「僕は貴方に触れられるとどうにかなってしまいそうです」


「相変わらず俺を煽るのが得意だな。性欲は薄いんじゃなかったのか?」


「なぜかロヴェに触れられるとたまらなくなってしまうんです」


「……それは俺も同感だ」


 ロヴェの指がさらりとリトの髪を梳いて、後ろへ手が回ると優しく引き寄せられる。

 口づけされるとわかった瞬間、胸がドキドキと騒いで嬉しくて、リトはすぐにでも抱きついてしまいたくなった。


 それでもぐっとこらえて待てば、柔らかな感触に唇を食まれ、何度も味わうようについばまれる。

 たまらない気持ち良さにリトはさらに奥まで来て欲しくなり、ロヴェの胸元を握って引き寄せる仕草をした。


 そんなおねだりに気づいたのだろうロヴェは、のし掛かるように体勢を変え、ベッドにリトを押しつけながら口の中を貪り始める。

 これまでで一番肉欲的な口づけで、舌が絡み唾液が混ざる音が静かな空間に響いた。

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