第28話 家路

 洞窟の中に戻り、浜でしばらく時を過ごすと、ヤスノリたちは新しいロウソクに火を灯して、もと来た岩屋の道を苦労しながら上って行った。

 皆、無言だった。闇の中の道をほの暗いロウソクの火を頼りに上って行く。

 やっとの思いで小屋に辿り着き、外に出ると、少年たちは、天狐森神社の鳥居の脇に停めておいた自転車に跨り、ブレーキをかけながら、ゆっくりと山道を下って行った。

 ヒロシとマサルが並んで先頭になり、両足を水平に上げる。次いで、ヤスノリとミツアキが並び、お互い、ペダルを空回しさせてみせる。まるで、時の流れを巻き戻そうとするかのように。

 だが、帰りは呆気ないくらいに早かった。

 木々の道を抜けると、赤に近いオレンジ色の夕空と山吹色の海が広がっていた。一筆一筆精緻なタッチで描く画家が題材としそうな風景を眺めながら少年たちは下ってゆく。化石漣痕も過ぎて岬の先端からはだいぶん遠ざかり、村まであと少し、という所で、海面の波が、まるでさっき通り過ぎた化石漣痕のように見える夕方の海に、小さな舟が黒く見えた。舟は、今でこそ数は減ったが、この島で昔から伝統的に漁に用いられてきた木の舟だった。舟は、島の東にある漁港を出て、行者岬とは反対の、島の北側を回って夕日の映える海に網を入れており、雲一つ無いミカン色の空は、明日も快晴であることを約束していた。

 四人の少年たちは息をのむと、自転車を停めて、しばらくの間たたずんで、その光景を眺めていた。

 ミツアキが、山吹色をした波間に黒く小さく見える木の舟を指差す。

「昔、ここで修業した行者もやっぱり見たのかな? あれ」

 ヤスノリや、ヒロシにマサルも、ああ、多分そうだ、とうなずく。根拠は何も無

かったが、少年たちは、ただ、そう思ってみたかった。


 ヤスノリは黙って夕日の海を眺めていた。

 ハナも初恋が実らなかったことを思い悩むことがあるんだろうか……。今頃、どうしてるんだろうな。僕も、ハナとミツアキみたいに卒業メッセージに暗号でも残しておけばよかった……。

 ヤスノリは自分が書いた卒業メッセージを思い出した。


「お月さん、いっつも桜色。水床島だけの秘密」


 そう思った時、ヤスノリはあることに気が付いて、はっとなった。

 僕だって、卒業文集に暗号を残していたんだ……。まったくの偶然だったけど……。そうだ、この島の南側の海には、いつも桜色をしたお月さんが眠っている。この島だけの秘密の……。

 ヤスノリは、突然、しゃんと背を伸ばすと、「終わりのない歌」を歌いだした。


「正直じいさんポチ連れ 敵は行く万……」


「何、それ? 変な歌」

 突然のことに、ヒロシとマサルが戸惑いながら見上げていたが、ヤスノリの勢いのほうが上回っていた。

「『終わりのない歌』だ。ほら、お前たちも歌え。歌って覚えろ。それからミツアキもだ」

「えっ、俺もかよ?」

 ミツアキはためらっていたが、わかったよ、と言ったので、ヤスノリたちはもう一度最初から歌いだした。


「正直じいさんポチ連れ 敵はいく万あれとて……」


 そうだ。少年たちの冒険心には終わりがない。たとえ、今、一つの冒険が終わったとしても、また新しい次の冒険を探し求める。それがこの島の少年たちの流儀だった。

 目の前には、ヤスノリの初恋の相手はもういない村へと続く下り坂の道が伸びていた。 

 四人の少年たちは自転車に跨ると、「終わりのない歌」を何度も口ずさみながら帰りの坂の道を下りて行った。

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