第2話

 わたしは暗闇の中を歩いていた。

 別に行きたいわけではない。

 ただ、足が前にしか進んでくれないのだ。

 もうすでに死んでいるのに、可笑しな話だ。

 わたし‥‥‥莉子の人生は一昨日終わったばかりだ。

 橋から転落し、そのまま溺れて死んでしまった。

 まさか、7歳で死ぬなんて、とため息をつく。

―——お姉ちゃんに、謝りたい。

 そんなことを考えながら歩いていると、目の前に大きな門が現れた。

 門の扉は閉まっていて、わたしの力ではビクともしなさそうだ。

「あな、不思議や」

「や‥‥‥これは珍しいお客人だ」

 ビクッと身体を震わせて、おそるおそるふり返る。

 いつの間にか、白い着物を着た男の子が二人、背後に立っていた。

 年はわたしとそう変わらないだろう。

 男の子たちは二人とも顔の上半分を、白い狐のお面で、すっぽりと覆われていた。

 それでも、どことなく似たような雰囲気をかもし出している。

「あ、あの‥‥‥」

「誰じゃ」

 わたしが言いかけた言葉は、何者かによってかき消された。

 男の子たちの背後に黒い影が、ゆらり、とわだかまる。

―——うわー、すごい美人。

 そこに立っているのは、美しい女の人だった。

 白色の小袖に、ところどころに金色で蝶の刺繍が施されている澄んだ青色の打掛を重ねている。

 髪を二つに結わえ、三つの花簪が女の人が動くたびにシャランと揺れて綺麗な音を奏でる。

 そして先ほどの男の子二人とは、比べ物にならない気迫を感じる。

 わたしはゴクリと唾を飲み込んだ。

「あなたは橋姫ですか? あの世に行く前に、一人だけ会いたい人に会わせてくれるっていう」

「如何にも。だが、相手もまたそれを望んでおればだが」

「それでもいいです。お姉ちゃんに会わせてください」

 深く頭を下げる。

 しばらくの沈黙の後、かすかにため息をつく音がした。

 ついてまいれ、そう言ってわたしの横を通り抜け、橋姫は門の前で手をかざした。

 するとあれほどビクともしなさそうだった鉄の扉が、耳障りな音をたてながらゆっくりと開いていく。

「闇路ゆえ、迷うては大変ですから」

「手を繋いでご案内いたしまする」

 え、と思った次の瞬間には、わたしの両手は男の子たちによって両側から握られていた。

「遅れるでないぞ」

 そして、わたしは橋姫の後から門の中に入って行った。


 

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